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2、公衆トイレでこんにちは

 いわゆる、昭和の大開発と言われる、横浜六大事業の一つの港北ニュータウン開発が始まったのが、俺が生まれた頃らしい。

 だから物心ついた頃には、あちこちで造成工事がいつも行われていて、この周囲には、土の盛られた新しい空地と、開発から外れた古い住宅地と、数件しかない錆びれた商店街しかなくて、本当に何も無い、横浜というには僻地が過ぎる中途半端な町だった。まあ、こっちも至って中途半端真っ最中なのだけど。

 最寄りの駅まではバスに乗った。時には、歩いて20分程の道を自転車でニケツして行った。駅まで行かないと何もなかったので、快速も止まらない私鉄の小さな駅へと足繫く通った。

飛び石連休の間の平日だけあって、スーツ姿で早足に行きかう人の姿はそれほど多くないが、学生服姿は、いつも通りウロウロしている。あと、警察官も多く見かける。

寄り道や買い物をするなら、二つ隣りの駅に行く人が多いから、ほとんどが、通り過ぎていく。バスから降りてくる学生服の集団が、私鉄の改札に飲み込まれて行くのを、駅前のベンチに座ってボーっと眺めていた時に、沢田が声を掛けてきた。

「青野くん、何してんすか」

シャツのボタン開けて、厚い胸板を見せつけるように歩いてくる沢田智則は、私立の進学校の相光学園二年で、駅前に溜まってるうちに、いつの間にか話す様になっていた。つっぱり君と言うよりも、私立のお坊ちゃん校っぽく、お洒落ボーイなところが程よく鼻につく。

「探してたんすよ、マック行ったら居なかったから」

「バスで帰るか、ハンバーガー食うか迷ってたんだよ」

「また、切ないなあ」と、沢田が白い歯を見せてニヤッと笑い、花壇のヘリに座り込む。

「で、何よ、俺は今腹が減ってて、それ処じゃないんだよ」ひもじいのを強めに主張する。

「いや実はね、うちの学校の奴らがカツアゲされたんすよ。まあ、うちは坊ちゃん学校だから、タカられ易いけど」

「まあ、お前の学校はそういう話は多いだろうな。あんま興味ないけど」

「あからさまに興味無いって顔しないで、まあ、聞いてくださいよ。ただタカられたんなら、またかよって話になるんだけど、実は、そいつらが、室戸さんの舎弟だつってタカって来たっつうんすよ」

「はっ、室戸って、室戸亘高?」

カツアゲがどうとか、聞き流すつもりの話しだったが、良く知る名前が思いがけず出てきて驚いた。

「そうっすよ、この辺りで室戸っつたら、室戸亘高に決まってんじゃないすか。うちの奴らには、室戸さんはそんなダサい事しないって言っておいたんだけど、一応、室戸さんの舎弟の青野くんに訊いてみようと思って」

「だれが、舎弟だ、コノヤロウ」

「冗談すよっ」と、両手のひらを見せる「でも、うちの奴らもそうだけど、なんか最近、弱そうな奴ら狙ってタカリ掛けてくるってよく聞くんだよね、高校の奴らにも聞こえてるらしいし、放っておいたらマズイんじゃないすか。室戸さんとか青野くんが、タカリとかしないの分かってるけど」

いつも飄々としている沢田が、珍しく神妙な顔で心配をする。

「いやー、腹減り過ぎて、よくわかんねーよ」と、俯いて大袈裟に参ったフリをして、横目ですがる様に沢田を見る。

「わかったよ、ハンバーガー奢るよ」と、大きくため息をつく。

「さっすが、沢田ちゃん、カッコイイ」と、肩を組んで立ち上がり、マックに向かって歩き出させる。

「やっぱり、タカってるじゃねーかよ」と、沢田が苦笑いで溢す。

「つーか、ダイアナ妃って、いつ来るんだっけ?」

「そろそろじゃないっすか?なんか、パトカーやたらと見るし」

「ポテトも付けてくれる?」

「つけねーよ」

 沢田は、一度は断わったが思い直して「ポテト付けるから、うちの学校の奴の金、戻るようにしてやって下さいよ」

「マジで?さすが沢田ちゃん」と、お道化て、「ちょっと、駅ビルのトイレ行ってくるから、注文しといて。ポテト揚げたてでね」

 スキップでトイレに向かう青野の後姿を見送り「ったく、あの人は、とてもバケモノには見えないな」と、ひとりごちる。


駅ビルのトイレは大混雑だった。そもそも駅ビルと呼ぶのも憚れるほどなので、商業スペースの裏の方にあるトイレは、長い廊下を歩く事もあってか、あまり利用者がいないはずだった。そんな、音楽室の先にある様な地味なトイレに向かって歩いていくと、入口に学ラン姿で立ってる奴がいた。

