10.夜明け
お化けの国には何もありませんでした。夜の暗さのせいかもしれません。見えないだけかもしれません。けれどもふたりのアサコちゃんにはわかりました。そこはお化けの国なのですから、たとえ、お化けがいたとしても見えないだけなんじゃないかと。
「うふふふふ、よくわかったねえ」
この声は……、アサコちゃんをお化けの国まで案内すると言っていたあのお化けが、ふたりの後ろから声をかけたのです。
「ぼくも、あの連絡船に乗っていたんだよ。わからなかっただろう」
ふたりのアサコちゃんは思わず笑顔でふり返りました。ところが、そこには誰もいませんでした。
「お化けさん、どこにいるの」
アサコちゃんのその声にも、返事はありませんでした。
みなさんはもう、気づいたかもしれません。なぜ、お化けが返事をしなくなったのか。
お化けは返事をしていないわけではなかったのです。アサコちゃんにはもう、お化けの姿も見えないし、お化けの声も聞こえなくなってしまったからなのです。さっきの言葉が聞くことのできた、お化けの最後の言葉となったのです。なぜなら、アサコちゃんはすっかり、生き返っていたからです。その証拠に、大きな鏡が一枚、立っていましたが、そこにはもう、アサコちゃんはひとりしか映らなくなっていたのです。ところが、アサコちゃんはしばらくのあいだ、気がつきませんでした。どうしてもうひとりの自分は、消えてしまったのか、どこかへ行ってしまったのか、と考えるばかりです。
そんなときでした。冷たい風が吹いてきたかと思ったら、どこからともなく薄気味の悪い太鼓の音がどんどろどろどろと聞こえてきます。空にはねずみ色の雲がうずまきはじめました。アサコちゃんは思い出しました。
「ここは、はじめてあのお化けが現れた夢のなかと同じ世界だわ」
はるか遠くに小さな窓明かりが見えました。アサコちゃんは思わずその家に向かって走りだしました。近づくにつれて、そこは自分の家とそっくりなことがわかりました。心がどきどきしてきます。笑顔があふれてきます。ドアを開けてなかに入ると、リビングルームのほうからテレビの音が聞こえてきます。アサコちゃんはリビングルームにかけこみました。
「あら、アサコ。まだ起きていたの」
お母さんです。お母さんと会えたのです。
「アサコが変なことばかり言うから、心配で起きていたのよ」
「お母さん、ごめんなさい。あしたからは朝、起こされても文句を言いません」
「何。そんなこと、気にしなくていいのよ。もうじき夜明けよ。結局、お母さん、徹夜しちゃったみたいね」
アサコちゃんは言います。
「アサコ、お化けの国まで行っちゃったのよ。その途中でね、空を飛んだり、嵐の中に飛びこんだり、超光速の船に乗ったりしたんだから」
「なあに? また、夢を見ていたのね。面白い子ね」
窓から外を見ると、東の空がほんのり明るくなっていました。もう、夜が明けるのです。アサコちゃんの怖い夜も、ようやく終わりを告げるのです。
「アサコが生きていてうれしい?」
アサコちゃんが聞きました。するとお母さんは笑って答えました。
「当たり前じゃないの。おかしなことを言う子ね」
お母さんはアサコちゃんのことを引き寄せると、思いっきりの強さで、ギュッと抱きしめました。
(おわり)
「アサコちゃんの怖い夜」いかがだったでしょうか? この次の「アサコちゃんの夜シリーズ」の投稿は「アサコちゃんの魔法の夜」を予定しています。そちらも楽しみにしていただけたら嬉しいです! 最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。




