カップルの幸運買い取り
そうこうしているうちに再びチリンとドアのベルが鳴った。
「いらっしゃいませ。おや、二人でご来店ですか?」
今度は若いカップルだった。
普通、こういう怪しい店に来ることは誰にも知られたくないものだ。なので、一人で来る客が多い。特にカップルで来店する客は珍しいのだ。
「えっと、こちらに座ってしばらくお待ちください」
二人を席に座らせると、アティカはすぐさま事務所に駆け込んだ。
「か、カルチェ、どうしよう。なんかすごくスイーツな二人が来たんだけど」
「知らないでふよ。私はコーヒーを準備するから、さっさと接客しに行くでふ」
事務所に入ってくるなり突然話しかけてきたアティカを軽くいなし、カルチェは座っていた席から立つと、すぐさまキッチンでお湯を沸かし始めた。
「まあ、恋愛運がないお姉ちゃんには、カップルがべたべたしているのを見ると寒気とか吐き気とか、あと陣痛とか起こすと思うでふがね」
「妹よ、私は妊娠なんぞしてないぞ」
「はいはい、もうすぐコーヒー入るから、早く行ってらっしゃいでふ」
アティカの突っ込みをスルーし、カルチェはコーヒーを入れる準備を進めた。
資料を一式持ち、とりあえずいつもの営業スマイルに戻すと、アティカは再びカップルの前に姿を現した。
客のカップルは、つつきあいながらいちゃいちゃしている。
「お待たせいたしました。えっと、今日はどういったご用件でしょうか?」
アティカが席に着くと、カップルはお互いから離れ、きっちりと椅子に座った。
「え、えっとぉ、私達、今、すっごく幸せなんですよぉ」
「だから、僕達の幸せが長く続くように、少し幸せを売って長生きしようと思っているんです」
「やだぁ、少しぐらい減ったって、私達ずっと幸せに決まってるじゃない」
男性のほうは少しは落ち着いているが、女性のほうはやったらと男性にべたべたしている。こちらの肌がべたべたして、二人の間にハートマークが見えるようだ。
「は、はぁ……。それで、どんな運を買い取りすればよいのでしょうか?」
女性のほうでは話が通じなさそうなので、男性に話をしてみる。
「そうですね。金運と仕事運は少しはとっておきたいから……恋愛運とか、あとギャンブル運とかあまり使わなさそうな運の買い取りをお願いします」
男性が言い終わったとき、ちょうどカルチェがコーヒーを三人分持ってやってきた。
「あ、砂糖忘れてきたでふ。えっと、甘いほうがよいでふか?」
そういいながら、カルチェはひとまずコーヒーを各人の前に出す。
「そうね、私たちみたいに、とっても甘いコーヒーにしてくれるかしら?」
「かしこまりましたでふ。ちょっととってくるでふね」
フレッシュミルクまでコースターに置くと、カルチェは事務所に引っ込んだ。
「おのれカルチェ、ただでさえスイーツな奴らにラグドゥネーム(砂糖の二十二万倍から三十万倍の甘味を持つ現在世界一甘い化合物)をばら撒いてどうする」
などとアティカは思ったが、ひとまず営業スマイルで対応する。
「では、不必要な運を中心に、全体的な運の買い取り、ということでよろしいでしょうか?」
「ええ。あ、でも幸せ全部じゃないわよ。長生きしてもダーリンと一緒じゃなきゃだめなんだからぁ」
今度は男性ではなく、女性が胸焼けしそうな甘い声で答えた。
「おやおやハニー、うれしいことを言ってくれるねぇ」
「それはそうよ、だって、ダーリンはずっとダーリンなんだから」
店員が見ているというのに、再びいちゃいちゃしだすカップル。ちょうどそのとき、カルチェが砂糖の入った小ビンを持って来た。
「え、えっと、では、お二人の運転免許書をお預かりいたします」
アティカがそう言うと、二人はそれぞれ財布から免許書取りだし、アティカに手渡した。アティカが運転免許書を預かると、そそくさと奥の部屋に向かった。
途中、アティカはカルチェのほうへ振り返り、「あとは任せた」とばかりに親指を立ててカルチェに突き出し、すぐさま奥の部屋に引っ込んだ。
「……一体どうしたんでふかね」
カルチェはバタンと閉められたドアを見ながら、ぼそりと呟いた。
一方、カップルの方を向くと、そんなことはお構いなしといった様子でいちゃいちゃしている。
「ま、まあ、姉のことは気にせずに、ゆっくりしていくでふ。あ、砂糖、こちらにおいておくでふから」
そういってカルチェが事務所に戻ろうとしたとき、奥の部屋で妙な笑い声が聞こえてきた。
「お姉ちゃん、とうとう気でも狂ったのでふかね」
幸いにもカップルはそれには気がついていない様子である。カルチェは心配になってアティカの様子を見に行くことにした。
「フフフ、フフフ……」
カルチェが部屋に入ると、アティカが「人の持っている運と寿命がわかる装置」のモニターを見て、怪しい笑い声を発していた。
「お姉ちゃん、いい病院があるんでふが行ってみるでふが?」