 気にせずにトイレに入って行こうとすると、まてまてと遮ってくる。

「あ、いま、トイレ使えないから」と、坊主が延びたような頭の奴がニコニコして止めに入る。

「あっそう」と、返事して、構わずに中に入ろうとする。

「おいおい、ダメだよ、何してんの」坊主が慌てて、腕を掴んで止めてくるので、睨んでみる。

 すると坊主は怯んで、「あ、いや、今、混んでて満員だから、並んでるんだよ、後ろに並んでくれる」と、目を泳がせている。お茶目さんだ。

「なんだ、早く言ってよ」と、優しく笑いかけてみる。

 ホッとしたのか、「じゃ、後ろね」と、笑顔で、坊主改めお茶目さんが自分の後ろを指し示す。

「でも、手を洗うだけだから」と、中へ入ろうとすると、「ダメだって」坊主が大きい声を出して制止しようとする。

 トイレの中から、「うるせーぞ、何やってんだよ」と、怒鳴り声がした時には、もう中に入っていた。

「てめー見張ってろって言っただろうが」と、怒鳴られて、入口にいたお茶目さんが「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝っている。

「おーっ、本当に混んでるな」

 小便器が3つに、大便器が3つの、この施設の規模の割には大き目のトイレに、学生服姿が4人。正しくは黒の学ラン3人が、紺の学ラン1人を囲んでいる。

「なんだテメーは」と、頭を上下に動かして凄んで近付いてくる。まるでニワトリだ。

「なんだって言われても、小便だけど、トイレだろここ」

 構わず小便器に近づき、チョロチョロと放尿する。

「ナメてんのか、やめろ」と、ニワトリ君が詰め寄ってくるので、放尿したまま「えっ、なに、止めるの?」と、横を向こうとするので、便器から逸れて、小便が床に跳ねる。

「バカ、止めろ、こっち向くな」と、ニワトリ君が慌てて跳ねて避ける。

その間に小便を済ませて、詰め寄ってきた奴の制服で手を拭く。

「汚ねっ」と、拭いた手を払いのけられる。

「で、うちの生徒囲んで何してんのよ」

「あっ、なんだあー」またニワトリが凄んでくる。

「そこ、小便」と、足元を指差す。

「うわ、汚ねっ」と、飛びのく。ニワトリが一人でバタバタと跳ねていてる様が笑える。

「お前ら、遊ばれてんじゃねーよ」

威圧感のある声がして、一番奥にいた、体格の良いオールバックの奴が、ゆったりと近づいて、一瞬にして緊張が走る。眼光が鋭く、他の者とは明らかに違う貫禄がある。デカイな、室戸と同じくらいの体格だろか。

「大原さん。今コイツに礼儀ってモンをキッチリ教えてやりますから」そうイキリ立つニワトリを、大男が遮る。

「お前のとこの生徒が、具合悪そうにしてたから、介抱してやってたんだよ、文句あんなら後はテメーが面倒見ろよ」と、蹲る紺の学ランを一瞥する。

「行くぞ」

 大原とか呼ばれた奴に付いて、ぞろぞろと、トイレを出ていく。


「で、青野くんは、トイレに行っただけで、何で2人も増えて戻って来るのよ、つーか誰っすか」

 沢田がマックのテーブルで呆れている。

「こいつは、うちの学校の生徒で、トイレで囲まれてた」と、俯いている同じ制服を指す。

「で、こいつは・・・知らん、誰?」と、恐縮して座っている奴に尋ねる。

「やだな、さっきトイレで一緒だったじゃないすか、見張りしてた」

「だから、見張り君はどこの誰なんだよ、説明しろよ」と、一喝する。

 お茶目さん改め見張り君が、軽く咳払いをし、座りなおして話始める。

「自分は南中の小林康夫って言います。自分は、ただトイレに寄って出るところで、さっきの3人にバッタリ会ったんです。同じクラスの奴の他に2人いて、そこの人を連れて入って来たんです」と、うなだれて居る隣りに目を向ける。

