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朝倉とハクチーの休息

 翌日、朝倉とハクチーは家にいた。先ほど朝食を食べた後、ハクチーは例によってテレビを観ており、朝倉はスマホで昨日の事件について調べていた。

 今のところ、容疑者の目星については何も書かれていない。「ヤクザ同士の抗争開始か?」などという見方をする者もいたが、はっきりした証拠は出ていないらしい。

 とはいえ、当分はおとなしくしていた方がいい。ここ二ヶ月ほどの間に、銀星会関連の店が三つも襲われているのだ。しばらくは警戒も厳重になるだろう……そんなことを考えていた時だった。


「朝倉あれ何だ?」


 不意に、ハクチーが聞いてきた。

 何かと思い、朝倉は顔を上げた。すると、テレビ画面には一匹の獣が映っている。巨大な体、特徴的な縞々模様、しなやかな動き……そう、画面には虎が映っていた。


「あれはな、虎という生き物だ」


「トラ……あれは強いのか?」


 真顔でそんなことを聞いてきたハクチーに、朝倉も真顔で応じる。


「あれはな、とても強い生き物だ。世界最強の生物とまではいかんが、人間じゃ勝てない」


「ハクチーより強いのか?」


 なおも聞いてくるハクチーに対し、朝倉は真剣に考え答える。


「今のハクチーよりは強いだろうな。だが、将来はわからん。ハクチーは、今よりもっともっと強くなる。だから、将来は虎より強くなれるかもしれない」


「わかった!」


 ハクチーは、たいへん元気よく返事をする。それからは、黙ってテレビを観ていた。

 朝倉はというと、今のやり取りについて考えていた。


(前から思ってたんだけど、なんで舞台の上では完璧な演技をするくせに、日常生活だと演技できないの?)


 かつて緒方にいわれた言葉が蘇る。

 今のハクチーとのやり取りも、他の人間ならどう答えるのだろうか。劇団にいた伊達なら「虎に勝てるわけねえだろバカ野郎」というツッコミのような一言で終わらせるのだろうか。

 だが、自分は真面目に考え、真面目に答えてしまった。

 あくまで道具でしかないはずの、この少女に……。


 いや、それ以前に劇団の連中のことなど思い出してどうする? 

