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8,爆音

 奥山の家から、車のすれ違いも厳しいような細道を、しばらく行くと、古道・鎌倉街道と重なる現在のバス通りに出る。

自転車を軋ませ、異音を撒き散らしながら、バス通りまでの緩い坂を下る。少し遠くでバイクが走る音がしている。


 狭い割に車が行きかうバス通りを、左折して交番の方まで行くとヤマザキがある。目的はそこのショートケーキだ。

 通りに出る信号前の酒屋の駐車場に、見知った顔があった。


「キーキーうるせえチャリだと思ったら、お前かよ、青野」

 宇田川健が、あからさまに不機嫌な声を向けてくる。隣の無駄に図体のデカいのが室戸亘高だ。

この忙しい時に鬱陶しい奴に会った。宇田川とは2年になって大分減ったけど、1年の特に転校してきたばかりの頃は、顔を合わせる度に喧嘩になった。

室戸とも何度かあったけれど、どうにも宇田川の奴だけは、毎度毎度突っ掛かって来る。


「うるさかったら耳塞いどけよ、タコ」

「あぁ、何だあ」

 宇田川が即座に反応するが、室戸が割って入る。

「その目立つチャリ、どっから拾ってきたんだよ、青野。なに、お前も見物に来たの」

「は、見物?」

 思わぬ問いに気もそがれて、気の抜けた返事をしてしまう。

「何だよ、聞こえて無いのかよ」宇田川が挑発するように言う。

「あぁ、なぁにがだよっ」喰いつくほどに言い返す。

「お前ら、ホントに仲いいなあ」室戸が呆れる。

「仲良くねえよ」

 張り上げた声が二人で揃ってしまい、バツが悪く舌打ちをする。室戸が一人でウケて大きな体を揺らして笑う。


「ほら、聞こえるだろ、単車の音」

 さっきから遠くにバイクの音が聞こえている。直管に改造したマフラーから独特なリズムを刻んで吐き出された爆音が、離れていても威圧してくる。

「な、すげえべ、俺らの3つ上の先輩らで、ペケジェイとバブだよ、ホークⅢな。バブの2気筒もいいけど、やっぱXJ4気筒の抜けの良い音がたまんねえよな、もうすぐこっち周って来るぞ」

 室戸が慣れられしく、興奮して捲し立ててくるが、バイクが好きなのが伝わってくる。室戸のこういう面は初めて見た。


「いや、最高なのはホークのバブーバブーって音の方だろ」宇田川が入ってくる。

「何がバブバブだ、赤ちゃんかよ、だいたいウルセエだけだろ」

「分かってねーなー、おまえ」と、室戸がデカイ体を大きく揺らして言い返したと思ったら、遮るように横から怒鳴り声がした。


「うるせえだと、この野郎、誰に言ってんだクソガキ」

 酒屋の方から学ランの短髪男が詰め寄って来る。うちの中学だ。良く知らないけど先輩だろうかと思っていたら、向こうから言ってきた。

「おう宇田川、室戸、挨拶はよ」

「ど、どうも」あからさまに嫌な顔をみせ、最低限の挨拶をする。嫌な空気が流れる、バイクの音が近づいてきた気がする。


「おい、お前、誰の事うるせえって言ってんだ、今走ってんの誰だか分かってんのか、コラ」

 にじり寄って来る短髪男に、無意識に睨み返していた。

「おい、なに睨み利かしてんだ、それが先輩に対する態度かよ。おい、室戸、どーなってんだ」

「はあ」室戸はそっぽを向いて空返事で、関係ありませんといった態度だ。

「つーかお前誰だよ、挨拶どーした」

 どうにもねちっこく、うるさいので取り敢えず「ウッス」と挨拶した。


「コンニチワだろ、ナメてんのか」

 短髪の男が言い放つと同時に、左頬を殴りつけてきた。

 大した痛みでは無かったが、驚いて頬がビリビリする。瞬間頭に血が上って、短髪男に掴み掛かろうと動いたところで後ろから宇田川に羽交い絞めされた。

「放せこのコノヤロウ」

「何やってんすか」

 叫んだ室戸が短髪の男を制する。

「な、なんだその態度は、せ、先輩だぞ」

 室戸の制した腕の後ろから吠えているので、隠れるように見える。

「知るか、コノヤロウ。放せ宇田川あ」もがいて抜けようとする。

 

