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事件の発端

 夜になると、伊達と山崎のコンビ『カイザーウェイブ』の祝勝会が開かれた。会場となったのは、団員の両親が経営している飲み屋である。そのため、今夜は貸し切り状態なのだ。

 朝倉もまた、不満げな表情で来店した。しかし、伊達や山崎とは視線を合わせようとしない。



 参加者が全員そろったところで、主役のふたりが挨拶する。


「皆さん、ありがとうございます! これも、皆さんからの御指導ならびに御鞭撻のお陰……あ、実は意味をよく知らないで使ってます。間違ってたらすみません」


 伊達が挨拶し、次いで山崎も頭を下げる。


「とはいえ、我々この劇団の一員であることに変わりはありません! ここが、我々の演技や笑いの基礎を作り上げてくれました──」


 その時、座長の西郷が立ち上がる。


「堅苦しい挨拶はそこまででいいだろ。みんな乾杯!」


「おい! 俺にも最後まで言わせんかい!」


 山崎のツッコミに、皆が笑う。と同時に、全員が飲み始めた。たちまち、場を喧騒が支配する。




 どうでもいい話に華を咲かせる卓があるかと思うと、熱心に演劇論を交わしている卓もある。さらには、なぜか腕相撲を始めてしまう卓もあった。


 そんな中、朝倉は浮かぬ顔であった。

 もともと、こうした雰囲気は好きではなかった。酒自体も好きではないし、「酒が入っているから」という理由でバカをやる連中も好きではない。

 今回は、緒方に言われたから来た……のだが、理由はもうひとつある。


 自分を追い抜いていった後輩を、心から祝福できるだろうか。


 だが、来てみてわかった。全く祝福できない。むしろ、イライラがさらに増していく。

 そんな自分にも、腹が立つ──


「フウちゃん、何考えてんの?」


 緒方の声だ。彼女だけが、朝倉の隣に座っている。


「いや、やっぱり来なきゃ良かったな……と思ってさ」


 言った途端に、いきなり手をつねられる。


「痛いな。なんでつねるんだよ?」


「まず、フウちゃんは場の空気読めるようになろうよ。例えば……ここの団員はみんな、あたしたちが付き合ってること知ってんだよ」


「えっ! お前バラしたのか!」


 ギョッとした顔の朝倉を、緒方は睨みつける。


「言うわけないでしょ。でも、みんな何となく察してるけど、何も言わない。それが空気を読むってこと」


 緒方が言った時、いきなり目の前の席に誰かが座った。

 伊達と山崎だった。


「朝倉さん、こないだは失礼なこと言ってすみませんでした。あと、今日は来てくれて嬉しいです」


 伊達がペコリと頭を下げた。次いで、山崎も頭を下げる。


「自分もッス。来てくれないかと思ってたッスけど……来てもらえて嬉しいです」


 ふたりの態度は真摯なものだった。

 だが、朝倉という男はとかく捻くれていた。また、もともとの不器用さも手伝い、こんな言葉が出てしまった。


「俺みたいな暗い奴、いようがいまいが関係ないけどな。ま、おめでとうさん」


 そう言うと、下を向いてしまったのだ。山崎は頭を抱え、緒方は溜息を吐く。

 こういう展開になると、伊達も黙ってはいない。


「あんたは何なんですか!?  どうして、そういう捻くれたものの見方しかできないんですか?」


「別に捻くれてないだろうが。俺の言ってることは、何かおかしかったか?」


 挑発するような言い方だ。これで、伊達は完全にキレてしまった。


「あんたはね、そんな凄い才能を持ちながら、なんで燻ってるかわかるか!  あんたが大馬鹿野郎だからだよ!  緒方さんの気持ちを少しは考えろ! 頼むから、引くことと合わせることを覚えてくれ!」


