最古の魔族
金鉱山の街オルゼスは今日も賑わっていた。
次々と建てられる新しい建物と行き交う住人。
採掘した金鉱石を大きな製錬所に運ぶ鉱夫たち。
オルゼスの街は現在ゴールドラッシュとなって各地から人が集まり賑わいを見せていた。
大陸の最北端に近い場所であったため、かつては寂れた小さな農村がある程度だったが、現在では大きく発展を遂げており今なおこの街は大きくなり続けている。
そんな街の賑わいに紛れ、ナナコと老紳士はカフェで話し合いをしていた。
「この街に来て討伐した魔族の数は二人……先生は本当にこの近辺に魔族の村があるとお思いなんですか?」
聖浄機関の二人はこの辺りに魔族の村があるという噂を聞いて街を訪れたのだった。
だが周辺を探索しても一向に尻尾を掴むことが出来なかった。
最初に討伐した魔族を尋問したが、結局情報は引き出せず二体目の魔族はすぐに殺してしまったため尋問にかけることすら出来なかった。
そこでナナコはガセネタだったのではないかと思い至ったのだ。
「根拠はなく、証拠も確証も無いが、私はあると思っているよ。まぁ、勘でしかないんだがね」
確かにただの勘ではあるが、老紳士の勘は馬鹿に出来ないことをナナコは知っていた。
どういう訳か老紳士は特別に勘の鋭いところがあり、自分が見ていない知らないはずの出来事でもピシャリと言い当ててしまうことが多々あった。
だからこそ、このオルバ・グレイスという男はかつて最強格の冒険者と謳われていたのだろう。
「神々に見捨てられ、魔に魅入られた一族の末裔である魔族はこの世界の歪みであり排除すべき害悪だ。法の神レクスの教えに従い魔の存在は我々の手で抹殺しなければならない」
ナナコとオルバはそれぞれ魔族に対して個人的な恨みを抱いている。
ナナコは魔族の手に自分を育ててくれた師匠を失い、オルバも戦いの中で大切な者を失った。
だが恨み以上に彼らは使命感によって戦っていた。
魔族を狩ることが世界をより良くすることだと信じているのだ。
魔の者は神の敵対者であり人間にとっても邪悪な存在だ。
それを倒すことによって少しでも世の中を平和にしていけるのではないかと思い彼らは戦っているのだった。
「だからこそ、雲を掴む様な話であっても血眼になって探さなければならないのだ……行こうかナナコ。この街は人の行き来が多いからその中に魔族が紛れ込んでいるかもしれない」
「……そうですね」
カフェを出た二人は早速街ゆく人々を観察し始めた。
「魔族の通状態は殆ど人間と見分けがつかない。だが肉体の内部構造は人間と大きく異なるため、擬態が下手な魔族は表情や体の動きに必ず不自然さが出てくる」
「なるほど、ですが魔力判定機を使えば簡単に見分けられるのでは?」
ナナコの言う魔力判定機というのは魔力が隠なのか陽なのかを判定する道具のことだ。
これを使えばほぼ確実に人間と魔族を見分けることが出来る。
「それはそうだが、街中であからさまに判定機を使ってたらそれを見た魔族が逃げてしまうだろう。だからこうやってしっかりと観察してから狙い撃ちするのさ」
そうやってナナコに魔族狩りのノウハウを教えつつもオルバはしっかりと観察を続けていた。
そして一人の女性がその目に留まる。
「あれは……見覚えがあるぞ」
白乳色の髪と赤い花飾り、そしてメイド服。
その姿を見たオルバの記憶が甦る。
自らも参加した魔王城攻略戦、あのとき冒険者たちの行手を阻んだ魔族の一人。
「ナナコ、とんでもない大物を見つけてしまった」
「大物ですか、どうします?」
「こっそりと後をつける。下手に動けばこちらがやられるからな」
「それ程の大物ですか。しかし先生と私でならやれるのでは」
「ナナコ、相手を甘く見てはダメだ。奴は魔族の中でも特に強く、狡猾だ。先ずは冷静に観察、その後に奇襲の機会を伺って一撃で仕留めよう」
オルバがそれ程までに警戒するとなるとかなりの強敵なのだろうとナナコは唾を飲み込んだ。
「分かりました、尾行を始めます」
ナナコはオルバに尾行術を叩き込まれているため、目標に勘付かれることなく尾行する心得があった。
無論オルバも同様にそれが可能であるため、二人は早速動き始めたのだった。