バイクの爆音がすぐ近くに来た。

ブオン、バオンと突き抜ける音がして真っ赤で派手なバイクと紫にラメの入ったバイクが並んで止まった。

アイドリングの音が、ドドドと地面から響いて来る。

皆の視線が集まる。遠くに聞こえた空吹かしの音と違い、響いてくる振動に飲み込まれそうになる。


 捕まえていた宇田川の手が緩んだ、咄嗟にすり抜け、後ろに押し倒す。

不意を突かれた宇田川はバランスを崩した。その隙に、目の前の短髪に飛び掛かる。

 室戸はバイクに見惚れていて、押さえていた手は下がっていて、何の役にも立っていない。

 短髪男は飛び掛かて来るのに気付いて顔を背けたが、もう遅い。思い切り踏み込んだ右ストレートが、捻り気味に短髪男の左頬を打ち抜いた。

そのまま前のめりになって室戸の腕に支えられる格好になった。見上げた室戸は笑っていた。

体重を乗せてはいたけど、飛び込んだせいで派手な割には破壊力は無かったかもしれない。短髪男は尻もちをついてたおれた。お前誰に手を、とか、何か言っていた。


「おい、お前ら何してんのよ」

 皆がまた、バイクの方を向く。

「コンチワッス」

 室戸と宇田川が先程とはまったく違った挨拶をする。

「み、宮本せんぱーい」

 短髪男が、走り寄って、近くで何やら言っているようだけど、バイクの音で良く聞こえない。

「室戸、まさか、3人掛かりなのかよ」

 宮本と呼ばれた紫メタリックの男がバイクの音を超えて室戸に訊いた。

「いやいや、違います。コイツがいきなり先輩に殴られて、俺ら止めたんですけど、振り払ってこうなりました」


 バイクのエンジン音が重たく響く。

「じゃあ、しょうがねーじゃん、そんなんでイチイチ泣きついてくんなよ」

 深紅のペケジェイに乗ったリーゼントパーマの男が言った。

「こんな奴の為に寄り道したのかよ、ミヤ」

「知らんよ、吉村の後輩だってさ・・・。お前もシャキッとしろよ」

 宮本に腰を曲げて(へつら)っていた短髪男の顔に、ピシャリと平手打ちする。

短髪男はもはや半泣きだ。

「おい、そこの君」青野を指す。

 自分の事だと思わず、自分を指さす。

「そう、君。あんまり先輩いじめるなヨな」

 笑顔で言っているけれど、どこか威圧感があって気おされてしまう。

そんなんじゃ、と言い掛けて、また近づいてきたバイクの爆音に消される。

ババン、と小気味良い音を響かせて後ろに並んだ。アイドリングの音が重なり更に厚みを増す。


「おー、CBXだ」

 室戸が興奮した声を出す。

「スイマセン、遅れました」

CBXが前の2台に謝る。

「おせーよ、吉村、変なのに絡まれちゃったよ」

 宮本が冗談めかして目の前の短髪男に一瞥する。吉村も、何やってんだよと言いたげな顔を向ける。

「もう行くぞ~」深紅のXJが力の抜けた声で言った。

「はい、橘さんスイマセン」

「あ、亘高」

「はい」室戸が慌てて返事をする。

「おばさん、泣かす様な事するなよ」

 橘が告げると、ブオン、ボボンとアクセルを呷り、走り出す。

慌てて吉村が「おい黒沢、早く乗れよ」と、短髪を後ろに乗せて付いて行く。3台のバイクの爆音が重なり、あっという間に遠くなっていく。遠くでアクセルコールするのが聞こえた。


「いやー、格好良かったなあ」

「おお、ちょっと緊張したぞ」めずらしく宇田川も興奮気味だ。

「しかし、いきなり殴るかよ、あれでも一応は先輩だぞ」

「殴ってきたのは、あっちだろうが」と言い返す。

「まあまあ、二人ともジャレるなって」

「ジャレてねーよ」と、また揃ってしまう。

「ほら」

 室戸が缶コーヒーを投げて寄こした。不意だったのと缶が熱かったので慌ててお手玉しそうになる。。

「ああ、わりい」

 プルタブを起こすと、甘いコーヒーの香りと湯気が上がった。一口含むと、ほろ苦くて甘い缶コーヒー独特の味と、暖かさが身体にしみ込んでいく。

「そろそろ、アイスだな」

同じ缶コーヒーを一口飲んで宇田川が呟いた。

「俺はミルクティーだから、ホットだわ」

室戸がジョージアのロング缶を揺らす。コーヒーを飲みながら、いつのまにか3人で座り込んでいた。


「いやあ、あの先輩いつもねちっこいんだよ。お前は転校生だからあんまり絡み無いだろうけど、みんな小学校から知ってるからな、ウタなんか近所だったよな。俺とかウタにはあんまり強く言えないから、いつも他のヤツには当たり強いんだけどさ、まさか、いきなり殴って来るとはな」

