1話 故郷に浸る
冒険者を引退してから3ヶ月が過ぎようとしていた。
俺はナキレの南にある故郷、スカルイ村に戻って両親を手伝っていた。
といっても、父はナキレに出稼ぎに行っているので母だけだが。
「だいぶ腰も痛くなくなってきたな……」
鍬で畑を耕しながら呟く。
始めた当初は普段使わない筋肉を使ったせいで筋肉痛になり、1日まともに動けなかったのだ。
今は乾風期と呼ばれる穏やかな風が吹く季節になり、農村の最盛期でもある。
俺以外にも数人の村人が決められた区画で土を耕していた。
鍬を振るたびに乾いた土がほぐれて柔らかい匂いを立てる。
最初は嫌悪していたこの独特な匂いにも慣れて、今では心の安定剤のようなものになっていた。
(少し湿ったような匂いが逆に落ち着くんだよな……)
村に帰ってきてから時々、モンスターに襲われたり裏切りにあったりして命を落としてしまうという悪夢にうなされることがある。
なるべく顔に出さないようにはするけど、どうしても気分が暗くなってしまった。そんな時、土の匂いを嗅いだらなんとなく心が落ち着いて、少なくともザワザワとしたものはなくなった。
(田舎特有の匂いか……。浄化作用があったりして。
でもあの悪夢は何なんだ?何かの暗示か?)
ただの悪い夢とは思いたいけど、自分で言うのもなんだが俺の感はそこそこ鋭い。
どうも何かが起こりそうな気がする。
「カルムー、そろそろ一息つかないかい?」
声がした方をみると、頭に白いバンダナを巻いた女性が手を振っていた。
母のエルマだ。
「この1列を耕し終わったら行くよ」
そう返事してから土耕に取りかかった。
それから数十分後、畑を囲っている木柵に寄りかかって母と談笑する。
「まさかカルムが戻ってきてくれるなんてね。本当にビックリしたよ」
「まぁ、いろいろあってな……」
「どうしても若手は都会に憧れて流れちゃうからね。
この前なんて村一番のヤンチャ坊主だったイェルクが出ていっちゃったし。
まぁ、もう14歳だからねぇ……」
「そうなんだ……」
(イェルクか……。そういえば居たような)
本人には申し訳ないけど全く覚えていない。
確か俺より2〜3つ下だったはずだ。
どうにか思い出そうとしていると、母に勘付かれた。
「カルム。その反応、覚えてないね?」
「う……。ごめん……」
「いや、それはいいんだよ。たくさん冒険したから忘れるのが当たり前なんだから」
そう言ってくれたものの、母の声と表情が悲しげでなんだか悪いことをした気分になった。
「ほら、泥ダンゴ作るのが得意でよく皆に投げつけてた子だよ」
「あいつかっ!?」
(居た!確かに居た!俺もぶつけられて追いかけ回されたのを思い出した!)
あの時は水汲みの最中にやられた。
しかもそういう連中はたいてい逃げ足が速いので、捕まえきれなかった俺はため息を吐きながら服についた泥を洗い流した。
一気に思い出した俺を見てようやく母が頬を緩ませた。
「思い出したんだね。そう、泥ダンゴ作る上手さと逃げ足の速さをとってそのまま「泥足ボウズ」って呼ばれてた子。
ところで話を戻すけど、あんたは本当にこの村で過ごすつもりなんだね?
私達は嬉しいんだけどさ」
「ああ。よほどのことがない限り、この村から出る予定はないよ」
俺の迷いのない言葉を聞いて、母はしばらく口を開けたままだった。
一時的なものと思っていたみたいだ。
(次死んだら「終わり」なんだから)
「教会送り」のペナルティ――寿命を1年取られているということは、
この村にも伝わっていた。
そのせいもあり、俺は自分の状況を両親に言えていなかった。
母はすぐに俺が出ていくと思っていたようで、予想外の答えに口をポカンと開けている。
「そうかい……。でも都会に行きたかったらいつでも行っていいんだからね」
「ありがとう、母さん。もし俺の気が変わったらその時に話すよ」
母は何か言いたそうに口を開閉させていたが、結局声になることはなかった。それから誤魔化すように空を見上げる。
(俺にとって冒険に出ることは死にに行くようなものだからな。
もう魔王達と関わることもないだろうし、のんびりこの村で過ごすか)
だけど、俺の願望は翌日にあっさりと崩されるのだった。