「偶然会っちゃって、ちょっと見張ってろって言うもので、関わりたく無かったし、嫌だったんですけど、大原くんが一緒だったもので、断われる訳ないですから」

「え、南中の大原って、あの大原?」と、沢田が「大原と青野くんが一緒になって喧嘩にならなかったのかよ」と驚き、奇跡だと言わんばかりだ。

「なに沢田、知ってるのかよ」

「まあ、名前くらいは、この辺りじゃ有名ですよ。青野くんは、市外からの転校組だから知らないだろうけど、まあ、かなり強いって話しですよ」

「ふーん、まあ、確かに強そうだったな、熊みたいで」

 すると、今度は見張りの小林が、「えっ、青野くんって言いました?まさか、あの川名の青野さんですか?」と、顔色を変える。

「おまえ、何で俺の事知ってるんだよ、気持わりいなぁ~」小林を,遠ざけるようにつま先で突く。

「何言ってんですか、川名の『UMA』の一角ですよね」と、小林が鼻息を荒くして興奮する。

それを見て「なんか、あんまり聞きたくないけど」と、目を細めて冷淡に言う。

「UMAって何よ」

「何言ってんすか」と、小林が饒舌に語りだす。

「川名と言えば、宇田川、室戸、青野の3人ですから、3人の頭文字を取って、未確認生物の怪物伝説と、御三人の伝説に準えてUMAと呼ぶんですよ」

「なんじゃそりゃ、伝説って言ったって、それは室戸だろ、俺は関係ないって、勘弁してくれよ」と、手をヒラヒラさせて呆れる。

「青野くん、ダサすぎる」沢田が笑う。

「宇田川にだけは知られたくないな、あいつ、好きそうだ」

「でも、話に聞いてた青野さんは、もっと大男だと思ってました。まさか、こんなサラサラヘヤーだとは意外ですよ」

「誰がこんなだ、コノヤロウ」

 小林の頭を小突く。

「いでっ、す、すいません」

「で、大原達が、この人をイジメてたって事なの」と、沢田が訊いて話を戻す。

「それが、そう言う感じじゃないんですよ、なんか、その人っていうか、その人達が、南中の生徒にカツアゲかましたらしいんですよ。『室戸さん知らねえのか』とか言ってたって。まあ、その人は一緒にいただけっぽいけど、殴った奴の名前言えって、そいつら何処にいるんだって、聞き出してる時に、青野さんが来ちゃって」

「で、青野くんが掻き回してった、ってところか・・・青野くんやっちゃったね」

「おい、お前いつまで俯いてんだよ、お前らカツアゲしたのかよ」と、足で椅子を小突くと、揺らされて顔を少し上げる。

「おい、泣いてるの、マジかよ、青野くん泣かしちゃダメでしょ」

「見張り小林が悪いんだよ、大原だとか、UMAだとか言って脅かすから、お前、小林っ、なんか飲み物買ってきてやれよ、可哀そうだろ」と、語尾を強める。

「えー、何で俺が・・・分かりましたよ、もう」と、席を立つ。

「俺、ポテトね」と、手を上げる。

「タカリじゃねーかよ」

「Sでいいよん」

 

 市営バスが、大通りから道幅の狭い街道に入って行く。帰宅ラッシュにはまだ早く、バスは割と空いていた。

「青野くん、なんで俺までバス乗ってんのよ、俺ん家駅の近くなんだけど」

 バスの一番後ろの席に並んで座り、沢田がため息をついて、勘弁してくれと、言わんばかりだ。

「おまえの学校の奴の金を、取り返しに行くんだろう、小林見張くんも来てるんだから、お前来ないでどーすんの」

「いえ、自分はお役に立てるなら、喜んでお手伝いさせてもらいます。それに自分の学校も絡んでるんで」と、小林はまるで太鼓持ちだ。

「でも、佐藤っての、帰しちゃって良かったんすか」

「ああ伊藤だろ、一応、関係してる奴ら連絡取って集まれって言っといたけど」

「斎藤ですよ」小林が訂正する。「南中と川名中の間にある、溜まり場にしてる公園は自分も知ってますんで。斎藤が言うには、南中の2年と川名中の2年が連るんで一緒にやってた事らしいですから」

