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第8話

 ◇ ◇ ◇


「もう! あの馬鹿はすぐに突っ走るんだから!」

「アルカナ様! ダイナ様がどこへ消えたのか訴えの手紙が来ています!」

「無駄に耳が早い!」


 忙しい。とにかく忙しい。

 すべてはあの馬鹿――ダイナが自分勝手に突っ走ったせいだ。

 騎士としての最低限の叙勲式を終えたと思えば、自分の馬を駆けて行ってしまった。


 どこに向かったかはわかっている。

 我らがエンビローグ領内にある、あいつの故郷の村だろうと。

 あいつが出立する前に行っていたからね。『故郷でやることがある』って。

 まったく、しようのない奴。


「他には何か来てないわけ?」

「ええと。ダイナ様の予定や日程を問う手紙が近隣貴族から」

「大人気ね、あの阿呆は」


 人気になるのは当然のことだけれども。

 前人未踏の魔境へ二年間も籠り続け、帰還時には竜種の一角である地竜の死体を引きずって戻ってきたわけなのだから。


 あの体のどこにそんな力があるのやら。子供の地竜ならともかく、きちんと成体の地竜なもんだから始末が悪い。

 下手な家よりも大きな生物を森の中引きずって持って帰ってくるんじゃないわよ!

 と、言いたくなる。


 それ以前には多数の盗賊討伐実績。数多くの村や町の危機を救った冒険者としての輝かしい活動実績まで残されているわけで。

 まあ、人気が出ない方がおかしいか。


 あの口下手男を詳しく知らない人からすれば、格好の良い騎士様に見るんでしょうね。

 面は悪くないし。


「全部断っておきなさい」

「いいんですか?」

「どうせ本人に聞いても出やしないわよ」


 かつて領地を間接的に助けてたりするかもしれないけれど、あいつが覚えているとは思えない。

 なにせ、無差別に人を救っては次の戦場へ赴き続けてたような奴だ。

 常に何かに追われているように。


 最近は落ち着いていたけれど、六歳七歳ぐらいの時には、死神の背でも追っかけてるのかと思ったぐらいよ。

 ……あの頃のあいつは、本当に見てられなかったわね。


「因みに、どのぐらいの量が来ているの?」

「……エンビローグ領と関わりがあるところに絞っても、これだけの量が」


 そう言って彼が提出した一覧にはびっしりと貴族の名前が書かれている。

 招待状とかを含めるとこれだけでは済まないでしょうね。

 下手すれば、正反対の位置にある領からすら招待状が届いているかもしれないわ。


「本当に大人気。大人気過ぎて羨ましくもなくなるわ」


 見ているのも嫌になって、ぽいと名簿を投げ捨てる。

 どうせ全部断るのだからどうでもいいわ。

 文官も苦笑いだ。


「平民からここまでの成り上がりは類を見ないですからね」


 そうだ。平民として、ここまでの立身出世を果たした例は片手で数えられるぐらいだろう。

 このアルカナ様を以てして持てあます。

 下手に上から押さえつけようにも、反発を貰えばただでは済まないときた。

 上に立つ人間としては面倒ごとの塊みたいな存在ね。


「町の人たちからもなぜか慕われているしね」

「あんなに口が悪いのに、ですよね」


 一度口を開けば黙れだのうるさいだの。

 十六になってもまだまだ未熟なガキかっての。

 幼いころから見てきた大人たちから見れば、照れ隠しだのなんだのってわかるみたいだけれども。


 あんなに野蛮な未熟者のどこに可愛げがあるのかしら。

 私にはよくわからないわ。


「しかし、やることがあるって村に帰ったって。あの口下手じゃあ苦労しそうね」


 そもそもやることって何かしら。

 想像は色々とできるけれども。

 例えば、結婚の約束をした相手を迎えに行ったなんてロマンチックじゃない?

 まああり得ないとは思うけれど。

 あいつ自身も、故郷にいるのは婚約者ではなくて好いた相手と言っていたしね。


 そもそもあの調子じゃまともに会話して村を出てきたのかすら怪しいもの。

 待たせてる、ではなくて好いているって言っていた辺りも気になるポイント。

 同い年ってことならあいつが十六ならその子も十六だし、普通の村娘ならとっくに結婚しているんじゃなくて?


 ……なんだか気になってきたわね。

 無性に。ことの顛末を見てみたい気がしてきたわ。 


「……ねぇ、使者を送って無事にあいつは戻ってくると思う?」

「難しいのではないでしょうか」

「そうなるわよねぇ」


 ていうか、そもそもあいつって村に帰ったとして、居場所あるのかしら。

 ……あれ、しかもその好いてる人に大怪我を負わせてたはずで。

 十年間も前線走り回ってた人間が手紙を出してるなら、私に情報が入っててもおかしくないわよね。


 乙女を傷つけて、連絡もなしに十年間逃げ続けた甲斐性なし。

 ――ひょっとして、針の筵なんじゃない?


「決めた」

「……一応、お聞きします。何をでしょうか」

「このアルカナ様が直接行って呼び戻してくるわ」


 どうせ普通の方法では連れ戻せないのだし。

 何よりも、見てみたい。あの朴念仁が翻弄されているであろう姿を。

 傍若無人っぷりが発揮されているのか。肩身を狭くしているのか。

 どちらにしても、面白いものが見られるに違いないわ。


「ですが、中央の方々を迎えての式の準備が……」


 中央――王族たちですら、ダイナという新しい脅威に注目している。

 そのために、首輪はしっかりつけられていると示さないといけないのだけれど。

 今回の脱走はマイナスに働くわね。


「開催できるにしてもできないにしても、主役がいないのならば同じことよ」


 面倒ごとは山のように積み重なって。

 けれども一つたりとも待ってはくれない。

 なら動くしかないのよ。できることを一つ一つ。


 奇しくも、動き続けてたあいつと同じね。

 あっちに関しては、もっとマシな方法はあったんだろうけれど。

 国に自身を認めさせた実力だけは、アルカナ様だって認めてあげているんだから。


「急いで必要な書類を持ってきなさい。全力で処理するわよ」


 それに……あいつがそこまで執着する人物ってのも気になるのよねぇ。

 ひょっとしたら、とんだ拾い物ができるかもしれない。

 ま、ただの村娘かもしれないけれどね。

 その時はその時で、都合よく使える方法があるかもしれないわ。


「さてはて、このアルカナ様に手間をかけさせるぐらいなのだから、せめて面白いものを見させてほしいわね」


 全てが終わってからだとつまらない。

 まだ渦中のうちに突撃したい。

 ならば必要な処理はさっさと済ませてしまわないと。


 色々な処理を全部無視して脱走した罪は重いわよ、ダイナ。


 せいぜい、このアルカナ様に高笑いされる準備をして待っていなさい。

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