 もう、奴らは死んだんだ。


 その時、またしてもハクチーの声。


「朝倉あれは何してる?」


 言われた朝倉は、テレビを観てみた。と、そこにはバレエダンサーが映っている。飛んでいたかと思うと、ピタッと止まりクルリと回転する。その動きは華麗であった。


「あれはな、バレエというものだ。あいつは、あの見事な動きを皆に見せるのが仕事だ」


「シゴト……よくわからないな」


「今はわからなくてもいい。そのうちわかる」


 そんなことを言いつつ、朝倉はバレエダンサーの動きを観ていた。

 ふと、昔の記憶が蘇る。日本のミュージカルを初めて生で観た時のことだ。

 当時、日本語のミュージカルというのは間が抜けていると思っていた。だが、歌とダンスと芝居……その三つを同時にこなしている俳優陣の凄さには舌を巻かざるを得なかった。

 しかも、その三つのレベルは非常に高かった。朝倉も演技では負けていなかった自負はある。しかし、歌とダンスは比較にすらならない。

 当時はそれを素直に認められず「演技だけで勝負できねえ連中だ」などと、ボロクソにけなしたものだ。

 今は違う。今は、素直に凄さを認められる。


 と同時に、また新たな暗い気持ちが湧いてくる。自分は、もう二度と舞台に立つことはできないのだ。

 こんな顔の俳優を、誰が見たがるだろう──


「朝倉どうした? あいつ嫌いなのか?」


「えっ?」


 不意に声をかけられ、朝倉は我に返った。今さら舞台のことを思い出すなど、どうかしている。

 あんなものは、もう既に捨てたのだ──


「あいつ朝倉に嫌なことしたか?」


 突然、ハクチーにとんでもないことを言われ、朝倉はこんな言葉しかでなかった。


「は、はあ?」


「朝倉あいつ見て怖い顔してた。あいつ朝倉にひどいことしたのか? ならハクチーが殺す。どこにいる?」


 そんなことを言いながら、ハクチーは顔を近づけてくる。その顔つきは、真剣そのものだ。追い詰められた朝倉は、咄嗟にこんな言葉を吐いていた。


「ち、違うんだよ。あのな、昔の嫌なこと思い出したんだ」


「嫌なこと? 何だそれは?」


 ハクチーは、なおも詰めてくる。その時、朝倉は閃いた。


「あ、あのな、俺が小さい頃にな、さっき踊ってた奴と似たガキにイジメられたんだ。それを思い出したんだよ。ただ、それだけだ」


 これでどうにかごまかせるだろう、と思った。だが、ハクチーはそれほど甘くなかった。


「朝倉イジメる許せない。ハクチーそいつ殺す。どこにいる?」


 またしても詰め寄るハクチーに、朝倉は思わず顔をしかめた。


「大丈夫だ。そいつは、もう死んだ」


「死んだ? 朝倉が殺したか?」


「い、いや、その、あの……あっ、隕石が当たったんだよ! 隕石が当たって死んだんだ!」


 咄嗟に思いついた言い訳だったが、それにしてもひどい。隕石に当たって死んだなど、最近ではバカ漫画のオチにもならないであろう。

 しかし、ハクチーは真顔で聞いてきた。


「インセキ何それ?」


「隕石っていうのはな、空から落ちてくる石だ。俺をイジメてたガキは、隕石に当たって死んだ。もう大丈夫だ」


 朝倉もまた、真顔でこんなことを言った。もはや仕方ない。でないと、ハクチーは本当に名も知らぬバレエダンサーを殺しに行きかねない。


「空から石が落ちてくるのか?」


「そうだ。だから、外にでたら注意しろ。空から石が降ってくるかも知れないからな」


「うんわかった注意する」




 その後、朝倉がスマホにて情報収集をしていた時だった。


「朝倉あれは何だ?」


 またしても聞いてきたハクチー。ここに来た当初、彼女は無言でテレビを観ているだけだった。それが今は、質問をするようになってきた。

 これは、成長のあらわれなのだろうか……などと思いつつ、朝倉はテレビの画面を観てみた。

 若い女の子が、美味しそうにラーメンを食べている。いわゆるグルメ番組だろうか。


「ハクチー、何が知りたいんだ?」


 朝倉が聞き返すと、ハクチーは女の子の食べているラーメンを指さす。


「これは何だ?」


「これはな、ラーメンという食べ物だよ」


「ラーメン……ラーメン」


 呟きながら、ハクチーはじっと画面を観ている。

 ラーメンを食べてみたいのだろうか。だが、ハクチーは箸を使えない。そのため、ラーメン屋に連れていくことはできない。

 その時、部屋に買い置きのカップラーメンがあったことを思い出した。


「あれとは違うが、似たようなものなら作れるぞ。食べてみるか?」


「うん食べてみる!」


 元気よく答えたハクチーを見て、朝倉は苦笑しつつカップラーメンを取り出した。作ると言っても、ただお湯を注ぐだけである。

 問題は、ハクチーが箸を使えないことだ。朝倉は思案したが、とりあえずフォークで代用させることにした。

 

 やがて三分が経過し、カップラーメンの蓋を開ける。と、美味しそうな匂いが漂ってきた。

 朝倉はフォークを手にして、麺をぐるぐる巻き付けていく。ハクチーは、その動きを興味深そうに見ている。

 

「ハクチー、こうやって食べるんだ。手づかみで食べたら、熱いし汚れる。だから、これを使う。やってみろ」


 そう言って、カップラーメンとフォークをハクチーの方に押しやった。

 ハクチーは、何ともぎこちない動きでフォークを使い、どうにか麺を巻き取り口に入れた。

 次の瞬間、笑みを浮かべる。


「美味しいか?」


 朝倉が尋ねると、ハクチーはウンウンと頷く。


「うん美味しい」 


 そう答えるが早いか、猛烈な勢いで食べ始める。あっという間に、カップラーメンを食べ終えた。

 しかし、それで終わりではなかった。ハクチーは、両手を広げて朝倉に見せる。


「ハクチーの手汚れてない」


「そうだな。汚れていないな。ハクチー偉いぞ」


 朝倉の言葉に、ハクチーは誇らしげな表情をしてみせる。

 そんなハクチーを見ているうちに、朝倉の表情も自然とほころんでいた。







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