幸運販売代行店の買い取り
チリンとドアのベルが鳴った。涼やかな風が、部屋の中に入り込む。
入ってきたのは、いかにも社長、といった五十代の男性だった。よほど儲かっているのか、豊満な体格に黒いスーツを着て、コレでもかというほどの美しい装飾を施している。
こんな怪しいうたい文句がある看板の店でも、客はやってくるものだ。
「いらっしゃいませ。ようこそ、幸運販売代行店へ」
接客に応じたのは、メイド服を着た高身長の女性であった。
中へどうぞ、と先ほどの男性を女性が中へ案内する。ドアの先には木製の机が二つ、それぞれに木製の椅子がニ脚置かれただけの、小さな部屋があった。
そのうちの一つに男性を座らせると、その女性はいったん奥の部屋に向かった。
「カルチェ、コーヒーお願い」
女性は二つあるドアのうち、右奥のドアのほうに向いて声をかける。そして、男性の向かいに座った。
「私、こういうものです」
女性はポケットから名刺を取り出すと、男性に手渡した。名刺には、「幸運販売代行店 アティカ・ラックリーフ」と書かれている。
「今回は、どのようなご用件でしょうか?」
名刺を見ている男性に、アティカが声をかける。すると、やや戸惑い気味の顔を見せながら、男性は話し始めた。
「ここでは、本当に幸運の買い取りをやっているのかい?」
「はい。ここでは、お客様の幸せ、幸運の買い取り販売を行っています。人によってはこの幸せを、あるいは自分の運を、もっと別のことに活かしたいと考えている方がいると思います。それらの運を、私どもは『寿命』を提供するという形で買い取りをしているのです」
「寿命? そういえば、そんなことを書いていたな。お金は要らないのかい?」
「ええ。金銭ですと、本当に幸運が売られたのか、不安になると思います。ですから、寿命をやり取りする、という形をとっているのです」
ふむ、と客の男性はうなずく。こんな説明で納得できたのだろうか。
「なるほど、あの広告どおりだね。いやいや、ずっと会社を経営しているのだが、最近の好景気からか、売り上げが好調すぎて恐くなってね。それで、この広告を見て、少々金運を売って長生きできないものかと思ってね」
そう言うと、客の男性は一枚の紙を広げた。それは間違いなく、この店の広告である。
「なるほど。では、今回は金運の買い取りということでよいでしょうか?」
「そうだね、お願いするよ、えっと、運転免許書が必要だったね。ではこれを」
男性は胸ポケットから財布を取り出すと、そこから自分の運転免許書を手に取り、アティカに手渡した。
「では運転免許書をおあずかりしますね」
運転免許書を男性から預かると、アティカは左奥の部屋に入っていった。
ほぼ同時に、右奥の部屋から、高校生よりもやや背の低い、少しぽっちゃりとしたエプロン姿の女性がコーヒーを持ってきた。
「いらっしゃいでふ。コーヒーをどうぞでふ」
そう言いながら、女性はトレーに乗せたコーヒーと砂糖、フレッシュミルクを男性の前に置いた。
「あ、私はカルチェ・ラックリーフというものでふ。店の経理や商品の在庫管理などをやっているでふ」
「あ、どうも。えっと、先ほどの……アティカさんは、今何をやっているのですか?」
差し出されたコーヒーに砂糖を入れながらも、男性客は奥の部屋が気になるようだ。
「今、姉のアティカは、お客さんの幸運データを調べているのでふ。この店には、免許書なんかの資料を通すことで、その人が持っている幸運や寿命などがわかるという謎の装置があるのでふ」
カルチェは奥の部屋に右手を差し出して、丁寧に説明する。
「ふ、ふむ……いったいどういう仕組みで?」
「それはこの店の秘密……というか、私たちも知らないのでふ」
カルチェがしばらく接客していると、アティカが部屋から戻ってきた。それを見て、カルチェは「それでは失礼しますでふ」と、逆の部屋に向かった。
一枚の紙と一冊のファイルを持ち、アティカは再び椅子に着いた。
「えっと、金運の買い取りでしたね。生活に必要な分を残しますと、全部で六年七ヶ月の買い取りになりますがよろしいですか?」
そういうと、アティカは男性客に持っていた紙を見せた。そこには、「買取:金運 六年七ヶ月」と書かれている。
「ほう、寿命が六年も延びるのか。それで結構だよ」
「ありがとうございます。では、こちらにサインか印をお願いします」
男性客の了解を取ると、アティカはファイルから一枚の契約書を取り出した。その契約書に必要事項を書いてもらい、客のサインを入れる。たったそれだけで、幸運と寿命のやりとりは成立する。
「はい、確かに買い取りいたしました。こちらは控えとなっています」
