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三題話(恋)

収穫祭の夜

ちょっといろいろチャレンジした作品です


あいも変わらずへったくそで恐縮ですが、

感想などいただければ幸いです

 祭りの賑やかな喧騒が背後で遠ざかっていく。

 後ろを振り返れば、祭りで灯されている色とりどりの明かりが

幾つも見えるだろう。

 漂ってくる甘い匂いが空腹をそそる。


 今日は1年に1度だけ行われる村の収穫祭だ。

村中のみんなが今年の恵みに感謝し、来年の豊作を願うという名目で

飲めや歌え食えや騒げの大騒ぎを明け方まで続ける。

小さな村の1年に、1度だけ灯る活気の灯火といってもいい日だ。


 振舞われる料理は今日の祭りのために村中のみんな、

主に女性陣が用意したものだ。

 メインはこの地方に伝わる独特の伝統料理で、

小麦とバターのザックリとした食感の生地に、

砂糖で煮込んだ様々な種類の果実を散りばめた、ヤプと呼ばれるものだ。

 多くは果実を使ったものだが、ヤプだけを食べて1日過ごせるよう、

果実の代わりに肉を入れた物や辛い味付けがしてあるものまで、様々な味がある。

 そしてそれぞれよく酒が合うため、気前のいい村長は自前の果実酒や

果汁のジュースを無料で配る。


 料理自慢の女性は、自分が作った新作のヤプを試食会に出す、

優勝すればささやかだが賞金が出るし、

なにより村1番のヤプ料理人という称号が手に入る、女性には憧れの地位だ。


 また踊りの方も独特で、まず何人かで列を作る。

そしてそのまま前の人の肩を持って、

まるで行進をするように、広場の真ん中に焚かれた大きな炎の周りを回っていく。

 両手が塞がっているから、踊りは足さばきだけだ。かなり複雑な足さばきで、

下手な俺なんかがやると、前の人のお尻を蹴ったり、後ろの人のつま先を踏んだりと、

大変なことになる。

 何人もの人間が連なって、完全に揃った綺麗な足さばきで踊るのを見ると、

揺らめく火影と相まってなんとも不思議な光景を造る。

 踊りにも大会があって、毎年たくさんの人が組を作って1年中練習をし、

大会に参加する。


 村人たちは皆、大きな炎を背景に、並べられたヤプを食べ、

配られる酒を飲み交わしながら、朝まで踊り明かす。

 音楽好きが木で作られたフルートを吹いたり、

ちょっと洒落た人はヴィオラなんかを持ち出してかき鳴らす。

楽器を演奏できない者は肩を抱き合って歌い合う。


 それが、この村の収穫祭だ。






 しかし俺たちは、そんな祭りの会場、ひいては村から離れて、

静かな草原を歩いていた。

 時折吹く夜風が足元の短い草を揺らしながら、遠くなった祭りの音楽を運び、

肌寒さがいっそう祭りから離れた孤独感をかき立てた。


「それにしても」


 白けた様な空しさを抱いて後ろを首だけで振り返ると、

俺を祭りから連れ出した張本人がのんきに鼻歌を歌ってのんびりと歩いていた。

空腹と焦燥感が重なって怒りを煽るが、怒りよりも脱力感のほうが勝った。


「何で俺が付いて行かなきゃならねーんだよ」


「だって女の子が夜に一人歩きなんて怖いもん」


平然と返される。

村娘腕相撲王者の名を冠したお前が何を言う、と心の中で毒づくが、

流石の俺でもそんなことを口に出さないだけの年は取っていた。

「それはいいとしても……よりによって何で今このタイミングなんだよ、

 いつでもいいだろ水車の点検なんてよ」


「よくない! あの水車の番を怠って村が大変なことになったらどうするの!」


 そういって鼻歌をやめ、エミリーは頬を膨らませた。


 エミリーは俺の幼馴染でお隣さんで、村の水車番だ。

 亡くなった親父さんの役目を受け継ぐ形で、4年ほど前から熱心に働いている。

 エミリーは女性のわりには長身だが、白い肌と金色の長い髪が可憐だと評判だ。

しかし見かけとは少し違い性格は勝気で、羊飼いを手伝ったときに、

襲ってきた野犬を木の棒を振り回して追い返すほどな活発な性格をしていた。


 普段は髪を2つに分けて三つ編みにしているが、