「ンだと! 不破由紀子みてえなしょうもねえバカに尻尾振ってまで売れたいのか!」


 言いながら、立ち上がる朝倉。伊達も、負けじと立ち上がる。


「ああ売れてえよ!  売れなきゃ、やりたいことできないからな!」


 その時、ふたりの間に割って入った者がいる。劇団の座長であるデューク西郷だ。

 彼の身長は百八十センチで、体重は百キロを超えていた。劇団内では、もっぱらお笑い担当である。しかし、集団を上手くまとめていくリーダーシップも持っていた。

 全くの素人だった朝倉をスカウトしたのも、この西郷である。


「ふたりとも、そこまで。朝倉、ちょっと外出て頭冷やしてこい」


 言われた朝倉は、無言のまま外へ出ていった。と、緒方が立ち上がる。


「わかりました。あたしが頭冷やさせますんで」


 そう言うと、朝倉の横に並び歩いていった。




 ふたりは、無言のまま道路を歩いていく。人通りはなく、街灯も少ないため互いの顔もよく見えない状態である。


「俺さ、今日は自分を試すために来たんだ」


 不意に、朝倉が口を開いた。


「何を?」


「俺が、あいつらの準決進出を心から祝えるかどうか……でも、無理だった。俺、最低だな」


「あのね、そんなの当たり前でしょ!」


「えっ、そうなのか!」


「ンなのさ、みんながみんな心から祝福してるわけじゃないよ。中には、顔で笑ってオメデトウて言ってるけど、腹の中は煮えくり返ってる人もいる。それが人間だから」


「そうか。それ聞いたら、なんか安心したな」


 真顔でそんなことを言う朝倉を、緒方は首を傾げ見つめる。


「前から思ってたんだけど、なんで舞台の上では完璧な演技をするくせに、日常生活だと演技できないの?」


「なんでだろうな。俺もわからん」


 言った後、朝倉は真顔で彼女を見つめる。


「なあ、お前にとって、俺はお荷物なのか?  迷惑かけてるか? だったら──」


「そんなわけ無いでしょ。怒るよ」


 睨みつける緒方から、朝倉は目を逸らせた。


「でもな……今の俺、本当カッコ悪いから」


「あのさ、そういう自虐やめなよ。じゃあ、そんなカッコ悪いあんたと付き合ってるあたしは何なの? あんたがひとりで自虐に浸るのはいいよ。でもさ、それを周囲にアピールしだしたら、あたしまで惨めになるじゃん!」


「そ、そうだよな」


「伊達くんはああ言ったけど、フウちゃんの傲慢なとこ嫌いじゃないよ。あたしは、フウちゃんのこと信じてるから。あの伊左坂(イササカ)先生が、あいつはすげえ役者になる……って言ってたから」


 伊左坂先生とは、特殊効果や音響などを専門にしていた男だ。座長であるデューク西郷の先輩に当たる人であり、気が向くと芝居を見に来たり手伝いに来たりしていた。

 長髪にオールバックで、常にサングラスをかけている強面だ。(はた)から見れば、完全に危険な世界の住人である。まあ、世捨て人なのは間違いない。

 また偏屈者であり、口からは毒しか吐かない。誰かを褒めている言葉など、聞いたことがなかった。

 そんな人が、自分を褒めてくれていたのか……。


「あ、ありがとう」


「礼を言うのは、あたしにじゃないでしょ。それに、あたしには言葉じゃ足りない。本当に感謝の気持ちがあるなら、チューして」


 途端に、朝倉の顔が赤くなる。


「は、はあ!?  バカ言うな! 俺はな、路チューしてる奴ら見ると殴りたくなるんだよ!」


「じゃあ、そこでしよ?」


 そう言って緒方が指差した場所には、駐車場があった。さほど大きなものではなく、車が六台も停まれば満車状態である。今は、軽トラックが一台停まっているだけだ。

 強い光を放つライトが設置されており、その一角だけ異様に明るい。


「はあ?  そこでしようが、ここでしようが同じだろ? 路チューは路チューだ!」


「違うのだよ。路チューは、路上でチューするから路チュー。でも、あそこですれば駐チュー。ほら、違うでしょ」


 そう言うと、緒方は朝倉の手を引き強引に歩きだした。

 その時だった。遠くに、車のライトが見えた。次いで、向こう側から車が入ってきた。

 ふたりは、反射的にトラックの陰に隠れる。まあ、路チューならぬ駐チューをしようとしていたのだから、隠れたくなるのも当然だろう。

 車は、トラックの対角線上に停まった。ドアが開き、何者かが降りてくる……もっとも、ふたりには音だけしか聞こえない。

 直後に聞こえてきた声は、ふたりを唖然とさせるものだった──


「おっせーなぁ! だから、ヤクザは社会のゴミって言われんだよ!」








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