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小川の災難

「なんじゃゴラァ!」


 夜の繁華街に、罵声が響き渡る。その主はといえば、体が大きく人相の悪い男だ。


「はあ? なんか文句あんのか? 俺は銀星会の小川だぞ! 文句あんなら来いや!」


 怒鳴ると、周りの者たちは目を逸らし足早に去っていく。目の前にいる者が、広域指定暴力団・銀星会の構成員であることは有名だ。何も言えない。

 小川義人(オガワ ヨシト)は、フンと鼻を鳴らした。


「何なんだてめえら、ダッセーな。ンな情けねえ生き方してて恥ずかしくなんねえか」


 そんなことを大声で言いながら、小川は肩をいからせ歩いていく。

 今日、小川は機嫌が悪かった。それというのも、あの西村陽一とかいう奴のせいだ。


 ・・・


 昨日、銀星会の若手たちが集められ、決起集会なるものを開いた。そこに招かれたのが、あの西村だ。

 Tシャツにデニムパンツ姿で現れた西村は、とにかくいけ好かない男だった。まず目つきや態度からして、自分たちをバカにしているのは明白だ。

 完全に自分たちを見下した態度で、何やら講演会のようなノリでしょうもない話をしていった。かつて、つまらない小説を書いていた……などという、あくびが出そうな話だった。神のシナリオとかなんとか言っていたが、単に「意識高い系のアホ」としか思えなかった。

 しかし「威勢だの気合だの言ってる元暴走族みたいなバカ少年」という一言には、猛烈に腹が立った。殴りたい衝動に駆られたが、何とか堪えた。

 

 だが、それはまだいい。問題は、その後だ。

 西村の隣に付いたのは、美咲ひなたであった。現在、クラブ・クイーンのナンバー3である。小川のお気に入りでもあった。

 少しキツめの瞳に長いまつ毛、アイラインは今日もバッチリ引かれている。髪は明るめのミルクベージュであり、体型はジム通いと豊満手術さらに脂肪吸引も加え仕上げた完璧なスタイルだ。

 今宵の彼女は、気合の入り方が違う。なにせ、銀星会の幹部が一目置く西村陽一の来店である。この男を落とせば、ナンバー1への道が見えてくるのだ。


「西村さんってスッゴーイ! 本物の危険な男って感じするもん! 女はね、やっぱり本物に弱いから!」


 そんなことを言いながら、西村の腕に豊満な肉体を擦り寄せていく。

 だが、西村の表情は変わらない。ソフトドリンクを口に運びながら、にこやかな表情で応じている。


「はあ、危険ですか。僕、危険かなぁ……」


 少し照れているようにも見えた。彼のウブな対応を見て、美咲はこれならいけると判断したのだろうか。さらに胸を押し付けて、耳元で囁く。


「西村さんて、修羅場くぐってきた匂いがプンプンしてる。女って、こういう男には何もかも捧げたくなっちゃう。今まで、あたしみたいな女を大勢泣かせてきたんだろうなぁ」


 その時、西村の放つ空気が一変した。


「すみません。あのう、僕の聞き間違いでなければ……今、修羅場って言いましたよね? あなたは、実際に修羅場を見たことがあるのですか? 彼氏と浮気相手が鉢合わせとか、そんなレベルじゃないですよ」


「えっ?」


 美咲は、西村の変化に気づいた。が、あまりにも急な変化に対応できない。無論、西村の顔つきは変わっていなかった。だが、醸し出す空気は完全に変わっている。周囲の温度が、一気にマイナスになってしまった……そんな錯覚に襲われたのだ。

 冷えきった空気の中、西村は淡々と喋り続ける。


「僕はね、十六歳の時に死体の始末をさせられました。人間の体をバラバラに切り刻み、さらに粉々に砕き海に撒いたんです。これが、僕にとって初めての修羅場です。本当にキツい体験でしたよ」