今日は三つ編みにせず、紐で1つに纏めている。

服装も、村の女性がよく着る草色のワンピースと白いエプロンではなく、

分厚い長袖の、肘が補強されたシャツに、黒くて頑丈なオーバーオール、

足は膝近くまであるブーツを、手には拳を握れなくなるほど分厚い手袋をはめていて、

完全に作業着の重装甲だ。


 対する俺は薄手のシャツに薄くてはきやすい長ズボン、

夏になりはじめたとはいえ、まだまだこの時期の夜気は、

こういう軽装備だと少し寒い。


「村にとって水車がどれだけ大事か知ってるでしょ?」


「わかったわかった、俺が悪かったよ」


 剣幕を上げ始めるエミリーをなだめ、俺は少しだけ歩調を強めた。

早くすれば、もしかしたら戻った後にヤプの大会に間に合うかもしれない。

 

 亡くなったエミリーの親父さんはうんざりするほど何度も

水車について語ることがあり、子供の俺とエミリーをよくうんざりさせたが、

水車番を継ぐとエミリーも親父さんと同じようにになってしまった。

それだけ親父さんと水車番という職業に誇りを持っているのだろう。


 村にとって水車は生命線だ。

 この村の水車はただ麦の実を挽くだけではない。

数年前に開発された機織り機と連動していて、ほぼ全自動での機織を実現している。

 そのためこの村は、質のいい織物を他の村と比べて遥かに安価な製造が出来、

事実この村の大部分の収入を支えている。

 村の皆が今祭りを楽しんでいられるのも、水車のおかげだった。


 速くなった俺の歩調に、エミリーが今度は顔から蒸気を上げて追いかけてくる。

小さくてもでこぼこの多い草原では、足首を固めた厚底ブーツじゃ歩きにくいのだろう。


「もぅ、ちょっと待ってよ~」


「もうちょっとだ! さっさと来い!」


 少し離れた後ろからエミリーが叫んでいるが、水車までもう少しなので、

構わず進んでいく。





 やがて俺はなだらかな丘を登りきり、目の前にそびえる水車を見上げた。


 水車の直径は俺の身の丈の6倍はあり、ゆっくりと軋みながら回転するその様は、

子供のころ見たまま、変わらず厳粛で荘厳に見えた。


 少し遅れてエミリーが追いついて来た。


「少しは待ってってば……」


 エミリーは、横で膝に手をついて苦しそうに肩で息をしている。


「その服装暑くないか?」


はじめてこの服を見た時からの疑問を投げかける。


「暑いし……重い」


 俺はエミリーの背中を軽くさすってやりながら、

彼女が呼吸を整え終わるのを待った。

 

 少しして肩の動きが止まると、エミリーは

「ふぅ!」

と気合を入れて勢いよく体を引き起こし、短い前髪をかき上げて額の熱を逃がした。


「ありがと」


 さっきの怒りはどこへやら、エミリーはにっこりと機嫌よく微笑んだ。

さっきまで背中をさすっていた右手が背中を離れて、

冷たい夜気に包まれ少しずつ冷えていった。


「さて、仕事仕事!」


 エミリーは分厚い手袋をした手を鈍い音で打ち鳴らし、

気合を入れると、隣で水車をぼぅっと見上げる俺の顔を覗き込んで微笑みかけた。


「大きいよねぇ」


「ああ」


 目の前で木製の水車が軋みながら回っている。

 その駆動音と飛沫を上げながら立てる水音が、

遠くで聞こえる祭りの喧騒を静かにかき消し、夜陰の中で厳粛な空気を保っていた。


「大きいな」


 間の抜けた答えだが、俺にはこうとしか答えられなかった。

 それほど、水車の存在が俺たちにとって大きいとも言えるのかも知れない。

 エミリーはそっと目を細め、俺から目を離し、代わりに水車を見上げた。

背筋をピンと伸ばし、口元には微かに笑みが浮かんでいる。


「何だよ」


「ん」


 なんとなくからかわれている様な気がして気分が悪い。

エミリーは静かな笑みをたたえて目を細めたまま、何かを考えているようだったが、

急に俺に向き直って、今度は顔いっぱいに笑みを浮かべて言った。


「大きいなぁって思ってね」


 俺の肩より少しだけ高い位置で、エミリーの金色の前髪が風に揺れた。

 







