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4、ダイアナフィーバー

 風薫るって、風の香りが分かるほど年も食って無ければ、グルメでもないけど、それでも、新緑の生命力って言うか、夏に向かってるパワー見たいのを感じ出してきた頃だ。

 イギリスのチャールズ皇太子と夫人のダイアナ妃が大阪空港に降り立った。新緑の京都をご視察とか言って、テレビが騒いでいる。


「ワイドショーで、ダイアナ妃見るから休みだそうです」と、校舎裏で、2年の斎藤が緊張して報告する。

「なんだそりゃ、あいつ、連休の中日に来てから、その後ずっと休んでんじゃねーか」

 宇田川健が不機嫌に言うものだから、報告に来た斎藤も恐縮してしまう。

「はいっ、パトカーから走って逃げたから休むって、一昨日に連絡した時は仰っていました」

「だから、その、オトトイの話を聞きてえんだよ、テメーは失神してたから、ボコボコの顔だけで、よく分かってねーんだろが、だいたい高階は捕まえたのかよ」宇田川が巻き舌で捲し立てる。

「すいません、まだです」斎藤が、気お付けで返答する。

「まだじゃねーよコノヤロウ」と、足で軽く小突いく。

「すいません、家にも行ってみたんですけど留守でした」

「帰って来ない訳ねーだろが、なめてんのかコノヤロウ」宇田川の声がどんどん、怒声になる。

「はいっ、連休に家族で泊りで出掛けてたそうです。今日の朝はもう学校行ったって聞いたんですけど、スイマセン」斎藤も、宇田川に併せて大きい声で返答する。

「多分ですが、南中の土井と一緒じゃないかと思います」続けて、大きな声で報告する。

「だから、そっから連れて来いっつってんだよ」宇田川が吠える。

 斎藤には宇田川の顔が任王象のように見えて恐ろしかった、口を開き怒鳴っているさまの像は、阿だったか、吽だったかと、一瞬考えていたところに声がした。

「宇田川先輩、失礼します」「しゃす」2年の生徒が慌てて駆け寄ってくる。仲間が来たことに少しだけホッとするが、すぐに同情に変わる。

「なんだお前ら、高階見つけたんだろうな」

 宇田川の機嫌の悪さにたじろぐけれど、意を決して話し出す。

「スイマセン。駅前で高階と会って、先輩の所に一緒に来ようとしてたんですけど」

「あぁ、けど、どうした」と、宇田川がイライラして話を急かす。

「スイマセン。途中で南中の3年だと思うんですけど、捕まって連れて行かれました」怒られると思い、ビビッて早口で伝える。

「何だと、コラっ」宇田川が立ち上がって声を荒げる。

「南中の今西って人が、カツアゲした金持って、室戸先輩に詫び入れに、『天が谷』に来いって」

「なんだとっ」怒りで顔が紅潮する。

 2年生が、蹴られると思って身体を竦めるが、宇田川は横を向いて、校舎の壁に蹴りを入れた。

 蹴られはしなかったが、壁に蹴りを入れる宇田川の肩が怒りで震えていて、壁を蹴った振動が地面から伝って来るので恐ろしかった。

「斎藤、室戸は」宇田川が声を殺して聞く。

「はいもう帰ったみたいですけど、探してきます」と、斎藤が慌てて走りだそうとする。

「バカ野郎、違うよ、アイツには絶対に言うなよ」

 斎藤が呆気にとられ、「でもっ」と、言い淀む。

「あいつは、すぐ謝り行くんだよ、何も気にしねえでよ。こっちに非があるけどよ、うちの大将はそんなに安かねーんだ、俺が話しつける」

 宇田川が、怒りを抑えて言い聞かせる。

「3年の先輩集めて来ます」斎藤が言う。

「話ししに行くんだ、いらねーよ」

 斎藤は、いつも宇田川の事を、恐くて口煩い先輩だと思っていたけど、初めて、恐いけど格好良いと感じていた。ゆったりと歩いていく宇田川の後ろ姿に、「青野先輩は」と、声を掛ける。

「知るか、ほっとけ」


 「テレビの前で、ダイアナ妃のパレードが始まるのを待ってた筈なのに」と、青野春彦は、何でこんなムサい奴らと睨み合ってるんだかと、消沈する。

「青野くんが、土井って奴を見つけたら連絡しろって言うから、電話したんでしょうが」沢田が文句を言い返す。

「だから、断わったじゃん」

「大原がいるって言ったら、電話切って飛び出て来たんだろ」と、沢田が呆れる。

「じゃあ、これはなんなんだよ」

 駅前公園に、大原と三人組が向かい合っている。更に、そこに春彦と沢田が加わって三つ巴の様になっている。

「青野、テメー何しに来た」

 駅前公園の裏側のベンチ辺りは樹々が茂っていて、周囲からあまり良く見えない。新緑に紛れて向かい合い、大原が春彦に声を張った。それに乗っかって、もう一方の三人組も凄んで来た。