カルチェの毒舌など聞いていなかったのか、その笑い声をとめることなく、アティカはカルチェの方を振り返る。
「フフフ、来ましたわよ恋愛運! 高額物件が!」
「とうとう分けわからない投資家に勧誘されて、土地でも買おうとしているでふか?」
「何をわけわからないこと言ってるのよ。それよりこれ見なさい!」
アティカはカルチェの言うことに耳を貸さず、強引に手を引っ張ってモニターに顔を近づけさせた。
「い、痛いでふ。そんなことしなくても……あ、これは……」
「こんだけの恋愛運、そんなに無いわよ。他の運はあんたの運と入れ替えて華麗に捌くのよ!」
「確かにすごい運でふが、私の運の何と入れ替えようとしているでふか? そろそろ祈祷師でも呼んでお払いでもしてもらうでふかね」
「あら、私は正気よ。この商機を逃す手は無いわ。私の華麗なる買い取り術を見てなさい」
アティカは両手を広げて正気アピールをするが、目はどこか遠くを見ている。
「どうでもいいでふが、買い取りは適切に行うでふよ。やりすぎると、税務署から監査が入って、追徴課税寿命が課せられるでふからね」
「こんなのにも税金、いや税寿命か、そんなのをかけるなんて、よっぽど財政難……寿命難なのかしらね」
ピッ、と機械を操作すると、プリンタから買い取り見積書と契約書が印刷された。それを手にすると、アティカは部屋から出て行った。
「まったく、大丈夫でふかね……」
カルチェはため息を一つつき、事務所へと戻っていった。
相変わらずいちゃついているカップルを前にし、アティカはいつもの営業スマイルに戻る。
「お待たせしました。買い取りの見積もりが出来ました」
そういいながら、いくつかの資料と見積書を広げる。
そのとき、アティカがふと砂糖のビンに目をやると、いっぱいだったビンの半分ほど減っていることに気がついた。女性のほうがカップの中でスプーンをくるくると回しているところをみると、一人で見た目十グラムほどコーヒーに入れたようだ。
「あ、できましたか?」
アティカが資料をテーブルに広げて数秒経った頃に、ようやく男性が二人のいちゃラブフィールドから現実世界に戻ってきた。
「えっとですね、まずは二人が別れない程度残した恋愛運、生活に困らない程度に残した金運、仕事運、その他生活とは関係ない総合的な幸せを買い取りしまして、全部で十二年三ヶ月になりますがよろしいでしょうか?」
見積書を見るまでも無く、アティカの言葉を聞いて女性が突然立ち上がった。
「えぇ! 十二年もダーリンと一緒にいられるなんて!」
「本当、うれしい限りだよ、ハニー」
男性の方も経って二人で喜びを分かち合っている。いちゃラブフィールドは他所でやってくれと思いながら、アティカは契約書を取りだし、二人の前に差し出した。
「……ではこの契約書に必要事項の記入をお願いします」
必要事項の記入を終え、はんこを押すと、「よかったね、ダーリン」などとストロベリートークを続けながら、カップルは帰っていった。
「ありがとうございました」
そのカップルを見送り、入口のドアを閉めると、アティカはくるりと振り返って不気味な笑顔を見せた。
「クックック……」
ちょうどコーヒーカップを片付けに来たカルチェは、その様子をあきれた顔で眺める。
「お姉ちゃんの笑い声はいつ聞いても不気味なのでふ」
「あのカップル、『別れないだけの』恋愛運を買い取ると言っておいたが、実際は別れるか別れないかの瀬戸際まで恋愛運を買い取ってやったわ! こんだけの恋愛運は高く売れるわよ! これでノーベル賞は私のものよ!」
「そんなの、見積もり見たらばれるんじゃないでふか?」
「大丈夫、見積もり置いて帰ったし。いえ、持って帰れるものを放置した。だから、ばれるなんてこと無いわよ」
「それはなんて詐欺及び悪徳商法でふか?」
時々、先ほどのようにイライラするような客に対し、見積もりを偽って申告することがある。たまにカルチェが止めるが、暴走したアティカはどうにもならない。
「恋愛運が手に入ったとはいえ、また赤字が増えて五十一年になったでふ。今月は確実に赤字でふね」
「大丈夫、こんな極上な恋愛運があれば上等上等! 今日は大収穫だわ! 店を閉めて、手に入れた金運を駆使して焼肉でも食べに行くわよ!」
「はぁ、少しは自分で稼いだお金でご飯を食べたらどうかと思うんでふがねぇ。これが本当の職権乱用でふ。だいたいこんな怪しい職業よく国が認めてくれたでふね」
寿命をやりとりしただけでは商売が出来ない。そこで生活のために使用するのが、買い取った金運やギャンブル運などである。これによりパチンコや競馬などのギャンブルを駆使し、そのお金で生活している。
「で、今日は何がいい? 焼肉? 寿司? ステーキ?」
「ひとまず儲けた額と相談したほうがいいと思うんでふが……」




