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11,小さなヒーロー

 夜だっていうのに蒸し暑いな。肌に張り付く開襟シャツをクイっとが引っ張るがさほど変わらない。青野晴彦は、爽やかとは行かない初夏の夜道を急いだ。

 御木本が言っていたパチンコ店の上のビリヤード場は、行った事は無いけど、場所は知っていたので直ぐに分かった。


 階段を登ると、スモークフィルムが張られたガラスウォールの並んでいる。照明が薄く点っているけど、外からは中の様子は分からない。

 ガラスウォールの並びに大きな木製のドアがある。躊躇せずに扉を開けて店内に入った。

 中はかなり広く、数台のビリヤード台が間隔を取って並び、控えめな照明がビリヤード台の緑色を照らしていた。

 3組ほどが各々プレイしていて、プレイヤーが突く度に球が弾かれる小気味いい音が、控えめなBGMに乗って聞こえた。


 真次郎の姿を探して店内を見渡していたら、声を掛けられた。

「入口で何してんの、プレイするならこっちのカウンターね」

 台が並ぶホールの対の端にあるカウンターに、店員が見たので近づいて行く。

L字に延びたカウンターの奥まった所に、テーブル席が幾つかあって、そこに柄の悪そうな連中が足を投げ出して居座っているのが見えた。

あれが、御木本が言っていた連中だろう。


「高校生?中学生かな、制服じゃあ、もう後一時間くらいで駄目なんだけど、まあいいか」

 長髪を後ろでまとめて髭を貯えた店員が、面倒臭そうに言った。

 奥のテーブルに目を遣る。真次郎の姿はない。何人だ、イチ、ニイ・・・4人か。

「人を探してるんだけど、背の低い中学生の男子、来てないっすか?」

 奥のテーブルに聞こえる様に訊いた。長髪の店員がチラリとそちらを向いた。

「いや、来てないよ」と、淡々と答えた。

 テーブルの奥から二人が出てきて、そのまま店を出て行った。

「どうするの、兄ちゃん、やるの?」

 長髪の店員が、苛立ちを隠すように急かす。

「いや、もし来たら早く家に帰る様に言っといて貰っていいすか」

「あいよ。つーか君もだろ」

 長髪の店員が口髭を歪めて笑ったのを後にして店を出た。


 冷房の効いた店内から外に出た瞬間にムッとしたけれど、慌てて階段を降り、先に店を出た二人組を探す。裏通りの坂を下っていく後ろ姿を見付けた。

「ちょっとちょっと、すいませんせーん」

 馴れ馴れしく走り寄ると、二人は声に気付いて振り返り、睨みつけて待ち構えていた。

「あー、すいませんね、友達探してるんだけど、背の小さい中学生。知らないっすか?」

 二人は、上から下へ、また上へと、舐めるように見た。首が痛くないのかと思う程に振って。

「あン、知らねえよ、なんだお前、中坊か」一人のデカいリーゼントが粘っこく言うと、もう一人の茶髪リーゼントも似たような口調で続けた。

「中坊は、早く帰って、とっとと寝とけよ、コノヤロウ」

「でもさあ、あんた等が一緒にいるところ見たっていうんだよね」

 二人が目を合わせ、一瞬の間、遅れてから凄んだ。

「知らねえよ、コノヤロウ」

 車のライトが近づき三人を照らす。すぐ横を、こちらに当たらない様に避けながら徐行して通り過ぎた。


「ちょっと来いよ」首をしゃくって、雑居ビルの入口を指す。確か、半地下に降りる入口で、店舗用だからいつもは閉まっていたはずだった。

 正規の入口は表通りからで、この半地下のテナントに入っていた店は、少し前に閉店していた筈だ。

 人の目を嫌って場所を移すのだろう。ということは、結局、荒事になるのかと、小さく溜息を落とす。

 二人組がドアを開けて先に進む。溜息をついて後に続く。

「お前何なんだよ、付回しやがって」

 半地下の閉店したスナックの前の通路で向かい合った。

「付け回しちゃいないって」鼻で笑って見せ「探してるだけっすよ、奥山真次郎って言うんだけど、知ってるでしょ」

 ドデカリーゼント頭が思わず「知ってたらどーした、コラ」と、凄む。

「やっぱ、知ってるんだ」

 ドデカ頭が仕舞ったという顔を、慌てて打ち消すように吠える。

「テメっ、誰だと思って粋がってんだ、コラ」

「おい、バカ」

 茶髪頭が、余計な事言うなとばかりに、制する。

「で、どこの誰なの?」

 すかさず訊き返したが、ドデカ頭が言葉に詰まると「うるせえコノヤロウ」と、胸倉を掴み掛って来る。掴んだ拳が顎を押し上げる。

「いたい、いたい」

 両手を上げて、抵抗の意思が無いのを示す。無抵抗と分かると更に強く推してくる。

「なんだあ、ビビってんじゃねえぞ、シャバ僧が」

 身体を揺すられながら『真次郎が戻って来たら絶対コロス』そう唱えていた。連中と一緒かもしれないし、どういう関係かも分からないからと、春彦にしては冷静に対応していた。

「いや、だから奥山真次郎を探してるだけだって」

胸倉を小突かれながらも紳士的な対応している。我ながらと、ちょっと悦に入っていた感もあった。

「知らねえって言ってんだろが」

 ドデカ頭の右拳が、左頬を打ち抜いた。少しくらい殴られても仕方がないと思っていたけれど、構えていなかったからか、結構効いた。

「痛えなコノヤロウ」

 殴られて崩れた反動で、右で殴り返す。ドデカ頭は、春彦が無抵抗だと油断していたのでモロに受け、掴んでいた手を放して一、二歩下がった。ドデカ頭が殴られた驚きと、衝撃で左頬を抑える。