 バスが右折して大きく揺れ、その振れに任せて青野に寄り掛かりながら沢田が口を挟む。

「なんで南中の2年と、川名中の2年が連るんでんの?そんなに仲良かったでしたっけ」

「なんでも、南中から川名に引っ越した山田ってのが、学期変わるまで川名町から南中に通ってるんですけど、奴を介して連るむ様になったらしいです。その山田ってヤツの家の近所に、川名中2年の高階ってのがいて、青野さんご存じですか?」

「うーん、聞いたことあるような、無いような」と。考え込む青野を見て沢田が、「この人は興味ないと覚えてねーよ、俺の名前も、なかなか覚えなかったんだから。俺が女と話してるの見かけたら、急に思い出した様に近寄って混ざって来るんだぜっ、いでっ」

 饒舌に話す沢田の脇腹に、青野が肘を入れる。

「まあ、それで、山田を介して高階と、南中の2年シメてる土井が繋がったって事らしいですね。後は斎藤が、集められるかどうかですね。あっ、次ですね」

 小林が窓枠にある降車ボタンを押すと、小気味よい音が鳴り、運転手がマイクで「ツギトマリマース」と、独特な言い回しでアナウンスした。


 公園の小高い丘が、ちょっとした森になっていて、その森の入口辺りにある東屋に学生服の集団がいる。ちょっと、近づきたくない。本来は自然観察などのための森林公園だけど、そこに集まる連中の目的は決してそれではない。

 遠目に見ても、ひと際大きい後ろ姿があり、その足元にうつ伏せで倒れているのが見える。

「あらら、誰かやられてんじゃないっすか」と、沢田が小声で言いながら、ゆっくり近づいていく。

「あの大きいの、大原ってやつじゃねーの」と、小声で返す。

「ええ、大原くんです。南中の方からの情報で来たんじゃないですかね、黒の学ランはうちの2年で、倒れてる紺色の学ランは川名ですよね、じゃあ、やられてるのって、やっぱり斎藤って人かな」小林が解説する。

「青野くん、穏便に頼みますよ、マジで」と、沢田が釘を刺す。

 集団の一部がこっちに気付いて、慌てて挨拶をしてくる。

「コンチャーッス」

 こんな時でも律儀なものだが、皆が気付いてこちらに振り返る。

「青野先輩、チャーッス」と、紺の学ラン。

「あ、小林先輩コンチャッス」と、黒の学ラン

「えーっ、見張くん、3年だったのかよ」衝撃的事実だ。

「ずいぶん腰の低い3年ですね、人が良いっていうか」沢田も驚く。

「青野だって?」集団の真ん中にいた大原が向き直り、「ほう、UMAとか言ってる、青野ってのはお前かよ」

「言ってねーよ」と、吐き捨て大原の前に立つ。

「で、これはどういう事になってんだ、説明しろよ、おいっ」と、語尾を強める。

「あ、なんだとコラ」大原が一歩前に出る。

 空気を読んでか、南中の奴が「お前のとこの、斎藤と高階とかいう奴が、うちの生徒からカツアゲしやがったんだよ、高階の野郎は逃げやがったから、斎藤をシメたんだよ」と、頭を上下させてイキがる。

「あれ、便所の人じゃん」指を差して笑い「ほら、そうだよな、ニワトリの」と、小林に聞く。

「おい、小林、何で一緒にいるんだよ」便所の人が小林に食って掛かる。

「いや、まあ、成り行きでね、ははは」と、笑って誤魔化す。

「早くこっちこいよ」と、小林を呼ぶけれど、「いやあ、カツアゲとか係りたくないんで、遠慮しときますよ」と、ひょうひょうと、躱す。

「でも、青野くん、その斎藤は、一緒にいただけで何もしてないし金も貰ってないんじゃなかったっけ」と、沢田が口を挟む。

「一緒にいたならコイツも同罪だろ、高階逃がしたしよ。そっちの高階と、うちの2年の土井が金持ってるって分かったから、もういいけど、まさか、うちの2年と連るんでたとは驚きだけどな」と、便所のニワトリの人が解説交じりに言い返してくる。

