居酒屋―納豆、そしてゾンビ茸―
ああ。今日も仕事お疲れさんっと。
俺は、がんばったよ。
がんばった、俺。
ささやかな自分へのご褒美だ。
明日は休み。酒がうまいぞっと。
ぷは~っ。
ここは俺の行きつけの店。
このあたりじゃ珍しく、昔ながらの雰囲気を残した小さな居酒屋だ。
年季の入った大将と女将さんのご夫婦が営んでいる。
日をまたいでも明かりが消えない、そんな場所。
カウンターの上の招き猫の隣には、いつもの小さなラジオ。
深夜番組が、ゆるく流れていた。
今夜は娘のノアさんも里帰りしていて、店を手伝っている。
ラジオが何か呼びかけていたけど……まあ、大丈夫だろう。
他人事だと思って聞き流した。
「いやぁ、あんなに小さかったノアちゃんが、もう立派になって~」
「はいはい、またその話~。あ、いらっしゃいま……!?」
ガラガラッ。
扉が開いた瞬間、店の空気が変わった。
入ってきた客の様子が――おかしい。
普通じゃない。異常だ。
俺はぞっとして、人生で初めて“冷や汗”というものをかいた。
本能が警鐘を鳴らす。
ゾ、ゾンビ……!?
「あああああ……ああああああああ」
店内の客たちは一瞬、固まった。
だが次の瞬間、我先にと出口へ殺到する。
「ぐあっ!」
「ぎゃっ!」
「きゃあぁぁぁ!」
外からも悲鳴が聞こえる。
もう街全体が混乱しているようだった。
ゾンビが、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
俺は叫んだ。
「まだ、納豆食べてる途中でしょうがぁぁぁぁぁ!!」
渾身の気合とともに、納豆の小鉢をゾンビの顔面に押しつけた。
俺の突き出した右手の小鉢から、納豆の粘り気が糸を引き、
ゾンビはそのまま後方にひっくり返る。
すると、信じられないことに――
ゾンビは目を閉じ、そのまま静かに動かなくなった。
その身体から、ぬるりと“キノコのようなもの”が生えてきた。
「ちょっとこれ……」
ノアちゃんがスマホを取り出す。
「映えるよこれ! 絶対バズる動画!ちゃんとゾンビとお客さんの顔にモザイクかけといたからね♡」
パシャパシャと写真を撮り、動画も撮ってSNSにアップ――
「ポチっとな。――おいしそう…」
そう言って、ノアちゃんはその“ゾンビ茸”をパクリと食べた。
ノアの目が、一瞬だけ淡く光った。
「ちょっとノア!」
「お、おい! ノア!」
カウンターの中で震えていた大将と女将が叫ぶ。
「へいきへいき。おいしいよ」
ノアちゃんはザルを取り出し、キノコをせっせと採集しはじめた。
その時――
「ああああ……あああああ」
別のゾンビがノアちゃんに噛みついた。
「痛いわね! 噛まないでよ!」
だがノアちゃんは、ゾンビ化しない。
けろっとしている。
俺はただ、呆然とその光景を見つめていた。
【とある製薬会社の研究所】
「納豆……だ。あのキノコのようなものは何だ!?
あの娘、噛まれたのにゾンビにならなかったぞ!
いや、いい。納豆を喰わせて調べればいいことだ。主任に報告しよう」
これでまた主任に褒めてもらえる――。
パソコンでSNSをチェックしていたタカシが、にんまりと呟いた。