赫耶(かぐや)(おう)の人らと約束してたから、イキってたんだな、あれは」

 室戸と宇田川が他人事のように、もう笑い話にしている。

「なんだそりゃ、くだらねえ」

 なんで、俺が絡まれなきゃいけねえんだと理不尽に呆れ、二人して笑い話の種にしているのがイラついたが、缶コーヒーをグイと飲んだ。

「お前、もしかして赫耶王も知らねえのかよ」

「あ、知るかよ」

 

本当は名前くらいは知っていた。カグヤがどこと揉めたとか、何処かの誰かがカグヤにヤラれただとか、前に住んでいた隣の市でもちょくちょく話題になっていた。

特に横浜を三分した抗争は語り草で、その強さを忌み嫌う連中や密かに憧れを抱く奴らもいた。

「格好いいべ、特に橘さんの赤いXJ」

「いや、やっぱり紫メタのホークだろ」

 また始まった、二人でバイク談議に盛り上がりだす。

「バイクはいいけど、所詮は族だろ、興味ねえな」

 吐き捨てた言葉に室戸が喰いついて言い返してくる。

「ばか、お前、分かってねなー、赫耶王は別なんだって、他とは違うんだよ」

 怒鳴るでもなく、普通に、ばか、と言われて気が抜ける。

「あの格好良さ分からないのは、ばかだな」

 宇田川に言われると腹が立ったが、どうでもいい、こっちは忙しいんだから勘弁してほしい。


「ああっ」

「な、なんだよ急に、びっくりしたな」

 ウンコ座りした室戸が、驚いて少しのけ反る。

「忘れてた、俺は忙しいんだよ」

 立ち上がって行こうとすると、室戸が手のひらを出してきた。

「なに」

「ほれ、百円」室戸が大きな手のひらを揺らす。

「はあ」

「コーヒー、飲んだろ」

「なんだよ、奢りじゃないのかよ」

「誰が奢るって、そんなに仲良しじゃないだろ」


室戸は、いたずらが成功したような笑顔を見せる。大きな身体を丸めて蹲んだまま揺れている。百円くらい払いたいトコだけど、ヤマザキで出来るだけ、いろいろ買って帰りたい。ここは流しておこう。

「ちょっと、買い物いくところだから今度な」

「おお、仕方ないから、貸しといてやるよ。ミジメな青野君に、天使のように優しい俺が、身を削って貸しておいてあげよう」

 室戸が立ち上がり、逆撫でするように、芝居じみて大げさに言う。

「チッ」

 思わず大きな舌打ちが出た。

「分かったよ、うるせーなー」

 しぶしぶポケットから百円を出して室戸に渡す。

「青野ちゃーん。友達だろ百円くらい奢ってよ、って言えないのかね、この意地っ張りは」

 室戸が小銭を財布に仕舞いながら溢して呆れてみせる。


「そうだよな」

 今度は青野が芝居がかって、反省した仕草をする。想定外の青野の反応に室戸と宇田川が顔を見合わせる。


「でさ、君たち、ちょっとお金もってない?」

「はあ、何で」

「俺はちょっとあるぞ、でも何で」

「これからパーティーなんだよ」

「何がパーティーだ、知るかよ」

「え、パティー?何の?」

「友達なら、奢ってくれるんだろ」

「はあ、室戸はそういう意味で言ったんじゃねえだろ」

「友達かよ、どうする宇田」

「いいから出せ、コラ」

「カツアゲかよ、コノヤロウ」

「7百円あるぞ」


 バイクの音はもう聞こえないけど、大型のダンプが造成した残土を載せ、埃を立てて通り過ぎた。



 庭の夏椿をくぐって戻った時には、もう真次郎が来ていた。

「この家ってベンの家だったのか」

 鬱蒼と生い茂った庭木に覆われた門を入るなり、室戸が言う。

「そういえば、この辺りだって聞いた事あるな、不気味な家があるって」

 宇田川が言いたくなるのも分かる。目の前の細道を挟んで斜面になっている、雑木林が道を覆うように張り出していて、道路側は昼間でもあまり日差しが入らずに薄暗い。

日が暮れてくると知らない人は避けたい道だ。ましてあの門を入るのは勇気がいるかも知れない。

夏椿をくぐれば、開けて玄関の手前まではだいぶ明るい。

相当庭の木を切ったのだけど、玄関とか建物の周りは、切っていいものか判断つかない植木があって、記念に植えたような常緑の南天やアセビ、アジサイと庭の奥の柿木とかは、手を出していない。それでもかなり見違えたのだ。

