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第10話

 おじさんはとてももやもやしている。

 そう、嫌な気分になっている。

 なぜ嫌な気分になっているのか。

 それは、きっと誰も悪くないからだ。


 ヒッポ君は人を殺せるような人じゃない。見れば分かる。

 演技だとしても、おじさんが腕を引っ張った時の軽さを考えれば、簡単に人を殺せるような筋力はない。

 ダイナ君はおじさんに嘘を吐くような人じゃない。

 だから、きっとあの発言は本気で言ってる。


 ダイナ君が勘違いしている?

 その可能性も考えたけれど、あの目は本気だった。

 彼は冗談ができるような人間じゃない。

 だからと言って、初対面の人に剣を向けないでほしい。それは後で怒る。


 うーん。うぅ~ん。

 よし、こういう時は早々に疑問を解決するに限る。

 じゃあ聞いて正直に答えてくれそうなのはどっち?

 ヒッポ君はあの怯えようじゃ無理だと思う。なら、ダイナ君だ。


 その前に、ヒッポ君へ必要な情報は伝えておかないと。

 というわけで少し急ぎ足で家の間取りの案内をした。


「――って感じの間取りになってて、ここがヒッポ君の部屋ね」

「う、うん」

「歩いてきて疲れてると思うから、ゆっくり休んでね! 私は少し外に出てるから!」


 そう言って、家をもう一度出る。一応、念のため、家を出る前に後ろを振り返ってついてきてないかだけ確かめる。

 そして家を出た瞬間――扉の真ん前に立っていたダイナ君と目が合った。


「ぎゃぴっ!?」

「そんな驚くな……。何かあったら踏み込めるように待機してただけだ」


 心臓が止まるかと思った。

 本当にびっくりした。おじさんそういうの苦手なんだよ。

 後ろ手で、そっと家の扉を閉める。


「それで? あいつの面倒を見るんじゃないのか?」

「あっ、うん。聞きたいことがあって」

「俺にか?」


 黙って頷く。

 ダイナ君は少し意外そうな顔をしてから、少しだけ考える素振りを見せた。


「何が聞きたいんだ」

「えと、なんであんなにヒッポ君に敵意を向けてたの?」


 いきなり、剣先を首元に突き付けるぐらい。

 これについては大分怒りたいんだけれど、今はぐっと我慢する。


「……獣と人の血の臭いは違う。あいつからしたのは、人の血の臭いだ」

「間違いって可能性は?」

「ない。誓ってもいい」


 ダイナ君は本気でヒッポ君を危険視している。

 わかってはいたけれど、これは再確認できた。

 じゃあ、次の確認だ。


「でも、ヒッポ君が人を殺せるような人には見えないよ」

「それは、体つきを見て俺も思った。血の臭いの割には貧弱すぎる」


 確かにダイナ君に比べたら身長も低いし体つきも細いけれど。

 でも、農村で暮らしている子供らしいと言えばらしい体型ではある。


「それに、サンダク村に彼が居ついたのは三年前だよ?」

「――ここ数年の間に、サンダク村の面々が変わったりはしていないか?」


 ダイナ君は何かに思い当たったようだ。

 ただでさえ厳めしい顔なのに、さらに眉間に皺が寄る。


「ううん? 十年ぐらい前から少しずつ親交を深めているけれど、人が変わった感じはしないよ? お父さんはもっと前から関わってるけれど、そういうのもなさそう」

「人は変わっていない。ならば乗っ取られてはいなさそうだな」


 の、乗っ取られ?

 随分と物騒な単語が聞こえた気がするぞぉ~?


「血の臭い、当時十一歳……カメリア」

「な、なに?」

「お前から見て、彼はどう見える」


 どう見えるって。 

 そうだなぁ、なんて言えばいいんだろう。


「うーん。印象論だけれど、ずっと不安そうだよね。知らない村に来たからかな? って思うんだけれど」

「それに加えて、周囲をずっと見まわしていたな」

「それも不安からくる行動じゃないの?」


 不安な子供が周囲をきょろきょろ見回すのはよくある光景だ。

 町中で迷子になった子供なんかは、親を探して周囲を見回してる。

 安心できる何かを、あるいは周囲の安全を確認してるのかな? って思う。


「いや、おそらくあれは地形の把握だ」

「ちけいのはあく?」


 把握して何が?

