表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

引きこもりになったら月に強制送還されるおとぎ話

作者: 昼月キオリ

僕は高校を卒業後、とある会社の正社員として働いていた。

しかし、一年が経っても仕事が軌道に乗らず病んでしまい、引きこもりになった。

まだ少し猶予はあるものの、首になるのも時間の問題だった。


そんなある日、母が言った。

母「勝、月の旅に行ってらっしゃい」

月の旅、と言われ内心何言ってるのか分からなかったがすぐにそれが分かった。


満月の日、母が仏壇に何やら話しかけた後、

僕は母に連れられて外に出た。

すると月からうさぎが一匹、こちらに向かってふわふわ〜っと飛んで来る。

宮水勝(みやみまさる)「え、うさぎ!?」

うさぎ「呼んだのはそこの人間か?」

母「はい、私です、息子をどうぞよろしくお願いします」

うさぎ「分かった」

うさぎが宙に浮いたまま僕の手を取ると僕の体も宙に浮いた。

勝「うわ!?な、何これ!母さん!?」

母「大丈夫よ、一週間もすれば帰って来れるから」

うさぎ「一緒に行くぞ人間」

勝「行くってどこに!?」

うさぎ「うさぎなんだから月に決まってるだろう」

うさぎなんだからって言われても知らないし・・・。

確かに月のクレーターがうさぎに見えるみたいな話は聞いたことあったけど。

母「行ってらっしゃい〜」

母は呑気に手を振っている。

勝「いやいや!ちょっとー!」

僕の非難も虚しくうさぎの誘導によって僕は月に行くことになってしまった。



月。

月に着くとうさぎが沢山いた。

しかも餅をついていた‼︎

僕がポカンとしてると僕を連れて来たうさぎが話しかけてきた。

うさぎ「おい人間、餅食べるか?食べるよな?ほら、この切り株に座れ」

何で月にうさぎがいるのか、何で月で呼吸できるのか、何で月に切り株があるのか。

何一つ分からないまま僕は頷いた。

勝「う、うん」

僕は促されるままに切り株に腰を下ろし、うさぎから木のお皿に乗った餅を受け取る。

うさぎ「人間は何味がいいんだ?」

勝「えーと・・・きなこで」

うさぎ「分かった、まぁくつろいで行け人間」

勝「は、はあ・・・」


食べ終わった後。

うさぎ「ところで、何があったんだ?」

勝「え?」

うさぎ「ここに来る人間は悩んで引きこもった奴と相場は決まってるんだ」

勝「そ、そうなの・・・?」

うさぎ「そうだ、昔からの言い伝えなんだ、

満月の夜、仏壇に親がお願い事をする、

悩んでいる子どもに月の旅をさせると親の願いが叶うってね」

勝「そう言えば昔、おばあちゃんがそんなようなこと言っていたような・・・」

 

"悩んだ時はお月様に行ってうさぎさんたちとお餅をつくのよ"

"ふーん"


あの時はふーんって聞き流していたっけ。

うさぎ「最近では知られなくなってきたからな、あの母親は祖母から話を受け継いで来たんだろう、

良い母親だな、大事にしろよ」

勝「は、はあ・・・」

うさぎ「ところで、何を悩んでいたんだ?」

勝「え、えーと、仕事上手くできなくて毎日怒鳴られて・・・残業ばっかりで、なのに残業代付かないし有給も取らせてくれなくて・・・」

うさぎ「何だそんなことか」

勝「そんなってなんだよ!僕は真剣に悩んでるんだぞ!」

うさぎ「仕事なんて辞めればいいだろう」

勝「そんな簡単に言わないでよ!家には父さんがいなくて母さんが女手一つで育ててくれてるんだから」

うさぎ「簡単にやれば後から簡単になるんだよ」

勝「!?」

何言ってんだこのうさぎ・・・変な奴。

うさぎ「あ、人間、お前今頭の中でおいらをバカにしただろ」

勝「してないしてない!」

勝は首と手を同時にブンブンと横に振った。

うさぎ「まーいいだろう人間、おまえは今から会社を辞める、餅をつく、それだけでいい」

勝「何で餅をつくの?」

うさぎ「細かいことは気にするな」

うさぎは手を前にビシッと突き出して言い放った。

勝「は、はあ・・・」


次の日の朝。

僕はうさぎたちに見守られながら会社に辞める連絡をした。

無事に辞める日にちは決まった。

月って電波届くんだな。


うさぎ「よくやったぞ人間、ほら、後は餅をつくだけだ」

勝「わ、分かったよ・・・」


数分後。

うさぎたちが勝の周りに集まってきた。

わいわい。ガヤガヤ。

「おぉ!やるな人間」

「なかなか筋がいいね人間」

「上手いじゃない!」

なんかめちゃくちゃ褒められてる!?