「青野だぁ、川名の青野かよ、俺は市中三年の原ってモンだけどよ、川名が何の用だよ」

「原だか、タツノリだか知らねえけど、土井ってのはどいつだよ」春彦が言い返すと、一同の視線が不用意に一人に集まった。

「てめーか、ちっと来い」と、春彦が顎で呼ぶ。

「青野、今こっちが話ししてんだ、引っ込んでろ」大原が吠える。

「あぁっ」踏み出した足で砂利がザックっと鳴る。緊張が走る。

 堪らず、沢田が割って入って前に出る。

「いやいや、そこの土井ってのが、うちの学校の奴からタカッた金、返して貰おうとおもって」と、控えめな笑顔で言った。けれど、それが逆効果だった。

「坊ちゃん学校がイキってんじゃねーぞ、コラ」と、土井がナメられたと思って、沢田に向かって行く。

「おい、そいつ、空手の黒帯だぞ」春彦が忠告した時には「ぐはっ」っと呻いて、土井が地面に崩れ落ちる。

「あー、言わんこっちゃない、沢田の胸板みたら分かるだろーに」

 蹲る土井に声を掛けて頭を掴んで立たせようとするが、足に効いてるのか、上手く立てない。

「沢田ちゃん、ダメでしょ手出しちゃあ、二発も入れちゃってぇ」

「勘弁してよ、道場にバレたら、メチャメチャ怒られるんだから」と、ため息交じりに苦笑だ。

「おい、てめー」市中の原が騒ぐ。

「うるせー黙ってろ」と、春彦が怒鳴りつける。原が萎縮して黙る。

 横にいたもう一人が「ビビッてんじゃねーよ、原」と、吐き捨る。原が「き、きだ~」と、なんとも情けない声を上げる。

「調子乗んなよコラ」と、沢田に向かって行き掴み掛ろうとした所で、横にグイっと引っ張られる。

 大原が、不意に引っ張ったので、まるで軽そうに、ぐわっと木田の体が横に動いた。大原は左手で目の前まで引き寄せて、右フックを木田に食らわし、崩れた所に踏み込んで更に右フックを打ち抜くと、木田は地面にバウンドして倒れた。

「てめーは熊かよ」土埃が舞って、大袈裟に手で払う。

「なんだと、青野コラっ」

 二人が睨み合ってまた緊張が走る。

「おい、原とか言ったか」大原が視線を外して、原に向き直って「どういう事だか説明しろ、土井とお前らが何で一緒にいるんだ、お前らも共犯か」

 原はおどおど怯えて、キョロキョロするが、大きく唾を飲み込んで話し出した。

「違う違う」と、がぶりを振る。

「土井だよ、土井。こいつ自慢してたから、相光の坊ちゃん相手にタカリかけたって。ダセー事すんなって言ったんだよ。今度は自分の学校の奴にもカツアゲしたって、流石にヤバイから川名の奴にやらせたらしいよ、そんで川名には南中の奴らにやらせたって」

「おい、本当かよ」と、蹲ったままの土井の頭を引っ張って顔を上げさせる。

「ず、ずいばぜん・・・」土井が、何とか声に出した。

「それで、お前は何なんだよ」と、足で差すと、原は蹴られるのかと思って、目を瞑って「ひぃ」と、声を出して身を竦め、蹴られて無かったのをホッとしたが、声を出してしまったのが恥ずかしくて照れて答える。

「土井はニュータウンの区画整理で引っ越したけど、小学校はこっちで近所だったから、良く知ってるんだよ。川名が使えなくなったから一緒にやろうって話し持って来て」

「あ、川名がなんだって」

「いや、だから今、その話し聞いてたら、大原・・・くん、が来て、すぐ後から、あんたらが来たんだよ。だいたい、坊ちゃん校にこんな奴いるの知らねーし、お断りだって」と、言い終わって、腕で額の冷汗を拭う。

「おい、土井よ、金はどうしたよ」大原が、苦虫を噛んだ顔で、怒りを抑えて言った。

「・・・・・」

「そうだよ、金だよ、金」と、土井の顔を上に向かせて「ほら、金出せ」

「これ傍から見たら、まさにカツアゲの現場じゃん」沢田がチャチャを入れる。

「お前のとこの金だろが」

「そうだけどさ」

「ちょっと、うるせーぞ」大原が一喝して、「土井、何だって?」と、土井に詰め寄って身体を揺する。

「ちぇんふぁいが・・・いまにふぃ、ちぇんふぁいがあつめて」何とか喋ろうとするが、頬が腫れて上手く喋れない。

「さわだあ、何でこんなにすんのよ」と呆れる

「いや、カウンターで入っちゃいました、避けないんだもん、この人」と、頭を搔く。

「今西せんふぁいが、全部、集めてまふ、ずいばせん」何とか喋ったが、それを聞いて大原の怒りが抑えきれずに、「なんだと、どういう事だ」と、激高して土井の胸倉を掴んでシメ落としそうになる。