「中はきれいじゃん」と、呟いかれて「そうだろう」と、思わず得意になる。本来は関係ないのだが。

 部屋にぞろぞろと入っていくと、奥山と真次郎の驚いた顔が笑えた、室戸を見ては宇田川を見て、また室戸を見てと、珍獣でも見るようにキョロキョロと視線が飛んだ。


「ベン、おじゃまさま」

「ああ、ど、どうぞ」流石の奥山も、室戸の圧には緊張するのか。

「君がベンの弟か」

「ど、どうも」あの生意気な真次郎も、流石に大人しい。

「おい、宇田川、お前の顔が恐えって、次郎がビビッてんじゃねーか、眉間の皴、消せよ」

 そう言って、次郎の隣にドカリと座る。

「え、恐いか、皴出てるか?」

「恐くないよ、大丈夫」次郎が宇田川に声を掛ける。

「小学生に気を使わせてるんじゃないよ」

「ス、スマン」こんなに素直な宇田川は初めて見た。子供の力は凄いものだ。

「室戸、立ってるなよ、お前が立ってると部屋が狭く感じるんだよ」

「おい、聞いたかよ、真次郎君。酷くないかこの悪党は」

「誰が悪党だ。つーか、お前、何一人でポテチ食ってんだよ」

 狭苦しくテーブルを囲む部屋に真次郎の笑い声が響いた。


「青野、うるさいよ」

 真次郎が、お腹を抱えてケラケラと笑う。

「そうだ、テメーはうるせえよ」

「うるさいね」と、奥山まで。

「春ちゃーん、うるさいよ」

「馴れ馴れしいな、誰が春ちゃんだ」

 真次郎が更に笑って、つられて皆が笑った。


「遅いからもう来ないかと思ったよ」

 テーブルにスナック菓子を広げながら奥山が言った。

「途中で、こんな奴らに絡まれてさあ、まいったよ」大げさに言っては「遅くなったのはコイツらのせいだからな、次郎」

 真次郎に向き直って言い訳をする。

「いじめられたの?」真次郎が青野を覗き込んで「あ、少し腫れてる?」左頬を差す。

「は、いじめられてねーし」

「青野の事いじめたの?」宇田川に向き、問い詰める。

「違う違う違う」顔の前で手をぶんぶん降る。


「変なのに絡まれちゃって、青野くんて、ほら弱いから、殴られちゃって、俺たちが助けてあげたんだよう」

室戸が子供をあやすように言うが、胡散臭過ぎて嘘だとわかる。

「青野、弱いの?」

真次郎が向き直って訊いてくる。頭をくしゃくしゃと撫でる。

「そんな訳ないだろ」そう答えると、真次郎が身体を寄せた。

「いやあ、ベンの弟くんは結構ビシバシ言うんだね、以外だな、兄貴はタジタジだな、なあベン」

 奥山が笑って流す。

「ベン無視かよ」室戸が奥山に詰め寄る。

「室戸君、ちょっと恐いって」奥山がのけ反って避ける。

 その、くだらないやり取りを見て真次郎が笑う。


「なあ、次郎」真次郎にだけ聞こえる様に囁いた。

「え、」と、見上げた真次郎に向かって続けた。

「お前は、俺以外にも言っていいんだぞ」

 真次郎が見つめている。

「誰にでも、何言っても、言いたいこと言って良いんだからな」

 真次郎は言葉を飲み込むようにしてから、ゆっくり俯いて、小さく「うん」と言った。


「おい、ケーキ食おうぜ、ベン、皿。次郎、主役だからお前2つ食べていいからな」

「ほんと?」

「イチゴのやつ1個は俺のな」

 奥山が奥から皿を持ってきてケーキを盛り分ける。

「次郎、どれにする?」

「じゃあ、これ」

「あー、それは、ダメ、俺の」

「ずるいよー」

 

やりとりを見ていた室戸が細く笑う。

「なるほどねー」

「何が」

意味深な室戸の言葉に口を尖らせる。


「いやあ、べつにー」

「なんだよ」

「いやいや」

「なんだよ」

 

真次郎がケーキを頬張って笑う。

6年生にしては幼い笑顔だが、とにかく楽しそうだ。


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