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「お前は本当に、母親に似て可愛くない」
父と祖母は、よくそう言って自分を蔑んだ。子供のくせに滅多に泣かず、笑わず、媚びない姿によほど飽き飽きしていたようで、事あるごとにわたしに意地悪をし、見せつけるようによその子を褒めちぎった。
「おたくと違ってうちの子は」
これが祖母の口癖で、とにかく知人が子供を連れていると、相手が困り果てるほど自身の孫を貶めた。殆どが祖母の口から出まかせの法螺話が多かったが、祖母は嘘をつくのが大変上手で、聞き役に回った相手は辟易しつつも祖母の話を信じた。
ーーあの子は癇癪持ちで手がつけられないと。
やがてわたしは喋らない子供になった。家庭にも学校にも、祖母の法螺話のせいで居場所がない。学校のグループワークは必ず除け者にされ、先生によく気を遣わせた。弱いものいじめをせず、彼も仲間に入れてあげなさいと先生が諭すと、同級生たちはこぞって理由を口にする。
ーーあの子とは仲良くしちゃ駄目。
そう親たちに言われたのだそうだ。
わたしは幼い頃こそ除け者にされることを悲しみ、嘆き、自暴自棄になることもあったが、それも小学校を卒業した頃にはすっかり受け入れてしまっていた。収集のつかない自分の感情が嫌になり、諦めて楽をすることを選んだのである。
除け者にされても構わない。
陰口を叩かれても気にしない。
暴力を振るわれても動じない。
誰にも心を許してはならない。
毎日が醜く歪むわたしの世界は、気配を消して空気のように息を潜めて生きることに精一杯だった。目立つようなことはせず、良いこともしない。問題を起こさず、なるべく静かに、平和に、平穏に。一分一秒を過ごすことが、まるで針の上を歩き進むかの如く、緊張と恐怖で溢れて今にも壊れてしまいそうだった。
こんなことなら、別に生まれてこなくてよかった。
両親を何度も恨む。
先に死んだ母親を憎む。
心臓の奥で彼は何度も叫ぶのだ。
何故、生まれてきてしまったのかと。
張り詰めるようなわたしの緊張が、やっと安らぎを覚えたのは十七歳の頃のことだ。
惰性で進学した高校に、わたしのようなくだらない人間にやたらと話しかけてくる同級生がいた。隣の席の女子生徒で、名前を杉原菜美花という。
菜美花は名前の通り花のような人間だった。誰にでも平等に明るく優しく接する人間で、クラスでも人気者。進んで学級委員長を務め、行事ごとには一生懸命取り組む。文武両道で教師陣の信頼も厚い、絵に描いたような優等生だった。
そんな彼女が、何故、自分に。いや、それよりも。
わたしは最初、しつこく話しかけてくる彼女が鬱陶しくてたまらなかった。目立たず静かに暮らしたいわたしには、華やかな彼女の笑顔はあまりにも眩し過ぎる。休み時間には逃げるように教室から脱出し、誰も来なさそうな部室棟の陰で一人穏やかに過ごすことにしても、すぐに菜美花に見つかってしまうのだった。
そうして奇妙なかくれんぼが数ヶ月続くと、やがてわたしも隠れることを諦めるようになった。最終案として誰も来ない被覆室で適当に昼食を摂っていると、自然と菜美花もついてきて勝手に喋り始める。基本的には彼女が喋る一方的な話に対してわたしが適当に相槌を打つ、というスタイルを貫いたが、それが日常になると知らないうちに楽しく感じていた。日陰に身を潜める虫ケラが、初めて陽だまりの温もりを覚えたかのようである。
「君はいつも控えめだね。もっと自信もっていいのに」
彼女は憐れむようにわたしに説く。
「わたしはこのままで構わない。どうせ、口を開いても疎まれるだけだろうから」
「やってみたことあるの?」
「ない」
「じゃあわからないじゃない」
「やらなくてもわかるよ」
生まれてこの方、ずっとそうだった。今更自分を変えようとは思わない。菜美花は残念そうにため息をついた。
「私はこんなに君の話が好きなのに」
「わたしがいつ君に何かを話したんだ」
「話してるじゃない。今日の授業のこととか、先生のこととか、みんなのこととか」
「君の話に相槌を打ってるだけだ」
「そうかなぁ?」
彼女はわたしの顔を覗き込む。
菜美花の瞳が、煌めいた。
「ふふふふ」
彼女は悪戯っぽく笑って誤魔化した。
その日から、彼女はわたしの太陽となった。




