ノアちゃんのSNS
【とある製薬会社の研究所】
「今、よろしいでしょうか。主任」
「ええ。大丈夫よ」
部下のタカシは、主任のユウカにバズっているSNSを見せた。
「主任は、こちらを、ご存じですか?」
「こ、これは…これを当社が立証して発表、世界に会見でも開けば、もうあんな連中に依存することも不要!当社の株価も!あっはははは!」
「主任!」
「急ぐわよ!」
「はい!」
【マイの愛車/月産スカイポイントGT-L・車内】
車窓の向こうで、月が銀色の光を落としていた。
エンジンの微かな振動と、タイヤの規則的なリズムが、眠気を誘う。
アタシはなんとなくスマホを取り出し、SNSを開いてみた。
「……え、なにこれ?」
「どうした?」
「顔こわいよ?」
運転席のヒロシくんと、後部座席のレナさんが同時にアタシの様子をうかがう。
アタシは画面を見つめたまま、言葉を探した。
「“納豆”で……“納豆”が……?」
「え?」
「どういうこと?」
「ちょ、これ見てください!」
アタシはレナさんにスマホを差し出した。
レナさんの眉が、わずかに動いた。
「……つまり、納豆を食べたゾンビから“ゾンビ茸”が生えて、
その茸を食べた女性がゾンビに噛まれても平気だった――ってこと?」
「そのようです。拡散されていて……信じがたいですけど」
「……本当かよ~それ」
レナさんは、静かに息をついた。
「……本当なら、奇跡だわ」
【ラジオ中継車内】
報道部のヤマザキ、ミキサーのエリカ、放送作家のルミ、ディレクターのノリ。
ラジオ局から中継車で脱出した四人は、暗い車内で小さく会話を交わしていた。
ルミがSNSを確認しながら声を上げる。
「ヤマザキさん! これ見てください!」
「……これが本当なら、希望があるかもしれないわ」
「すごいですぅ」
「レナさんにも知らせよう。お願いだ、無事でいてくれ……!」
画面を覗き込んだヤマザキの瞳に、わずかな光が宿った。
【リョウヘイのトラック/運転席】
ザザザザ…… ぷつっ。
――無音。
どうやら、ゾンビを轢きすぎてカーラジオが壊れたらしい。
リョウヘイは苦笑をひとつ浮かべ、マナツに視線をやる。
マナツは非常用リュックから小さな手回しラジオを取り出し、
くるくるとハンドルを回して、いつもの周波数に合わせた。
雑音の向こうから、聞き慣れた声が流れてくる。
「──それでは、今夜の放送は、これにて終了です。
……あなたの夜が、明日へと続きますように。
おやすみなさい。また、いつかラジオの前の皆さんと会えますように」
レナの穏やかな声が、夜の闇にゆっくりと溶けていった。
「……ラジオ、終わっちゃったね」
「……」
「うん」
マナツはしばらく沈黙してから、スマホを手に取った。
レナのSNSを開く。
最後の投稿は放送前の控室での写真。
更新されぬまま、時間だけが止まっていた。
――レナではない知らない人たちの新しい投稿が、タイムラインに次々と流れてくる。
「お父さん、お母さん……これ」
「ん?」
「どうした?」
「これ、本当なのかな……」
母のシホがスマホを覗き込み、息を呑んだ。
画面には、“ゾンビ茸”の文字が踊っていた。
「まさか……嘘でしょ。納豆を食べたゾンビから茸が生えて、
その茸を食べた人が噛まれても平気だった、なんて」
「でも、もし本当なら……」
「試してみるか?」
リョウヘイは慎重にハンドルを切り、トラックをコンビニの前で停めた。
外は静まり返り、風の音すら聞こえない。
薄明かりの店内に人影はなかった。
「ちょ、ちょっと!? 何する気!?」
「どうするの?」
「かっぱらうんじゃないよ。ちゃんと買ってくるだけさ。納豆をな」
「気をつけてね」
リョウヘイは小さく頷き、無言でトラックのドアを開けた。
自動ドアの開く音が、夜の静けさをわずかに震わせる。
店内で納豆を探し、手に取った。
ピッ――。
夜の沈黙の中で、その電子音がやけに明るく響いた。
まるで、まだこの世界に希望が残っていると告げるように。
──希望は、意外と身近なところにあるのかもしれない。