 慌てて「ばかばかばかばか」と、引き剝がし、「話し聞けないだろうが、落ち着けよ、熊公」と、大原を窘める。

「おい原坊、お前聞いて通訳しろよ」

 新緑の公園に流れていた、刺々しい殺伐とした空気はなくなった。

沢田と並んでベンチに腰かける。失神寸前の土井から話を聞いた原が、ベンチの前に座り込んで説明を始める。

「前に聞いていいたのと、今聞いた話を合わせると、話はこうだ」と、原が前置きを得意げにしたり顔を見せたが、大原と目が合って怯んで慌てて続ける。

「土井たちがカツアゲしてる事を、今西ってのに知られて、シメられたんだけど、それからはカツアゲした金を全部今西に集めて、小遣いって少し貰うような形になったって。その頃ちょうど川名に引っ越したって奴を通して、川名と繋がって、それを今西が色気出したっぽいんだけど、川名をおだてて煽って上手い事カツアゲさせたんだと。しかも、そのネタで川名追い込む腹で、川名のアタマ呼び出すんだって」と、丁寧に説明した原に「何だとテメー」と、足で小突く。

「俺じゃないって」と、原が手のひらを向ける。

「俺と木田も、川名を追い込む話があるっつって呼ばれて来たんだ」

「あーっ、んだとコノヤロウ」と、原を足でグリグリする。

 原が「ヤメテ」と逃げようとしてウンコ座りのまま後ろに倒れって頭を打ち「ウゲッ」と、奇声を上げた。

 横に立っていた大原が、ベンチに向き直る。

「スマン、金は俺が必ず返させる」

 あの大原が、小さくだが、沢田に頭を下げた。驚きだ。

「いやー、俺は金が帰ってくればいいんで」と、沢田が恐縮して返すと、大原が「約束する」と、歯を食いしばった。

「俺は今西の所へ行く」そう言って、大原は立ち去ろうとする。

 原が、これで開放されると思って笑みを溢して小さく手を上げた。

「ちょっと待てコラ」春彦が怒鳴って止める。

 思わず沢田が「え、なんで」

 無言で振り返る大原に、「てめー、なに勝手に解散しようとしてんだよ、おい」

「いや青野くん、もういいでしょ。金も戻ってくるし、今西ってのが元凶って分かったんだから」と、沢田が言い聞かせるが、もう、大原をまっすぐ睨んだんままで、沢田には目を合わせようともしない。

「うるせー、こっちはダイアナ諦めてまで来てんだよ」と、いきり立つ。

「たくっ、また訳わかんねえ事いって、駄々っ子かよ」沢田が呆れてため息をつく。

「うるせー、大原っ、勝負しろコラ」

 上着のボタンを外して短ランを脱ぎ捨て、大原に向かって飛び掛かり、右拳で顔面を打ち抜く。大原が躱しきれずに左頬にくらいグラつくが、足を踏ん張り右を打ち返す。

春彦は左手でガードするが、そのまま殴り付けられバランスを崩す。

「コノヤロウ」

アドレナリンが吹き上がってくる。全身の血が熱く、沸騰しそうだ。大原の目が血走って、薄く笑っている。

 お互い掴み掛り、拳を振り上げた、その時に「先輩!」全員が声の方に向く。

「青野先輩、探しました、大変です」

息を切らした斎藤が、自転車を投げ捨てて公園に入って来る。

「あぁっ」止められて苛立って返事をすると、斎藤がたじろいで周りの光景に唖然とする。

 土井は顔面を腫らして座り込んでいたし、倒れている人は。知らない人だ。自分を殴った大原が青野先輩と掴み合っていた。震えがこみ上げてきて、続く言葉を飲み込んだ。

「何だよ、おい」黙ってしまった斎藤に、噛み付く。

「すいません」斎藤は慌てて、「南中に高階が連れて行かれました」

「なにーっ、タカナシって誰だ?」


 鶴見川の沿いの道は5月の爽やかな風が吹いて、水面を揺らしている。そんな爽やかさとはかけ離れた輩が、川沿いのサイクリングロードを自転車に二人乗りで走って行く。

「青野くん、行かないで良かったんすか」ペダルを漕ぎながら沢田が、後ろに訊いてくる。

「まあ、宇田川が一人でいいって言うんだからよ、それに大原が行ったんだから、ちゃんとするんじゃねーの」

「何、随分買ってるじゃないすか、大原。好きなの?」

「はぁ、好きじゃねーよ、馬鹿じゃねーの」照れ隠しだ。

「あいつ、斎藤のチャリ乗ってすっ飛んで行ったけど、熊がチャリ乗ってるみたいで笑えたろ」

「いや、好きでしょ」と、揶揄う。

「ちょっと待ってよ」と、息を切らして、原が走って付いてくる。

「俺の、チャリ、なんだけど」と、息も絶え絶えに抗議する。

「だって、お前らのせいで、ダイアナ妃のパレード見れなかったんだぞ、送っていくの当たり前だろ」

「ホント、無茶苦茶でしょこの人」沢田が笑う。

 原が、息を切らせながら、遠慮がちに、「それ、録画してるけど」


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