 それからエミリーに手を引かれ、俺は水車小屋へと入った。

 水車小屋は普通のものとは違い、水車のサイズに合わせて巨大で、

高さは2階建てで、広さ自体も人が10人以上寝そべれるぐらいの広さだった。


 1階部分にほとんど何もないのは、

機械の稼動部分がすべて小屋の上の方に集中していて、

1階はほとんど何もないからだ。

 1階にある物と言えば、エミリーの置いた工具と、水車の代えの部品が部屋の隅に

無頓着に積まれているだけだ。床は茶色い特殊な土を固めたもので、

靴で歩いても削れて砂埃が出たりしないようになっているため、

いやに清潔で余計に寒々しく感じる。


 2階にあたる場所は厳密には2階ではなく、

階段や足場が機械の稼動部分にそって取り付けられているだけで、

床らしい部分はまったくない。


 エミリーは1階でランタンと工具を適当に見繕うと、

1人で階段を上がって行った。

俺はいつも通りエミリーの邪魔にならないように1階で待つ。


 さっきより大きく聞こえる水車の軋みと水音に耳を立てながら、

ランタンの明かりで浮かび上がる頭上の歯車たちを眺めた。

 頭上の歯車は大きさが俺の背丈程あるものばかりで、

小さい頃は巨大な化け物の歯の様に見えて怖かったのを覚えている。

 

