火は消えない
恵まれた人生だった。願わくば、もっと書いていたかった。
だが、病を抱えたこの体では、小説を書くことなど、かなわなかった。
僕は、もうすぐ死ぬ。 それは確信だった。体が、心が、すべてがそう告げていた。
生きるという感覚が、少しずつ剥がれていく。 僕はその静かな崩壊を、ただ見つめていた。
走馬灯が静かに流れた。ページをめくるように、過去の光景が脳裏に浮かぶ。
書いた。語った。生み出した。 物語に生き、物語に死ぬ。それが僕の人生だった。
僕には文においての天武の才があった。
次々に生まれていくストーリー。それを表現する圧倒的な文章力。
僕の本は書籍化され、アニメ化され、映画化され…
全てが順調すぎるほどに進んだ人生。僕の誇るべき人生。
そんな人生も、終わりが来るものなのだろう。寂しい。悔しい。
まだ書きたいアイディアが無数にある。
…まぁ、しょうがないか。終わりある人生なのだから。
あぁ…楽しかったな…
僕はそっと目を閉じた。
目を開けると真っ白な空間に立っていた。
とても静かで、なんもないこの空間には少しの恐怖を感じた。
目の前には胡散臭い糸目の男がいた。すぐに僕はこれが神なのだと直感した。
威厳とかオーラとかそんな感じだ。
神に僕は聞いた。
「ここは天国ですか?それにしては何もないようなのですが。」
神は言った。
「ここは私があなたに真実をお伝えするために設けた場所です。」
「真実?」
「はい。」
少しの間沈黙が続いた。嫌な予感がした。
沈黙の中、神の笑みが少しだけ深くなった。空気が冷たくなった気がした。
神は話し始めた。
「神でも、退屈になることがあるんです。そんな時は、物語を考えるんです。そうして作った物語。
せっかく作った物語です、誰かに評価してほしい。
そこで、私は、何の才能もない凡人にその物語を与え、人間に評価してもらうんです。だから…」
「噓だ」
遮るように僕は声を上げた。
それが僕だというのか。
そんなわけがない。噓だ。
もしそうなら、僕の人生は…
僕は僕の人生を思いかえした。
僕の人生には、小説しか、物語しかなかった。
それすらも、神に与えられただけだというのか。
誇りに思っていた人生も、夢中で書いたあの日々も、すべて虚像だったのか。
絶望。
僕の中の何かが灰に帰すのを感じた。
でも…それが“真実”だというなら、なんで…
「なんで今、言ったんだ。こんな最期に言わなくてもよかったじゃないか。」
僕の言葉に神はニヤニヤしながらいった。
「最期じゃないですよ。
あなたの人生は、私の退屈しのぎにしては、なかなか良くできていました。
私の手のひらの上の存在。なのに、自身の力ではない
それを誇っていた姿が、滑稽で、哀れで…面白かった。
なので、まだあなたには生きてもらいますよ。」
「これから、あなたを日本に転生させようと思いまして。
何の才能もないまま、苦しんでください。私の退屈を紛らわす道具として。」
その言葉が、胸の奥に鈍く突き刺さった。
僕は、もう“僕”ではいられなかった。
俺の胸の奥で、何かが爆ぜた。
それは怒りだった。屈辱だった。
俺の人生を、ただの“退屈しのぎ”だと?
ふざけるな。
俺は、俺は……
本当に、何もなかったのか?
あれほど夢中で書いた日々は、ただの神の暇つぶしだったのか?
ならば、俺は何だ?ただの器か?操り人形か?
拳を握りしめようとしたが、指先に力が入らない。
「俺には、何もなかったのだ。 」そうもう一人の自分がささやく。
神が言った通り、才能も、力も、すべて借り物だったのだ。
それでも…
それでも、火は消えない。灰の中でくすぶる炎が、再び燃え上がろうとしていた。
物語を作りたい。もっと、もっと。 その思いが、俺の心を焼き尽くさんばかりに膨れ上がった。
俺の人生を、ただの“退屈しのぎ”?
ならば、神の物語すらも燃やし尽くす、俺だけの物語を描いてやる。
それが俺の復讐であり、俺の救いだ。
「どれほど足掻いても、凡人は凡人。でも、足掻く姿が面白い。
さあ、始めましょうか。」
神はそう言って、俺の額に手をかざした。
意識が薄れていく中、俺は心の奥で炎を握りしめた。
アマチュアがプロの小説家の描写するの烏滸がましすぎて恥ずかしい。