私は知らない
「……どういうこと? 現実って何?」
クローラちゃんから返ってきたのは、戸惑いの声だった。
「いや……どうせいつかは向き合わなきゃいけないなら、今言うわ」
すると少しの間を空けてお母さんは言った。
「クローラちゃん、よく聞いて。今ハンナはあなたのことを覚えていないの」
「……なにいっているの?」
「ハンナはあなたが誰かわからない」
「ウソだ!」
クローラちゃんは叫ぶ。
「ウソだって! 前一緒に遊んだもん!」
ごめん。でも、本当に覚えていないんだ。……クローラちゃんの顔も。
ふつふつと湧き出る申し訳なさに、私は謝る。
「残念だけど、ハンナは一緒に遊んだことも覚えてないと思うわ……ってクローラちゃん!?」
突然、ドタドタと走ってくる足音が響く。思わず後ろに下がると、角からクローラちゃんと思わしき子が現れた。
「ハンナちゃ……」
その瞬間はパッと明るい表情。しかしみるみるうちにその碧眼は絶望に変わっていく。まるで本当に私が別人だと気づいたかのように、だ。
「ハンナ、この子のこと……わかる?」
後から来たお母さんにそう聞かれる。
一応さっきの会話であらかた想像はつく……でもあくまで想像だ。それに話をややこしくするのもクローラちゃんに悪い。
「……いいえ」
なぜかピクッと反応するクローラちゃん。……いや気のせいか。
「そう、この子はクローラちゃん。いつも一緒に遊んでたのだけど……」
「そう……ですか」
なんて挨拶すればいいんだ? 初めまして……は少しきついだろうし、無難におはよう、か?
すると、クローラちゃんは逃げ出すように家を出ていったのだった。
「ハンナ、また午後会いにいきましょうか」
本当はすぐクローラちゃんに会いにいきたかったけど、残念ながら午前はお医者様に診てもらう予定だったらしい。
……すぐ会いにいくのと、しばらく経ってから会うのはきっと違うんだろうな。いやさすがにこんなこと考えちゃダメか。
「それじゃ、行こうか」
私はお母さんについていき、玄関から出る。
真っ先に感じたのは、春の息吹だった。敷地の中にある木々は若い芽を出している。地面には等間隔に石が埋められており、トントンと足を乗せながら道に出た。
ここは住宅街なのか、私たちの家とさほど変わらない建物が並んでいる。白系の壁が多く、決まって屋根が急だ。
お母さんに連れられていると、やがて大通りに出る。建物の雰囲気は変わらないが、やはり二階建て以上がほとんど。そこそこの人通りで、屋台も多少あるようだ。
またしばらくして、今度は陰になっている路地に入った。
こんなところにお医者様がいらっしゃるのか……?
少し違和感を感じつつ、お母さんは一つのドアを開ける。
「いらっしゃい、マリア」
リンリンとドアベルとともに迎えられたのは、少し灰色の髪をした、お母さんより……少し年上に感じる女性だ。
「無理なお願い、ありがとうね。クラリさん」
「別に構わないさ。お医者様なら奥で待っとるよ」
ん? あ、このクラリさんが医者ではないんだ……。
………
……
…
「うーむ、起きる前のことは本当に何もおぼえてなさそうじゃの。どうすることもできん。申し訳ないのぉ」
このよぼよぼしているお医者様との一問答の後、このように言われた。……そんな気がしてたけど。
まだ私は六歳らしい。失ったのはたった六年間……いや物心を考えると二年もないかもしれない。
もし、私が二十歳以上なら。
そう考えると失ったものは少ない。
そう、自然に割り切ってしまう自分に、少し驚く。
ただ、クローラちゃんの様子だけは頭から離れない。
クローラちゃんの容姿を入れられなかったのでここに記載。
髪は茶髪でウェーブのあるショート。
作中の通り少し暗めの碧眼。
体格はハンナとトントンか少し大きい。




