狂王の檻
トラッド辺境伯邸という因縁の地へ向かう前、僕は教皇に宛てて一枚の短い置き手紙を残していた。
『用事ができました。時間は掛かりますが、必ず戻ります』
あの疑い深く執着質の教皇のことだ。
「戻る」と明記して繋ぎ止めておかなければ、僕が逃亡したと見なして血眼の捜索網を敷いたに違いない。
そうなれば、王都に残したミハイルやアイシャの身にまで危険が及んだかもしれない。
厄介な事態を避けるためには、約束通り一度彼のもとへ戻り、僕という『最高級の飼い犬』がまだ手元にあると錯覚させておく必要があった。
当然、王都で僕の帰りを待ちわびていたミハイルとアイシャは、再び僕が教皇庁へ出向することに対して、露骨に曇った表情を浮かべた。
「あんな悍ましい男のところへ、本当にまた戻るのか、カース……。君はもう十分すぎるほどあそこに尽くしたはずだ」
「せっかく、こうしてまた三人で一緒にいられるようになったのに……。どうしても行かなければならないのですか?」
不安そうに僕の袖を引く二人の手を、僕は両手で優しく包み込み、諭すように、そして安心させるように微笑みかけた。
「大丈夫だよ。これは僕たちが真に自由になるための、最後の『事務処理』のようなものさ。向こうの片付けが終われば、今度こそ完全に僕の役目は終わる。すぐに、必ず二人のところに帰ってくるから」
二人の温かい愛に後ろ髪を引かれながらも、僕はあの麗美な権天使の冷徹な仮面を被り直した。
神聖なる教皇庁の最深部――重厚な装飾が施された、教皇の私室の扉を静かに押し開ける。
((さあ、あの執着の化身をどうあしらってやろうか))
内心でそんな身構えをしていた。
しかし、そこで僕の瞳に飛び込んできた光景は、僕の予想を遥かに超えた――悍ましくも哀れな『完全なる精神の崩壊』の姿だった。
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