「てめえ」

「あ、ごめんなさい。違うんだ」

 やってしまったと、慌てて弁解するが、ドデカ頭は逆上して殴り掛かって来る。

「だから、ごめんて」

 そのドデカい頭に血が上った右ストレートを躱すと、勢い余ってつんのめり、足を引っ掛けて派手な音を立てて転んだ。


「もう、謝ってるのに、大丈夫?」

 転がるドデカ頭に声を掛けた、その時に、視界の端に何かを投げる仕草が見えた。耳元を、ビュンと何かが飛んで抜けた。

「ガシャーン」

 すぐ後ろにあった、スナックの古いスタンド看板が割れて、「カラカラン」っと金属性の物が転がった。

 鉄パイプだ、耳を擦めたのは鉄パイプだった、茶髪頭が投げたのだ。顔を狙って投げたのか、それとも顔に飛んでしまったのか。鉄パイプなんて頭に当たったら死ぬ事も有り得るというのに。

「おいコラ、いい加減にしとけよ小僧」

 茶髪頭が、低く押し殺した声で言う。なるほど、ドデカ頭とは違うさすがの貫禄だ。こいつは、狙って投げたのかもしれない。

 別にルールがある訳ではないけど、喧嘩では急所を思い切り攻撃する事はしないものだ。出来ない、と言うのが正しい。木刀で思いきり頭を殴ろうとしても、当てる瞬間、力を緩めてしまったり、頭を外してしまうものだ。散々殴っておいてなのだけど、やはり怖いものだ。

 しかし、茶髪頭はそれが出来るようだ。イカレている。

 こんな連中と、真次郎はいったい何を・・・。


 お道化ては済ませられないような、ピりついた空気が流れる。

「お前が言ってるガキか知らねえけど、店に来たガキならとっくに帰ったぞ」

 茶髪頭が、眉を寄せて睨んだままで、静かに言った。

「それはどうも。で、どういう関係なの」

 春彦も目を離さない。目を離したらヤラレると思わせた。

「知らねえって言ってんだろ」

 ドデカ頭が起き上がって来た。三角形の位置で睨みあう。

 射すような目の茶髪頭。ドデカ頭がニヤニヤと不快な笑みを見せる。

「青野くん!」

 不意に後ろから呼ばれて降りむいた。瞬間、激痛が走っった。肩から背中を殴られた。恐らく鉄パイプだ。名前を呼ばれて振り向いたお陰で、肩にずれて当たったのだろう。耳が熱い、当たったのか、痛みが広がっていく、力が入らない、気が遠くなって行く。

やばいやばいやばいやばい、歯を食いしばるんだ。足を踏ん張れ、頭の中で叫んで身体の細部に命令する。動け動け動け。

背中を踏みつけて蹴られ、そのまま地面に倒れた。

 後ろに、もう一人別の奴がいた、そいつに殴られたと気づく。くそっ、っと、起き上がろうとするが力が入らない。

 そうだ、名前。だれが名前を呼んだんだ。誰だ、どこにいる・・・。

「お巡りさん、こっちです、こっち」

 表通りの入口の方で、叫ぶ声が聞こえた。

「お巡りさん、ケガしてる人もいます、早く」

 遠のく意識をなんとか堪えて保ちながら、その必死の叫び声に、思わず笑みが漏れた。 

「クソがあ」

 吐き捨てて、三人が足早に去って行き、足音が遠くなっていく。また近づく足音が聞こえる。

「青野君、大丈夫?凄い血だよ」

見上げると、泣きそうな顔があった。

「大丈夫だよ、まったく、無茶するなあ、御木本くんは」

 御木本の後ろに申し訳なさそうにのぞき込む顔がある。

「おお、次郎、いたか・・・わるい、ちょっと休憩」


 行先表示が赤く光る最終バスの、一番後ろの席に三人並んで振られている。

「バスあって良かったね」

 窓の外を、街灯りというには寂しい夜景が流れていく。バスはほとんど乗客が居なかった。

「まったく御木本君は、良かったねじゃないよ、もし奴らが御木本くんに向かっていったらどうするんだよ」

 耳の乾いた血を気にしながら咎めるが、怒っている訳ではない。

「ごめん、でもあの時は、そうするしか考えられないで、もう叫んでたんだ。だって、放ってなんて置けないよ、と、ともだち、だから」

 御木本が顔を真っ赤にして告げた。

「でも、今になって考えただけで、震えて来るよ」と、小刻みに揺れる小さな手を見せて、小さなヒーローがはにかんだ。

「そうだな、助かったよ、ありがとう。良太」

「えっ、うん」

 良太の頬を涙の粒が流れて、それを隠すようして笑った。つられて笑うけれど、口角を上げると耳が痛んだ。乾いた血が割れて、また血が滲んだ。

「先輩、血が」  

真次郎が手を伸ばして、血を拭こうと頬をつつく。

「いてっ」

つついた方の真次郎が、ビクッと一瞬震わせる。

「痛い、ですか?」

「コノヤロー」真次郎の腹をくすぐる。

「まってまって、先輩」

 笑いが止まらない真次郎は、手足をバタバタとさてもがく。

「まいった、まいりました」

真次郎がケラケラと笑う。

「次郎」

「は、はい」

「何か困った事あるか」

 真次郎が少し目を伏せた。

「だ、大丈夫です」

「・・・そうか。困った事あったら言えよ、俺たちがいるんだからな」

 そう言って、良太を見る。

「うん。そうだね」

良太が力強く頷いた。

 真次郎は「コクリ」と頷く。

 

バスが大きく揺れた。小気味よい音が鳴り、運転手がマイクで「ツギトマリマース」と、独特な言い回しでアナウンスした。


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