目と目が合ったらなんとやら
翌日、俺は再び夢層を訪れた。
「来たね」
久世さんは穏やかに笑って、俺を迎えた。
そこから久世さんは思念投影装置の使い方のコツを教えてくれた。
やはり最初に映し出すのはシンプルなものがいいらしく、猫を映し出す訓練が始まった。
訓練の終わり、帰ろうとすると俺は久世さんに呼び止められた。
「来年の創映戦、君も出るつもりなんだろう?」
「はい」
「じゃあ、説明しておこうか」
久世さんはディスプレイに資料を映し出した。
「創映戦は日本最大のアニメ・映像の大会だ。まず予選。思念投影装置で作った映像を提出する。音声やBGM、効果音は思念装置以外の方法で加えてもいい」
「予選を通過すると、何か変わるんですか?」
「本選は予選を勝ち抜いた8人がトーナメント方式で戦うようになるんだ。
会場に作った映像が映し出されて、その映像を会場の観客たちが投票して勝敗を決めるようになる。」
説明を聞きながら、俺は考えていた。
神を超える。そのためには、その舞台に立たなければならない。
映像を作り出すのはこれからも練習するとして、問題はどんな映像を作り出すかだ。
だが、俺の頭の中に、ある秘策があった。
死。
この未来社会では、医療技術の発達で死という概念が薄れている。
だからこそ、死をテーマにすれば、強烈な意外性が出せる。
この世界に転生してきた俺だからこその、奥の手。
でも…
「予選、本選、トーナメント方式…」
俺はディスプレイを見ながら、呟いた。
予選はいいとしても、本選は三回も戦う。
死というテーマは、意外性はあるが、一度使えば、もう陳腐化するだろう。
二度と同じ衝撃は与えられない。一回きりの切り札。
…どうしよう。
本選の最初に当たればいいが、もし勝ち抜かないといけなかったときは?
答えは出なかった。
三週間が過ぎた頃、最初は何も形にならなかった猫がはっきりとしてきた。
久世さんの助言を受けながら、形だけでなく感触や記憶を思い浮かべる。
そうすることで、ようやく猫の映像が作れるようになった。
まだ少しぼんやりとしているが、確かに猫だとわかる。
柔らかい毛並み。小さな爪。俺の記憶の中の猫が、静かに息をしていた。
その時だった。
「どーん!」
入口の方から声がして、いきなり扉が爆発したみたいに開いた。
そこには知らない少女がいた。
金髪のツインテール。ただし、左右で長さが違う。右は肩まで、左は腰まで。
オーバーサイズのパーカーを着て、首元にはチョーカー。
少女は俺を見て、目を輝かせた。
「あ!君が噂の新入り?」
「ああ、ええっと、紹介するね。彼女が…」
久世さんが紹介しようとした瞬間、少女は俺に向かって指を突きつけた。
「勝負だ!」
「…は?」
「勝負!今から30分で映像を作って、どっちがすごいの作れるか!」
久世さんが慌てて止めに入る。
「焔音、前も言ったけど、鏡火はまだ始めたばかりなんだ。いきなりそんな…」
「関係ない!だって君、創映戦に出たいんでしょ?」
焔音と呼ばれた少女はにやりと笑った。
なんだこいつ。
そんな俺の心を見透かすように少女はこう言った。
「私は、焔音!創映戦でテッペンをとる女!私は、最強!私に負けるやつを見るの、最高!だから、勝負!」
焔音はふんっと息を吐いた。
俺は言葉を失った。本当になんだこいつ。
だが確かに言えるのはこいつは俺に負けることなど微塵も考えてないということ。ようは見下されているということ。
頭ではこんなやつの言うことは気にしなくていいとわかっている。
でも、こいつの目が、神と会ったあの日と重なって、どうにも苛立って、仕方なかった。
「…上等だ」
気づけばそう言っていた。
「お、いいね!その目!」
焔音は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、始めよう!テーマはなんでもいいよ!」
久世さんが寄ってきて小声で困ったように言う。
「本当に大丈夫かい?」
「…大丈夫です」
俺は装置に座った。ヘルメットを被る。
絶対に負けたくない。俺はそう思いながら目を閉じた。




