脱出の夜
【娘マナツ】
「お母さん、急いで! 靴は? リュックは?」
階段を駆け上がりながら、母の手を強く引いた。
ゾンビが迫ってる。でも──私は、守るって決めた。
ラジオはまだ流れている。
「“お受験娘”さんから──」
パーソナリティの声が、わずかに震えた。
【母シホ】
娘の手は、信じられないほど力強かった。
あの子、こんなに頼れる顔をしてたっけ……。
夜食を作った手で、非常用リュックを握りしめる。
「ごめんね」なんて、今さら言えない。
とにかく、生きてほしい。それだけ。
【父リョウヘイ】
猛スピードで高速道路を下り、自宅を目指す。
ゾンビを弾き飛ばしながら、クラクションを鳴らし続けた。
届け、この音──!
見えた。家だ。
娘の部屋の灯りがついている。
……間に合え。間に合え……!
【娘マナツ】
トラックのクラクション音が聞こえた。
「来た……パパのトラックだ!」
母の手を引いて、屋根の上に飛びあがる。
ゾンビがこちらを振り返った。
でも──トラックが突っ込んできた。
その音は、ラジオの声よりずっと大きかった。
【父リョウヘイ】
「乗れ!!」
助手席のドアを開ける。
娘が母を押し込むように乗せ、自分も跳び乗る。
……ちゃんと、3人そろった。
もう、それだけでいい。
【母シホ】
座席で娘を抱きしめる。
涙が、止まらない。今さらなのに。
「ありがとう」
その一言に、娘はうなずいて応えてくれた。
【娘マナツ】
車内では、まだラジオが流れていた。
「本日最後のメール──再び、“お受験娘”さんから──」
「……ありがとう、“お受験娘”さん」