8.嵐の中へ
それからもふたりのアサコちゃんは夜空の旅の楽しさを存分に味わいました。それは、毎朝見ていた楽しい夢なんかより、百倍も、二百倍も、楽しいものでした。アサコちゃんは思いました。――どうして朝がきらいだったんだろう。たかが夢の途中で起こされたぐらいで、あんなに怒っていたなんて、あたし、恥ずかしくなっちゃうわ――
「さあ、急いで」
とつぜん、お化けが大きな声で言いました。
「このままじゃ、時間に間に合わなくなるよ。きみたちの飛ぶ速さがここまで遅いとは思わなかったんだ」
「時間ってなんだったっけ」
「ほら、さっき、空を飛ぶ前に説明したじゃないか。生と死のふたりに分かれちゃった人間は、次の日の朝日が昇る前に運命を選択できないと、地獄へも天国へも行けないで、死んでしまうって。そうなったら最後、魂も二度と命を得られなくなって、生まれ変わることすらできなくなるって」
「え、それは大変」
そうは言ったものの、ふたりのアサコちゃんはなかなか速く飛べません。
「どうしたらいいのよ」
「うーん、少し危ないけれど……、あれを使うか」
「あれって?」
「嵐に巻かれるんだよ。嵐っていうものは巻きこんだ人間の運命を、有無を言わせず決めてしまうところがあるからね。きみたちの運命が生と死のどちらにあるのか、ためす意味でも都合がいい」
お化けは遠くの空を指さします。
「向こうにかみなり雲がありそうなんだ。そうとう強い風も吹いているみたいだし、あのなかに突っこもう」
「生と死をかけて運命をためされるなんて、なんだか怖いわ」
「大丈夫。なるようになるんだから」
「もう。他人事だと思って」
アサコちゃんは怖いながらも勇気を出して、お化けのあとについていきました。
嵐が近づくにつれて、風もだんだん強くなってきます。雨がぽつぽつ、顔に当たりはじめました。雷がごろごろ鳴っています。ときどき、空が昼間のように明るくなります。雷が光っているのです。
「お化けさん、ちょっと待って」
「どうしたの」
「もしもよ、もしも雷に打たれたらどうなるの」
「そのときはいさぎよく死んじゃうしかないよ」
「ええっ」
「それも運だめしのうちさ。さあ、自信を持って前進あるのみだよ」
もう、どうしてこんなことになっちゃったのかしら、今夜もいつもと変わらず、布団のなかで楽しい夢を見ながら、眠っていたはずなのに。――ふたりのアサコちゃんはちょっとだけ、お化けと一緒に来たことを後悔しました。
しかし、もう後戻りはできません。ここまで来たからには、お化けの国とやらに行くしかないのです。アサコちゃんのふたつに分かれてしまった運命、実体のないものとのふたつに分かれてしまった体、それらをひとつにまとめるためにも、生きるか死ぬかを決めるためにも、ここは前進するしかないのです。
風はどんどん強くなってきました。稲妻がすぐそばを走り抜けます。雨は前から後ろから、アサコちゃんのことを打ちつづけます。雷の音は鼓膜をやぶりそうなほどです。
「誰か、助けて」
アサコちゃんはいつしか、あのお化けの姿を見失っていました。
「お化けさん、どこへ行っちゃったの。助けてよう」
ようやく嵐から脱出できたときには、お化けの姿は見当たらなくなっていました。実体のないアサコちゃんは空を飛ぶのが苦しくなってきました。だんだんと高度を下げて着地しようとします。ところが、そこは海の上だったのです。近くに陸地らしいものはなさそうです。アサコちゃんは泣きそうになりながらも必死で海の上を飛びつづけました。これからいったい、何を頼りにお化けの国を目指せばいいのでしょうか。