 と、ここまで考えて、前提がまるで理解できていないことに気が付いた。


「――ダイナ君は、ヒッポ君を何だと思っているの?」


 おじさんのこの問いに、ダイナ君は数秒の間をおいてから答えてくれる。

 その言葉には、確かな実感と確信がこもっていた。


「推定だが、盗賊の手先だな」

「そんな悪い子には見えないよ!」


 しまった、思わず声を大きくしてしまった。

 家の方を見るけれど、とりあえずヒッポ君がこっちに来る気配は感じない。

 ほっと、胸をなでおろす。


「……落ち着け。手先であって、仲間ではない」

「どう違うの?」

「お前が悪人ではない、というのなら俺は信じる。そのうえでの話になる」


 ――これは過去に見た事例だが。

 そう切り出したダイナ君の話は、実に凄惨な話だった。

 どうして平然とそんな話ができるのか、と思わざるを得ない程に。


 曰く、それは盗賊の手法の一つだそうだ。

 襲った旅人や、村の子供を捕まえて手先にする方法。

 肉親を人質に取り、人質とは別の親しかった人を子供自身の手で殺させる。

 そうすることで、殺人の罪悪感を植え付け、肉親を失う恐怖心も植え付けるのだと。

 手ごまにした子供は、おとりにするなり、ヒッポ君のように潜入させる駒にも使うのだと。

 子供に抗えるはずがない。相談もできない。もしもバレれば、最後の肉親さえも失ってしまうから。


 聞くだけでもおぞましい。悪魔の所業。

 何よりも驚いたのは、それが当然という顔で語るダイナ君の姿だ。

 君は、一体どんな世界を見てきたの……?


「血の臭いも、もしも元々住んでいた村が襲われて村人が殺されていたのなら、それを浴びた可能性もある」

「待って、じゃあなんで三年も何もなかったの……?」


 そうだ。手ごまとして使うのなら、サンダク村はもっと早く襲われてたりしてたのでは?

 答えはすぐに返ってきた。


「大所帯になった賊は、襲う獲物を厳選する傾向にある」

「逆じゃなくて? 大所帯なら、いっぱい襲うんじゃないの?」

「相手は農民だろうが、武器を持てば殺されることも怪我をすることもある。採算が合わない戦はしない。大国が、貧しい小国を襲わないように、だ」


 三年間も駒の一つを放置する余裕があることが、規模の大きさを裏付けていると。

 具体的には、他にもヒッポ君のような刺客を送り込んで、そちらを襲っている可能性がある、と。

 淡々と、事実を告げるだけ。

 ダイナ君の感情の揺れは本当に感じられない。


 そんなことはない。きっと大丈夫だよ。

 口にしたい言葉は幾らでもあったけれど、言葉にできない。

 理性の部分で、きっとダイナ君が正しいと理解してしまっている。


 村長の娘としても、そのリスクを知ってしまった以上、ただかわいそうだからと弁護してあげるわけにもいかない。


「……ダイナ君の見込みでは、相手の賊は何人ぐらいいるの?」


 この質問には少しだけ考える素振りを見せて、それでも顔色は一つも変わらない。


「最低で四十、多くて五十だな。それ以下ならばサンダク村が襲われていただろうし、それ以上ならば動きが遅すぎる」

「うちの村が、代わりに狙われてるってこと?」

「その認識で間違いない」


 ヒッポ君がこちらに移ってきたということは、やっぱりそういうことらしい。

 ということは、あの付き添いの人は賊の人?

 そう考えたとたん、背筋が凍るような寒気がした。

 でも、待った。それでもまだおかしい。


「うちの村にはダンギさんがいるのに、襲うと決めたの?」


 そうだ。ダンギさんは熟練の冒険者だったわけで、それを向こうが知らない可能性は低い。

 だって、ヒッポ君が三年間もサンダク村で情報収集していたわけで。

 その間も交流があったわけだから。

 よっぽど弱みでも掴まないと――あっ。


 ダイナ君はおじさんの表情を見て、ゆっくりと首を縦に振る。


「そう、結婚相手として忍び込めば、お前を連れ出すことも可能になるだろう」


 本格的に血の気が引いていく。

 ひょっとして、おじさんの交流が裏目に出た?

 おじさんが結構村々の交流にも出てたから、おじさんが村の重要人物だと思われて。

 それで、今回の作戦に踏み切られた?


 おじさんの頑張りが全部空回りして。

 全部、悪い方向に出てしまってた?

 もしもそうなら、みんなに申し訳ない。ヒッポ君にも、村のみんなにも。 


「……でも、今のは全部ダイナ君の想像の話、なんだよね」

「ああ。今すぐ立証する方法はない」


 ただし、と彼は繋ぐ。


「――もしも、任せてくれるのなら」


 今度は、しっかりとおじさんの目を見て。


「俺に、一つ案がある」


 真剣な面持ちで、問いかけてくる。

 受け止める覚悟はあるか、と。


 ヒッポ君は、ようやくできた結婚相手候補で、これが嘘なら大変なことだ。

 それでも、村のみんなを危険に冒すリスクがあるのなら。


 おじさんは……ゆっくりと、首を縦に振った。

 本当は、これが全部被害妄想で。

 何事もなければいいと、願いながら。

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