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第26話

 さて、ここで問題です。

 与えられた自室の扉を開けた時、王子殿下とアルカナ様の両名が目の前に立っていた時のおじさんの心境を答えてください。

 正解は頭まっさらで何も考える余裕なんてない、でした。


「やあ、おはよう」

「はぁ……。このトンチキ王子は……」


 咄嗟に礼だけは整えたのだけは本当に褒めて欲しい。

 何も頭が動いていない中、ほぼ反射でできた行動だった。


「ああ、いいよ。楽にして。発言も行動も全部許す」

「まったく、厄介な奴にばかり目をつけられるわね。あなたも」

「それは君含めてかい?」

「やかましいわよ」


 ああ、やっぱりこのお二人は仲がいいなぁ。なんて現実逃避をしつつ。

 どうして、朝一番にお偉い方のご尊顔を拝謁しなければならないのでしょうか、と。

 お腹が、お腹が痛いよぉ。

 おじさんプレッシャーにはあまり強くない性質なのです。

 いつもお腹をきりきり痛めて頑張ってるんです。


「先日の話通り、町への散歩へ誘いに来たんだ」

「断りたければ断ってもいいわよ。こいつが許さなくてもアルカナ様が許すから」

「おや、いつから私より偉くなったのかな?」

「あらやだ、エンビローグ領と戦争でもしてみたくなった?」

「ははは、それは恐ろしい」

「ふふふ、そうね」


 和やかにやり取りしているけれど、内容はちっとも和やかじゃないよぉ。

 仲がいいのか悪いのかどっちかにしてほしい。

 いや、全部冗談で仲は良いのだろうけれど。


「それで? ついて来てくれるかな?」

「……お供いたします」


 アルカナ様は断ってもいいとは言っていたけれど、断るデメリットがあまりにも大きすぎる。

 にしてもどうして? っていう気はするけれども。

 庭園での話で本当に気に入ったから?

 だとしたら、この国の王族はフットワークが軽すぎる!


「良かった。断られたら一人で寂しく回るしかないところだったよ」

「側近連中はどうしたのよ」

「彼らには弟の手先をけん制させてるさ」


 なんか裏では政争が繰り広げられているらしい。

 その間の暇つぶしにおじさんが選ばれたってこと?

 とんだ災難だ。


「はぁ……。カメリア、何かされたら後で言うのよ。私が後で殺しておくから」

「何もしないさ。私の紳士具合は王都でも有名だよ?」

「そうね。男色を疑われたこともあるんだっけ?」

「ゴシップが好きな貴族の戯れさ」


 国民としては王族の方が好色でないのは喜ぶべきなのかどうなのか。

 いや、まあ、身の安全という意味では嬉しいんですけどね?

 おじさんの心の安全は守られないんですよね?


「それじゃあ、行こうか。エスコートを受けてもらえるかな?」

「あは、あはは……。光栄です」


 にっこりと笑う殿下。

 手を頭に当てて苦い顔を浮かべるアルカナ様。

 おじさんは辛うじて、笑顔を作るので精一杯でした。


 そんな形で、町への散策についていくことになったんですが。 

 殿下は行きたいところがあると言って、真っすぐ町を進んでいきます。

 町を行きかう間、視線はちらちらとこちらを伺うような視線が多く。

 やはり、殿下だと町の人もわかっている様子。

 しかし、服装からお忍びだと察しているのか、見て見ぬふりをしている感じで。


 なんか、凄い、慣れてる? 街の人が、お忍びに。

 アルカナ様の事を思えば、確かにそうなのかなって気がするのが何とも。

 良くも悪くもおおらかな町だなぁ。


「ほら、ここだよ。ここに来たかったんだ」

「ここは……?」

「冒険者たちの集い、冒険者酒場さ」


 冒険者酒場。……見たところ、普通の酒場みたいだけれど。


「君も興味あるんじゃないかな?」

「なんででしょうか?」

「なにせ、ここが誓わずの騎士が育った場所なんだから」


 言われて気が付いた。

 確かに。ダイナ君は冒険者をしていたと言っていた。

 だから、ここが実質的にダイナ君が十年間育った場所になるんだ……。


「お邪魔するよ」


 正面の歴史を感じさせる看板をのんびり眺めている間に、殿下は中へと入って行ってしまう。

 急いで後を追って、おじさんも中に入る。


「……カメリア?」

「あれ、ダイナ君」


 中に入るとすぐに良く知った声がした。

 ダイナ君がカウンターの方で、誰かと何かを話していたみたいだ。

 話を途中で切り上げて、こちらへとやってくる。


「そっちの男は……第一王子か」

「ははっ。私が誰だかわかっても態度を変えないんだね」

「……してほしそうにも見えないが。畏まれというなら、この場でならしてもいい」


 ちょ、ちょっと? ダイナ君?