 時折ランタンの明かりがゆらゆらと揺れたり隠れて暗くなったりして、

大きくなった今ではもう怖くないが、

それでも歯車たちは不気味な化け物の歯の様に見えた。


「エミリー」


「…………なに?」


 機械をいじる音とともにエミリーの返事が少し遅れて返ってくる。


「どれ位かかりそう?」


「ん~……、まだ全部見てないから分からないけど、

たぶん交換も補修も必要ないだろうから、すぐ終わると思う……よ!」


 そういって重たい何かが動く音が聞こえ、ランタンの明かりが揺れた。


「大丈夫か?」


「大丈夫大丈夫、ちょっと固い扉を閉めただけ」


 少し心配になって呼びかけてみるが、

すぐにエミリーの元気な声が返った来て安心する。


 することがなくなった俺は、

エミリーが降りてくるまでずっと頭上の歯車たちを眺めていた。

 暗い中で蠢く歯車は、外で見た水車のような厳格さはなく、

どこか雑然として見える。

 それは単純に小さいからかもしれないし、

ただ動きが速いからそう見えるのかも知れない。


「ごめんね、待たせちゃって」


 しばらくしてエミリーの軽快な階段を踏む音がしてエミリーが降りてきた。


「いや、それほど退屈しなかったからいい」


 少しウソが混じったが、完全なウソでもなかった。

 俺は上を向き続けて疲れた首を軽く振って、エミリーに向き直ると、

軽く微笑むと一足先に出口へ歩み始めた。


「ねぇ」


 急に肩をつかまれて立ち止まると、エミリーが右肩越しに覗き込んで、


「ね、ちょっと休んで行こ」


と、満面の笑みを浮かべて言った。









 俺たちは水車小屋を出ると、そのすぐ脇の川べりに2人並んで腰掛けた。

 そこは水車のために水位調節がしてあって、

足を下ろせばくるぶしまで水に浸かるほど、岸に近いところを水が流れている。

その分深さは俺が沈んでも見えなくなる程だが。


 隣をみると、エミリーが作業ブーツを脱ごうと悪戦苦闘していて、

俺は思わず苦笑して靴紐を取り上げた。


「落ち着け、一旦」


 取り上げた靴紐を丁寧にブーツの穴から抜いていく。

 エミリーの手は少し止まったが、すぐに反対の足の紐を解こうとしだした。


「俺がやるから、エミリーはゆっくりしてろ」


 口だけで諭すように言うと、今度は大人しく手を引っ込め、

代わりに両手袋を投げ捨てるように外し、

後ろ手をついて仰け反る様に頭上を見上げた。


 俺は片方の紐を完全に抜き終えると、

エミリーの膝を掴んで、一気に足を引き抜いた。


「きゃっ」


 エミリーは小さく悲鳴を上げる。


「痛かったか? ごめんな、こっちはゆっくりやるよ」


 しかしエミリーはふるふると首を振って、頬を赤くして、


「ちょっと夜気が冷たかっただけ」


と微笑みながら言った。


「ありがと」


 もう片方のブーツをゆっくりと脱がし終えると、両足を川の水に浸した。


「ねぇねぇ」


「なんだ?」


 エミリーは子供みたいにはしゃいで頭上を指差す。

 促がされて俺も見上げると、


「星が綺麗だよ」


そう言ってエミリーの頭が肩に乗った。


 相変わらず水車の軋む音と水音が低く響いている。

 その音に呼応するように、エミリー呼吸が耳元で聞こえた。

 見上げた空には村の明かりよりはるかに小さく、

けれども壮大で、息が止まるほどたくさんの星が瞬いていた。




「…………ずっと好きだったよ」


 唐突に、エミリーが語りだした。


「ずっとずっと好きだった」


 エミリーが足で水を弄び、細かな雫が幾つか頬に当たった。


「ずっと一緒にいてくれたね、ずっと。

 お父さんが死んじゃったときも、お母さんが病気で倒れたときも、

お父さんに代わって水車番を任されて、途方にくれているときも、ずっと」


 肩に乗せられたエミリーの頭から、忙しい脈動を感じる。


「私は本当に助けてもらったよ。悲しい時も、嬉しい時も、

ずっとそばで支えてくれたから、私はあんまり泣かないですんだ。

 たまに涙が滲むことがあっても、声を上げずに済んだ。

…………本当にありがとう」


「……お互い様だ」


 そう言って、いつの間にか握り締めていた拳と

湿った手のひらに気づいて苦笑する。

感じている脈動の半分はどうやら俺のものらしい。


「俺だって、エミリーずっと支えられてきたし、

何回も助けてもらった。……いっぱい迷惑もかけただろうし、

これからもかけ続けるだろうけど」


 そこで言葉を切って、エミリーの左掌にそっと自分の手を重ね、

反対側の手でエミリーの頬をそっと撫でた。


「もしエミリーさえ良ければ、これからもずっとずっと一緒にいたいと思ってるよ」


 一瞬エミリーの体が固まって、ゆっくりと解けていった。

 俺は心の中で大分ためらった後、ゆっくりと、すっと昔からの想いを言葉に紡いだ。



「好きだよ、エミリー……大好きだ」



 言葉にした瞬間、かなりの後悔に襲われて、

肩の重りが無くなった事に気付かなかった。

 そしてそれに気付いた瞬間に、胸にエミリーが飛びついて、

心臓と肺が震え上がった。

 ごわごわしたオーバーオールと厚手のシャツの感触と、

頬に触れる柔らかな感触を実感ながら、

胸の中を穏やかに暖かい何かが満たして行った。


「エミリー」


 頭と髪を優しく撫でる。耳を済ませると、水車の軋みや水音に混じって、

エミリーがしゃくり上げているのが分かる。

 しばらくそうしてエミリーを撫でていると、エミリーは体を起こして、

離れ際に柔らかくて暖かいものが俺の頬に留まった。

 離れて、にっこりと微笑むエミリーの頬は、少し濡れていて、

月明かりに照らされてきらきらと輝いていた。






「どうしてこうなるかねぇ」


 何度目かのぼやき声を出して、俺は背中の荷物を持ち直した。

ごわごわしていて持ちにくい。


「文句言わない」


 エミリーの笑い声が背中で響く。


 あの後、ブーツを履くのが面倒だと駄々をこねだしたエミリーは、

どうしても自分では動かず、仕方なく俺が負ぶって運んでいる。


「なぁエミリー」


「ん?」


「俺を連れてきたのは、本当はこれがしたかっただけなんだろう」


「あ、やっぱりバレた?」


 背中でエミリーがてへへと笑う。さすがの俺も少し怒りを感じる。


「あのなぁ」


「もしかして嫌だった?」


 エミリーはらしくもなく、しおらしく耳元で囁く。


「……嫌じゃねーけどさぁ」


「じゃ、行こう。きっとまだみんな踊ってるよ」


 さっきとうって変わって明るい声ではしゃぐエミリーに呆れながら、

俺たちは村へ急いだ。

なんのこっちゃ、という作品ですが、

お楽しみ頂けたのなら幸いです


主人公の身長にかかわる記述を多用しましたが、

それはどうしても今回世界観が安定しないため、

単位を出したくなかったからです


ちなみに、主人公の身長=約2mっていう設定です


竜頭蛇尾な尻すぼみ感が漂ってますが、

平にご容赦を……


ここまで読んでいただきありがとう御座います


11.8.25 改稿

11.10.8 加筆修正

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