メイドは一見普通の人間の様に振る舞っていた。
仮面を貼り付けた様な無表情ではあるが、仕草や言動には何ら不自然な部分はなかった。
「先生、あの魔族はどんな能力なんですか?」
「植物に由来する能力だ。腕から蔦を伸ばしたり種を飛ばしてきたりする」
「それって強いんですか? その辺の魔物と同じに思えるのですが」
「口では説明しづらいんだ。まぁ一撃で仕留めればどうでもいいことだな」
メイドは巨大な馬を引き連れているためよく目立った。
相手が魔族であるとはいえ市街地での戦闘は避けたいと考えていた二人は、メイドが人気のない場所まで移動するのを待っていた。
「いいか、機会は一度きりだ。確実に決めるぞ」
「承知しました」
メイドはそれから小一時間ほど街をぐるぐると探索し、そして街の外れの方へと向かっていった。
次々と人気が無くなっていき、そしてついに森林地帯へと入っていったのだった。
「ふぅ、やはり森は落ち着きますね。それに比べて人混みのなんと息苦しいこと」
そう独り言ちるメイドを見た二人はすぐさま奇襲を始めた。
オルバが木陰からメイドの背後を取り、ノコギリを振り翳す。
「!!」
殺気に気がついたメイドはノコギリでの斬撃を左腕で受け止めた。
「なぬ!」
ノコギリの刃が左腕の半ばまで食い込むも、万力の様な力で強く締められており引くことが出来ず、オルバは驚きの声を上げた。
それを隠れて見ていたナナコは動きを止めたメイドを見てチャンスだと思い、神速で接近して刀を抜刀。
メイドの首を刎ねるべく白刃を煌めかせだが、すんでのところで避けられてしまい右腕を斬り飛ばすにとどまった。
「はぁ、何なんですかアナタたちは」
左腕を切り裂かれ、右腕は斬り飛ばされたというのにも関わらずメイドはやれやれといった表情で二人を見た。
「我らは聖浄機関。魔族よ、貴様の命を貰い受ける」
ナナコはそう言い刀を正眼に構えた。
「はぁ、あのレクス神を信奉する連中ですか。よく私が魔族だと気づきましたね」
「覚えていないか? 私はかつて魔王城で貴様と対峙したのだ」
オルバにそう言われてメイドは少し考えた後、何かを思い出した様にああ、と小さく声を上げた。
「何となく見覚えがありますね。確か冒険者だったと記憶していましたが」
「私は使命に目覚めたのだ。貴様ら魔族をこの世界から絶滅させ秩序ある世界へと変えていかなければならん」
「はぁ、そうですか」
「だからお前はここで滅さねばならんのだ! レクス神よ、我が拳に力を宿したもう」
オルバがメイドに一撃を加えようと祝詞を唱え、神聖術で強化した拳をメイドに放った。
神聖術は神の信徒が用いる秘術であり、魔を打ち消す力がある。
いかに人間を凌駕する肉体を持つ魔族であってもこれを喰らえばひとたまりもないだろう。
そしてその一撃が体に触れた直後、驚くべきことにメイドの体が荊の塊へと変化した。
「何だとぉ!」
驚きのあまり声を上げるオルバの左腕は無数にある荊の棘でズタズタになってしまった。
「先生、後ろです!」
ナナコの声に反応するも、僅かにオルバの反応が遅れた。
地面から植物の様に生えてきたメイドはオルバの背後に立ち、軽く息を吹き掛けた。
「何だ……これは」
反応して即座に振り返ったのが逆に仇となり、メイドの息と共に放たれた胞子を吸い込んでしまった。
「か、体が……動かんだと」
全身に強い痺れを感じ、身体の自由を失ったオルバは糸の切れた人形の様に膝から崩れ落ちた。
「そんな、先生!」
ナナコは悲鳴を上げ、敵前であるにも関わらずオルバに駆け寄った。
「シビレダケの胞子を吹き掛けました。まともに吸い込んだ様なので七日は動けないでしょう」
地面から生えてきたメイドの体は斬り飛ばされた右腕も含めて元通りになっていた。
「化け物め、貴様何者だ!」
この魔族は何かが違う。
戦士としての本能が逃げろと警鐘を鳴らしているのを無視してナナコは刀を構える。
「メイドのセリカと申します。以後お見知り置きを」
臨戦体制であるナナコとは対照的にセリカはまるで客人に向けて挨拶をするかの様に丁寧なお辞儀をしたのだった。
敵前であるにも関わらず、その様な態度をとるセリカにナナコは戦慄を覚えた。