 流石に殿下をアルカナ様相手みたいな感じに相手するのはどうなの?


「なるほど。噂に違わぬ豪胆さだ」

「俺は、王族とはもう少し気の抜けた奴らだと思っていた」


 それを面と向かって言うのは失礼すぎない?

 ダイナ君? おじさんは胃が痛いよ?

 でも、殿下は言葉が気に障ったどころか、より興味深いものを見るような目に変わった。


「と、言うと。君から見た私はどういう評価になるのかな?」


 殿下の問いに、ダイナ君は少しだけ考える素振りを見せて、淡々と答えた。


「狩人だな」

「ほう、狩人」

「ああ。執念深く、注意深い。じっと待つ根気があり、機を逃さない機敏さがある」


 ……これは、ダイナ君の中では高評価なのかな?

 ちらりと周りの様子を伺う。

 第一王子殿下相手ということで、周りはこちらを観察するだけで、近づいてこようって人はいない。


 ただ、ダイナ君の対応を見て、驚いている人が大半だ。


「誓わずの騎士にそこまで評価してもらえるとは、光栄だね」

「よく言う。並みの武人よりも、お前の方が強いだろう」

「……へぇ」


 すっと、殿下の目が細められる。

 これは、不機嫌になられた? いや、警戒の意図だ。


「一目見れば、大体そいつの実力は分かる。観察力は生き残る上で最も重要な要素だからな」

「隠しているつもりなのだけれどね」

「なら、歩幅にも注意を払うべきだ。重心のブレが少なすぎる」


 一流の武人であるほど、隙を晒すことを嫌う。だからこそ、動き方に癖が出る。

 と、ダイナ君はとうとうと語る。


 す、すごい会話だ。おじさんはさっぱり何のことなのかわからないよ。

 周りの反応を見る限り、ここまでダイナ君が言うのも凄いことのようだ。

 滅多に人を褒めないダイナが……みたいな声が聞こえてくる。


「ふっ、あっはっはっはっは! なるほど、これは特出戦力として名を上げるだけの事はある」

「テストには合格したと見ていいか?」


 テスト? 一体何のこと?


「ああ、合格も合格だよ」

「カメリア。こいつはな、俺を計っていたんだ。今回の件、アルカナに協力するだけの価値があるかどうかをな」


 えっ。二人の間ではそんなやり取りがされてたの?

 おじさんには何が何だかさっぱりわからなかったのに。

 これが、通じ合うものがあるってことなのかな?

 男同士……いや、おじさんも元男だけど。体が女の子だからダメだったのかな。

 でも前世でも男同士でしか伝わらないことなんて経験したことないや。


「カメリアを連れてきたのも、俺への挑発目的か?」

「それも半分。彼女を気に入ったってのも半分本当さ」

「――おい」


 ぞくっと背筋に寒気が走る。

 一瞬だけだけれども。

 確かに、ダイナ君から恐ろしい気配がした。


 殿下は顔色は変えないまま、降参とばかりに両手を軽く上げた。


「わかっているとも。少なくとも、我々側には君と敵対する意思はない」

「――なら、いい。こっちは馬鹿どもの相手で大変なんだ」


 そう言って、ダイナ君はおじさんの方へ視線を向けてくる。

 ほえ? 何だろう?


「わかったよ。彼女はここにおいていくから、エスコートの続きは君がするといい」

「ほえ?」

「……はぁ。俺はお前が苦手だ」

「光栄だね。それじゃあ、次は叙勲式前の歓迎会で会おう、カメリア嬢」


 殿下は再びおじさんの右手をそっと掬い取って、手の甲に口づけをした。

 それを見た周りの人たちは一斉に沸きあがる。

 ダイナ君からはひたすら不機嫌な気配が漂っている。


「おい、お前――」

「では、また」


 ダイナ君が何かを言う前に、さっさと冒険者酒場を後にして行ってしまった。

 え、おじさんはこのまま放置ですか?

 ここに置いていくぐらいなら、なんで殿下はおじさんを連れてきたんですか?


 ……というか、次は叙勲式前の歓迎会で会おうって。

 おじさん、また別の式に出席すること内定させられちゃいましたか?

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