婚約破棄された公爵令嬢は、すべてを奪われたふりをして王国を奪い返す~裏切り者たちに与えるのは、慈悲なき断罪と甘美な絶望~
王城の大広間に、静寂が落ちていた。
その中心で、エリシア・フォン・ルーヴェルトは微笑んでいた。
「エリシア・フォン・ルーヴェルト! 貴様との婚約を破棄する!」
王太子レオルドの声が高らかに響く。
その隣には、涙を浮かべる少女――平民出身の聖女ミレイア。
周囲の貴族たちはざわめきながらも、すぐに納得したように頷き始めた。
「やはりな……」 「以前から噂はあった」 「聖女様をいじめるなど……」
エリシアはただ、静かに目を伏せる。
「……理由を、伺ってもよろしいでしょうか」
その声は、驚くほど穏やかだった。
「貴様はミレイアを陰湿に虐げていた! 証拠もある!」
レオルドが書状を突きつける。
そこには、エリシアが聖女に嫌がらせをしたとされる証言が並んでいた。
――だが。
(雑ですね)
内心、彼女は冷ややかに笑う。
すべて偽造。しかも粗雑。
だが、あえて何も言わない。
「……弁明は?」
「ございません」
会場がどよめいた。
潔すぎるほどの肯定。
「ならば貴様は悪女だ!」
「はい」
エリシアは微笑んだまま答えた。
その態度に、逆にレオルドは苛立ちを覚える。
「貴様……反省の色もないのか!」
「ええ。ございませんわ」
その瞬間、何人かの貴族が顔をしかめた。
だが、それでいい。
(これでいい)
すべては、計画通り。
エリシアは頭を垂れる。
「婚約破棄、謹んでお受けいたします」
その言葉とともに――彼女はすべてを“失った”。
地位も、名誉も、居場所も。
だが。
(ここからが始まりですわ)
その夜。
エリシアは屋敷の一室で、一人の男と対面していた。
「ずいぶんと派手にやられたね、エリシア嬢」
銀髪の青年が微笑む。
隣国の皇太子、カイル・ヴァルディア。
「ええ、見事に“悪役”を演じ切りましたわ」
「本当にいいのかい? あそこまで言われて」
「構いませんわ。すべては――腐った王国を壊すため」
カイルは愉快そうに笑った。
「やはり君は面白い。……で、次は?」
エリシアはゆっくりと扇を開く。
「まずは“証拠”を揃えます」
「既にあるんじゃないのか?」
「ええ。でも、“彼ら自身の口で認めさせる”必要がありますの」
その瞳は、氷のように冷たい。
「レオルド殿下、聖女ミレイア……そして、わたくしを裏切った者たちすべて」
「全員、潰す気か」
「当然でしょう?」
彼女は微笑む。
「わたくしを捨てた代償――支払っていただきますわ」
数日後。
王都では奇妙な噂が流れ始めた。
「聖女様の奇跡が起きていないらしい」 「むしろ、災厄が増えているとか……」
そして同時に、ある事実が囁かれる。
「エリシア様がいなくなってからだ」
ミレイアは焦っていた。
「ど、どうして……!」
奇跡が起きない。
癒しの力も、以前ほどではない。
レオルドは苛立ちを隠せなかった。
「お前、本当に聖女なのか?」
「ち、違います! 私は本物です!」
だが、その声には自信がなかった。
一方その頃。
エリシアは静かに報告を受けていた。
「順調ですわね」
「聖女の力は偽物……いや、“借り物”だったようだね」
カイルが肩をすくめる。
「ええ。本来の“供給源”は、わたくしですもの」
王国の結界。
その維持に必要な魔力。
すべて、エリシアが密かに支えていた。
だがそれは誰にも知られていない。
だからこそ――。
「そろそろ、壊れますわね。この国は」
エリシアは微笑んだ。
「さあ、舞台は整いました」
その瞳に宿るのは、慈悲なき復讐の炎だった。
ーーーー
王国は崩れ始めていた。
結界の弱体化。
魔物の増加。
そして――民衆の不安。
「聖女様は何をしている!」 「奇跡はどうした!」
怒号が王都に響く。
ミレイアは震えていた。
「どうして……どうしてよ……!」
その時。
王城に一通の書状が届く。
「なに……エリシアからだと?」
レオルドは顔を歪めた。
そこに書かれていたのは、たった一言。
『真実を知りたくば、今宵、旧離宮へ』
「ふざけた真似を……!」
だが彼は向かうしかなかった。
追い詰められていたのだ。
その夜。
旧離宮に現れたレオルドの前に――
エリシアが現れる。
「お久しぶりですわ、殿下」
「貴様……何を企んでいる!」
「企み? いいえ、“答え合わせ”ですわ」
彼女は指を鳴らす。
次の瞬間、魔道具が光り、映像が浮かび上がる。
そこには――
ミレイアと貴族たちが共謀し、エリシアを陥れる様子が記録されていた。
「な……っ!?」
「証拠ですわ。すべて」
さらに別の映像。
ミレイアが“聖女の奇跡”を偽装していた証拠。
「そんな……嘘だ……」
「嘘ではありません」
エリシアは冷たく告げる。
「あなたは“真実”から目を背けただけです」
レオルドは崩れ落ちた。
「俺は……間違えたのか……」
「ええ。致命的に」
その時、扉が開く。
現れたのは、カイル率いる隣国の騎士団。
「王太子レオルド。あなたを国家反逆の罪で拘束する」
「なぜ隣国が……!」
「簡単ですわ」
エリシアが微笑む。
「この国は、もう終わりだからです」
その後。
すべては一気に崩壊した。
ミレイアは偽聖女として断罪され、
エリシアを陥れた貴族たちも次々と失脚。
そしてレオルドは――
「頼む……もう一度だけ……」
牢の中で、彼は縋った。
だが。
「お断りいたしますわ」
エリシアは冷たく言い放つ。
「あなたは、わたくしを“不要”と判断したのでしょう?」
「それは……!」
「ならば今さら必要としても、遅いのです」
彼女は背を向ける。
「それが、“選択の代償”ですわ」
数ヶ月後。
王国は隣国の管理下に置かれ、
新たな体制が築かれた。
その中心にいたのは――
エリシア。
「これで、ようやく静かになりますわね」
「満足かい?」
カイルが微笑む。
「ええ。完璧ですわ」
彼女は窓の外を見つめる。
もう、あの頃の彼女ではない。
すべてを失い――
すべてを手に入れた。
「ねえ、エリシア」
「なんでしょう」
「これからは、俺の隣にいる気はある?」
その言葉に、彼女は少しだけ目を細める。
「……考えておきますわ」
「手厳しいな」
「当然でしょう?」
だがその頬には、わずかな笑みが浮かんでいた。
復讐は終わった。
だが――新しい物語が、始まる。




