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第16話

 そして翌朝。

 おじさんたちは旅支度を整えて、村の前で見送りを受けている。


「それじゃあ、行ってくるね」

「戻ってきたくなったら、いつでも戻ってきてもいいからね」


 既に若干寂しそうになっているお父さんを見て、少しだけ笑ってしまう。

 でも、嬉しい。それだけ、思われているっていう事実が。

 村の人たちがおじさんを見る目も、嬉しそうだけど、やっぱり寂しそう。

 ああ、これまで培ってきたものは、無駄じゃなかったんだって思える。


「応援してるからなー!」

「元気でな! 病気になるなよ!」

「ダイナ、てめぇカメリアちゃんが怪我したら全部てめぇのせいだからな!」


 村の人たちは各々が言いたい放題してくれている。

 その声がどれも温かくて。

 少しだけ照れくさい。


「人気者ね」


 いつの間にかに側に来ていたアルカナ様に、肩をポンと叩かれた。


「あはは……」


 愛想笑いで返す。嬉しい。とても嬉しい。

 でも、この嬉しさをどう表せばいいのかわからない。


 そうだな、きっと。

 行商の声に乗って、みんなの耳に乗るくらい。

 何かを成し遂げられれば、それが一番なのかもしれない。


「そろそろ出るけれど、準備は大丈夫?」

「はい。大丈夫です」

「随分と身軽なようだけれど、本当に?」

「はい」


 今回、村を出るにあたっておじさんが用意したのは、幾らばかりかのお金と、お母さんの形見の指輪。銀色の、宝石とかはついていないシンプルなリング。

 お父さんが、持っていくようにと。渡してくれた。おじさんが、

 服とかは、まあ、持って行ってもしょうがないかなって。

 多分、手持ちのお金で一着ぐらいは古着を買えると思う。

 町に住むなら、町の服にしないとってぐらいは分かるから。


「まあ、確かに村娘がそんなに荷物持ってるのもおかしな話ね」

「はい。本当に大事なのは、この指輪ぐらいですよ」

「……ふぅん。無くさないようにしなさいよね」


 ……?