「まさかカツアゲした奴、庇ったりしねーだろうな」と、大原が睨んでくる。

「カツアゲなんてする奴どーなろーが知らねーよ」

 それを聞いて大原が鼻で笑って「そっちの高階と、うちの2年の土井はシメとくからよ」連れに、顎でクイッと示して「行くぞ」と、帰ろうとする。

「こらこら、待て待て、カツアゲとかどうでもいいけどよ、うちの後輩こんなにして、しれっと帰れると思ってんのか、おい」と、語尾を荒げる。一瞬緩んだ緊張が再び走る。

「青野くん、穏便って言ったじゃん」沢田がぶつぶつ文句を言う。

「うるせー、しょうがねーだろ」

「ぜったい、こうなると思ったよ、ケンカかよー嫌だなー」張り詰めた緊張の中で沢田がぼやく。

「なんだテメー、誰に言ってんだ、コラ。うちの2年も絡んでるみてーだから、見逃してやってんのが分かんねーのか」大原が詰め寄る。さすがに威圧感だ、肌にビリビリ来る。

「ごちゃごちゃうるせーな、いいから来いよ、熊公」

「テメー死んだぞ!」

 大原が怒声を上げて、長身から振り下ろすように殴りかかる。ポケットに突っ込んでいた手を出して、左手でカバーしながら避けようとしたが、思った以上に早くて避け切れず、左手ごと打ち抜かれる。左頬に痛みが走るり、バランスを崩して右手を地面についた。嘘みたいに重たいパンチだ。

「青野くん」沢田が焦って声を上げる。

「どうしたよ、UMA」大原はドヤ顔で見下ろしている。

 ゆっくり立ち上がり、手に付いた砂をはらい、右足で回し蹴りをするモーションから、軸足を半回転させて変形気味の前蹴りを入れる。大原が腹を蹴られて腰を曲げて2歩下がった。効いたと言うより驚いた様子だ。

「遠慮すんなよ、熊ちゃん」大袈裟に顎をシャクらせて、どや顔で返した。

「てめー」と、大原が叫びながら掴みかかる。左手で胸倉を掴んで右手で殴りつけてくる。掴まれてるので、避け切れずに、「くはっ」っと声が出る。

 胸倉を掴んでる腕の上に、左手を被せて顔に押し付けて押さえ、右手で顔を殴りに行くが、顔を捻られて浅くなり、躱されそうになった所で肘を立て打ち抜く。大原が「ぐっ」と、洩らす。

「凄いですね、いったいどっちが強いんだろう」小林がボソリと言う。

「いやいや、小林くん、夢中になってる場合じゃないよ、あれ、パトカーでしょ」沢田が、小林の肩を叩く。

 住宅地側から公園沿いに大通りの方へゆっくりと動く車の影が、街灯に照らされて、白黒のパンダカラーが目に飛び込んできた。

「ヤバイよ、青野くん、マッポだ」

 大通りに行ったから、通り側のトイレのある広場回って、絶対にこっちに戻ってくる。

「今、行ったから、早く」沢田が腕を掴んで引くが、熱くなっていて、大原を睨んだまま動かない。

「来いよ、オラ」この状況でも大原を威嚇している。

「やべーんだってば」と、前に回って、タックルする様に抑えて押し出して行くと、諦めて力を抜く。

「小林君、大原逃がさないと、そっち、皆やばいよ」

 2年じゃ抑えきれない大原を、小林が羽交い絞めにして引っ張っていく。

「誰か、斎藤連れて行けよ、ダメだそっち行くな、逆に逃げろ」沢田が的確に指示を出す。

 パトカーが後ろの入口付近まで来て、急に赤灯を回した。

「おいおい、やべーじゃんよ」我に返って焦りだす。

「そりゃ、アンタらが、あんだけ大声上げてりゃ、通報されるわ」

 回転する赤いランプを背に走る、目にチカチカと赤が刺さる薄闇の中を、全力で走って行く。


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