アティカは契約書の内容を確認すると、一枚をファイルに挟み、その下に重ねてあったもう一枚を男性客に渡した。
「ありがとう、これでより長く資産運用できるよ」
男性客はその控えを持っていたビジネスバッグに入れ、コーヒーを飲み干すと、一礼して満足そうな顔で外へ出て行った。
買い取りで多いのが、実はこの「金運」である。
ある程度お金がたまってしまうと、人というのはどうやらそれを長く使いたい、という方向に行くらしい。使わなければ、貯めただけ無駄であるからだ。
接客を終えたアティカは、客間の右側の部屋、事務所に向かった。そこでは、カルチェがパソコンで作業をしていた。
「今日も順調ね。で、今月の売上は?」
アティカがカルチェに尋ねるが、カルチェはなにやらため息をついている。
「マイナス四十七年六ヶ月でふ」
「あら、最初の『まいなす』っていうのは余計じゃなくて?」
「この真赤な文字が見えないでふか? 大体お姉ちゃんは買い取りばかりでぜんぜん販売できてないのがいけないのでふ」
カルチェはパソコンのデータを開き、赤くなっている数字をピシピシと指で叩きながら言った。
「いや、それは客任せだからであってね」
「言い訳はいいでふよ。先月の売上は十二年一ヶ月でぎりぎりだったでふ。お姉ちゃんには、もっと営業努力というものが必要なのでふ」
次にカルチェは、先月の営業報告書をぴらぴらアティカに見せながら説教を始める。これらの結果から察するに、案外幸せを求めてやってくる人は少ないようだ。
「そうそう、先月いたずらでやってきたガキどもから手数料取り忘れたでふね。ひとまずお姉ちゃんの寿命から差し引きしておいたでふ」
「あぁぁぁ! 私の寿命がぁぁぁ!」
「もし今月赤字だったら、お姉ちゃんの寿命で穴埋めをしてもらうでふからね」
「妹よ、私を殺す気か?」
深刻そうな顔を見せるアティカに対して、当然、といった顔を返すカルチェ。机においてあった台帳をふと手に取ると、赤字で記載されている部分を指差す。
「そうならないために、必死に営業するんでふね。買取で必要な寿命は、私たちの寿命から出されてるんでふから。幸運を買い取りすぎて寿命赤字になると、経営破綻で私たちは死んでしまうでふよ?」
「ま、まあ、今のところ赤字じゃないんだし……」
両手を広げ、大丈夫だから、とアティカはカルチェをなだめようとするが、楽観的な姉の態度に、カルチェはため息をついた。
「はぁ、そういう甘い考えがあるから、手数料を取り忘れるんでふよ。これをつけ始めたのは何のためか、分かっているでふか?」
「分かってるわよ。最初は自分の寿命とか幸せとかを知ろうとするためだけに来る客が多かったからね。だから、とりあえず来た人からは五十日の寿命をもらうことにしたのよね」
本当に分かっているのか? という顔を見せるカルチェ。手に持った手数料台帳をアティカに見せ付ける。
「そうでふよ。大体、手数料取るのはこの手数料帳に書くだけじゃないでふか。あだ名でもいいのに、こんなことで忘れるなんて、経営者失格でふ」
「うぅ……」
カルチェの一言に、アティカはがっくりと肩を落とした。
「経営の甘さというのは一般社会ですら命取りなんでふ。ましてや、私たちの商品は扱っているものが扱っているものなのでふ。だからお姉ちゃんにもその厳しさを味わってもらわないといけないでふ」
「死んだら味わうも何も無いのだが?」
「だから恋愛運がなくなるのでふ」
「い、いや、あれはすぐ買い取りができると思ったからであって、商品があるのに売れないとはいえないでしょ?」
「そこでふよ」
そう言うと、カルチェは台帳の最初のページをめくった。
「この店の資本寿命は私とお姉ちゃんの残り寿命、合わせて百三十年でふ。でもって、最初に持っていた商品は、私とお姉ちゃんの一つずつしかない幸運でふよ。まだ商品も買い取り段階なのに、この前恋愛運を三年年六ヶ月という破格(?)寿命で売ってしまったじゃないでふか」
「いやだから、すぐに買い取りがあると思って」
「まあ、私はお姉ちゃんみたいに馬鹿ではないでふから、自分の幸運をあっさり売り渡すことはしないでふけどね」
そういうと、カルチェは台帳を机に戻し、パソコンの入力作業に戻った。
「うぬぅ、私の妹ともあろうやつが、姉に歯向かうとは」
「自分の人生が左右されることでふよ? そうやすやすと聞くことはできないでふ」
経営方針や幸運の値段設定で、アティカとカルチェはいつもケンカしている。それは仲がよい事を示しているのか、あるいは仲が悪いからなのだろうか。しかし、こんな状態でも、長いこと続いているから不思議である。