 何も言えずにいる美咲に、西村はさらにたたみかける。


「あなたが今言った修羅場は、イケメン俳優が悪役を殴ったり、銃でバンバン撃ったりとか、そんなものですよね。でもね、そんなものしか知らない人に軽々しく修羅場を語らないで欲しいんですよ。十六歳の時の僕は、涙と鼻水とゲロにまみれながら死体を始末しました。先ほども言った通り、それが僕にとっての修羅場です。まず、それを体験してから語ってくださいよ」


 場が凍りつき皆が黙り込んでいる中、西村はさらにたたみかけていく。


「あなた、やたら体を擦り付けてきましたが……そんな低レベルなやり方で、僕を落とせるとでも思ったのですか? 申し訳ないですが、あなたの乏しい脳から捻り出される言葉の数々は、ただただ不快なだけでしたよ。さて、そろそろ帰るとしますか」


 そう言うと、西村は勢いよく立ち上がった。と、幹事役らしきヤクザが慌てて寄ってくる。


「に、西村さん! どうかしましたか!?」


「いえ、どうもしていません。帰って寝ようと思います。睡眠時間は大事ですからね。いざ仕事となると、一晩や二晩寝られないのはザラですから。やはり、寝られる時には寝ておかないと。あなたも、睡眠時間は大事にした方がいいですよ」


 ・・・


 西村はそのまま帰ったが、問題なのはその後だ。美咲はすっかり機嫌を損ね、どうにか宥めて隣に付いてもらった。

 もっとも、空気の悪さに変わりはない。結局、全く盛り上がらないまま終わった。


「クソ、西村の野郎……」


 次に西村に会ったら「西村さん、素手喧嘩(ステゴロ)の方はどんくらいいけるんですか?」などと質問してやる。場合によっては、皆の前でボコッてやろうか……などと考えながら歩いていた時だった。

 不意に、肩がぶつかる。小川は、反射的にそちらを睨んだ。


「どこに目ぇ付けてんだコラァ!」


 怒鳴ったが、相手は全く怯まない。それどころか、ニヤリと笑い中指を突き立ててみせたのだ。言うまでもなくファックサインであり、相手を侮辱する仕草でもある。

 小川の体が震えだした。言うまでもなく、怒りゆえである。


 この小川、銀星会の若手の間でもぶっちぎりの武闘派として知られている。これまで、暴対法を盾に歯向かってきた堅気には、交通事故に見せかけダンプカーを突っ込ませる……などという手口で詫びを入れさせたこともあった。時代は変われど、ヤクザは力……という価値観を頑なに守っている。

 喧嘩も強く、百九十近い長身と百キロを超える体格は問答無用の迫力だ。その体格だけで、素人五人をひとりで叩きのめしたこともある。

 しかも、相手はまだ若く軽薄そうな面構えだ。ヘラヘラ笑いながら、さらに中指を立ててくる。

 こんな奴になめられて、黙ってはいられない。小川は、凄まじい形相で近づいていく。

 と、若者はくるりと背を向け走り出した。


「逃げんな! てめえブッ殺してやる!」


 喚きながら追いかけた。実のところ、小川は体格の割に走るのも速い。両者の距離は、みるみるうちに縮まっていく。

 今の小川は、怒りが完全に頭を支配していた。そのため、おかしな点に全く気づけなかった。

 こんな軽薄そうな若者が、自分のようないかついヤクザに喧嘩を売るはずがないのだ。


 若者は、路地裏へと入っていった。小川も後を追う。

 と、上から何かが降ってきた。さしもの小川も、完全に不意を突かれ倒れる。

 降ってきたものは、なおも攻撃を続ける。倒れた小川の首をつかみ、一瞬でへし折ってしまった。


「ハクチー、よくやった」


 軽薄そうな若者……のマスクを被った朝倉は、ニヤリと笑う。

 このところ、銀星会関連の施設は警戒が厳重になっていた。それゆえ、どうしようかと思ったのだが……向こうからやってきてくれるとはありがたい。これで、銀星会の連中も焦り出すだろう。

 そのうち、どこかの組織が自分たちに戦争を仕掛けているのでは……というような疑心暗鬼に陥るかも知れない。そうなれば、こちらのものだ。

 

 頭の中で冷酷な計算をしながら、朝倉は小川の死体を漁っていた。




 





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