 アルカナ様はちらりとおじさんが付けている指輪を見て、何か言いたそうにしていたけれど。

 聞こうにも、さっさと翻して他の人に指示を出し始めてしまったので、割り込むわけにもいかない。

 まあ、いっか。


「本当に大丈夫か」

「ダイナ君」


 ダイナ君は村に来た時同様に、魔法銀の鎧に身を包んで、自分の馬に乗っている。

 このお馬さん、人懐っこいのか、よくおじさんに顔を寄せて甘えてくれる。

 よしよし、いい子だね。

 前世では馬ではなくて、犬とか猫とか鳥とかにはよく集られてたっけ。

 懐かしいなぁ。


「おい、バロ」

「あははは、大丈夫。いい子だねぇ」

「……あんまり人に慣れない奴なんだがな」


 あら、そうなんだ。

 そうは見えないけどなぁ。ねぇ、バロくん。ちゃん? どっちだろう。


「あ、あの!」


 そうやってお馬さんと少し戯れていると、大きな声で呼び止められる。

 誰だろう。と思って振り向くと、ヒッポ君がそこにいた。

 そばにはミナちゃんの姿もある。


「僕、立派に務めてみせますから!」

「うん。その顔を見たら、安心できたよ」


 ヒッポ君の顔が赤くなっていく。

 照れてるのかな? 可愛いねぇ。


「お姉ちゃん、また会える……?」


 ミナちゃんの方は少し不安そうだ。

 側によって、しゃがんで視線を合わせる。


「大丈夫。またきっと会えるよ」

「本当?」

「うん! 約束するよ」


 約束というと、ミナちゃんの顔が少しだけ明るくなる。

 そのまま、不安を消して上げるために、ぎゅっと抱きしめてあげる。

 すると、ミナちゃんもおじさんの背中に手を回して抱き返してくれる。


「いつかはわからないけれど。また会える。これは、本当だよ」

「うん……うん!」


 うん。この分ならミナちゃんは大丈夫かな。

 あれ、ヒッポ君もこっちを見てる。

 ヒッポ君も不安なのかな? しょうがないなぁ。


「はい、いいよ」

「えっ!?」

「不安なんでしょ。いいからいいから、お姉さんの胸に飛び込んできなさい!」


 これでお別れなんだから、

 思い残すことは少ない方がいい。

 きっと言葉では語りつくせない思いも。

 伝える方法は、あるはずだから。


「カメリア、さん」

「うん」

「実は、凄く不安です」

「うんうん」


 立ち上がってから、おいでと腕を広げて見せれば、ヒッポ君もそこに飛び込んできた。

 よしよし。いい子だね。


「大丈夫。ヒッポ君ならやれるよ」

「……本当ですか?」

「だって、ミナちゃんのためを思ってずっと頑張ってたんだよね? そんな頑張り屋な子が、みんなに認められないはずがないよ」


 だから頑張ろう。

 そんな思いを込めて、そっとヒッポ君の背中をさする。

 よしよし。不安は全部出してしまいな。


 一通り抱き合って、落ち着いた頃合いを見て離れる。

 うん、いい顔になったね。

 この分なら、安心して出発できる。


 ……ん? なんか視線を感じる。


「なあに、ダイナ君」

「……何でもない」

「ひょっとして、ダイナ君もぎゅっとしてほしいの?」

「違う!!!」


 わあ、びっくりした。

 そんな大声出さなくてもいいのに。

 遠くでアルカナ様はクスクス笑ってるし。


「……まあ、鎧着てたら流石に抱きしめられないもんね。そうだよね」


 今のダイナ君に抱き着くのは流石に痛そうだ。


 そういえば、ダイナ君は今回おじさんたちと、正確にはアルカナ様と一緒に領都に戻ることになっている。

 なぜかと言えば、ダイナ君がすっぽかした手続きや色々が残っているから、それをやらなければならないからだとか。

 駄目だよ、そういうことしちゃ……。


 おじさんは手続きの大事さを良く知っているおじさんなので、ダイナ君の味方にはなってあげられないのです。

 手続きはねぇ。きちんとしないと本人以外の多くの人が困るんだよ。

 うんうん。


「昔っからダイナ君は触れあいが苦手な子だったよねぇ」

「お前の距離感が近すぎるだけだ」

「えー、そうかなぁ」


 まあ、若干の自覚はある。

 おじさんだった頃はどちらかというと人には避けられる側だったので、避けられないのが嬉しいのだ。

 そのせいで少しばかり、まあ、触れ合いに飢えている面はあるのかもしれない。


 昨日、色々と正直になった影響か、自分がどういう人間かが分かってきた気がする。

 少しだけ明るくなれた、前向きになれたという意味なら、まあいいのかな?

 抱えすぎるところはやっぱりあるみたいだから。

 少しずつ、慣れていこう。


「ふぅん。そうやって昔っから拒絶してたらこうなるわけだわ」

「アルカナ様」

「ええ。そうよ、アルカナ様よ。準備が一通り終わったわ。そっちはどう?」


 アルカナ様が言うには、こちらさえ良ければいつでも出発できる状況らしい。

 因みに、おじさんはアルカナ様と一緒に馬車の中だ。

 馬に乗れないからね。

 ダイナ君が一緒に乗るか提案してくれたけれど、アルカナ様が一蹴した。

 うん、おじさんも流石に初乗馬で長旅は怖いな。


「……そのリング、明らかにサイズ合ってないわね」

「あはは……。私もどうしようかなって思ってます」

「向こうに付いたら鎖で首に吊るせるようにしてあげる。それまでは無くさないように気をつけなさい」

「ありがとうございます」


 この指輪の裏には、名前が刻印されている。

 ――ヘルモニア。それが、お母さんの名前だった。

 おじさんは知らない、お母さんの唯一の名残。

 指でさすれば、少しだけ温かい気がした。


「それじゃあ、出発するわ! 各員出発準備!」


 アルカナ様の号令と同時に、場の空気が引き締まる。

 馬車に乗る前に、もう一度だけ振り返る。

 村の人たちが、じっと、こちらを見守ってくれている。


「――みんな、元気でね!」


 精一杯声を張り上げて。

 これまで溜めてた分を、全部吐き出してしまうつもりで。


「絶対に、絶対に元気でいるから!!!」


 送り出したことを後悔なんてさせない。

 それだけは、絶対に守ってみせる。


 後ろから歓声が聞こえる中、アルカナ様の手を借りて、おじさんは馬車の中に乗った。

 馬車の中は思いの他質素で、彼女の気質を表しているようだった。


「出発!」


 空気を張り飛ばすような、はつらつとした号令が朝の澄んだ空気に響き渡る。


 そして、領都への長い旅路が始まったのだった。

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