うさぎ「よくやったぞ人間、ほら、今お前が作った餅だ、食べてみろ」

切り株に座り、今度は醤油と海苔を巻いて食べる。

勝「う、うん・・・ん!美味しい!」

うさぎ「そうだろそうだろ」

勝「餅ってこんなに美味しいんだね」

うさぎ「人間が食べてる餅と一緒だけどな」

勝「え、そうなの??」

うさぎ「自分たちでついた餅をみんなで食べる、それが美味さの秘訣なんだよ」

そう言ってうさぎは餅をついている子たちを眺める。

その中に体の小さなうさぎがよたよたとしながら木槌を持ち、餅をつく様子が見えた。

僕はその子の元まで歩いていき声を掛けた。

勝「あの、僕も手伝うよ」

「手伝ってくれるの?わぁいありがとう〜!」

無邪気に喜んでいるうさぎに僕は自然と笑顔になっていた。

久しぶりにこんな温かい気持ちになったかもしれない。


うさぎ「あの人間はもう大丈夫だな」

近くで勝のやり取りを眺めていたうさぎはうんうんと頷いた。



一週間が経ち、僕は元の世界に戻った。


コンビニに買い物をする為に街を歩いていた時、求人の張り紙を見つけた。

 

"老舗の餅屋で働きませんか?"


接客の方ではなく餅を作るバイトの求人を応募しているらしい。

履歴書は必要なく、面接だけでいいと書いてある。

僕はその場でお店の中に入り接客をしている女性に声をかけた。

その女性が声を掛けると作業場から店長が来てその場で面接をしてくれることになった。

気さくで話しやすい店長さんだった。


後日。

母「あら、あの老舗の餅屋さんで働くことになったの?」

勝「うん、面接受かったんだ」

母「そう、良かったわね」

勝「バイトなんだけどさ・・・いいかな?」

正社員からバイトになる、ということだけが気がかりだった僕は心配気味に母に聞く。

母「勝はお餅を作ってみたいんでしょう?」

勝「うん」

母「だったらいいじゃない、やりたいことはやれるうちにやった方がいいわよ、

タイミングが来たら正社員の仕事を探せばいいと思うわ、

焦らないでのんびり構えていきましょうよ」

勝「うん、そうだね、ありがとう母さん」


しばらくして勝の餅作りの腕はメキメキと上達した。

お店も大繁盛で毎日が忙しかったけれど、バイトだから休みもちゃんとあるし有給も取れる。

お給料は当然下がってしまったけれど、やりがいがあって僕にはこっちの方が向いていると思った。

母さんの働いたお給料と僕のお給料の半分を生活費に回しているので裕福ではないが生活はできているし貯金も少しずつだができている。


店長「宮水くん、真田くん、お餅、持って帰っていいぞ」

勝「え、いいんですか?」

真田「わーい、ありがとうございます店長!」

真田(さなだ)さんは僕の二つ歳上でこのお店の先輩で

明るくて気立のいい女性だ。

真田さんは接客の方を担当している。

店長「二人ともいつも頑張ってくれているからな、ほんの気持ちだ、受け取ってくれ」

勝「ありがとうございます!」

店長「いいんだよ、宮水くんのとこはお袋さんもお餅好きなんだろう?」

勝「はい、何故かうちの家系はお餅好きな人が多くて」

店長「はっはっは、いいじゃないか、じゃあ二人とも気を付けて帰るんだぞ」

勝「はい、お疲れ様でした」

真田「店長、宮水君、お疲れ様〜!」



僕の作った餅を家に持ち帰り母と一緒に食べた。

母「あら、美味しいお餅ねぇ、これは勝が作ったの?」

勝「うん、そうだよ」

母「勝にこんな特技があるなんて母さん知らなかったわ」

勝「あのさ母さん」

母「なに?」

勝「あの時、月に行かせてくれてありがとう」

母「いえいえ、月の旅はどうだった?」

勝「うさぎたちと毎日餅をついて食べてた」

母「あら、じゃあ私と一緒ね」

勝「え?母さんも行ったことあるの!?」

母「そうよ、昔、旦那に捨てられた時にね、すっごく落ち込んで、

そしたらおばあちゃんが私を月に行かせてくれたのよ」

勝「そっか、僕だけじゃなかったんだ・・・」

母「長い人生だもの、引きこもってしまう時だってあるわ」

勝「おばあちゃんに感謝だね」

母「そうね、後でお仏壇にお餅を添えようかしらね」

勝「僕がやるよ」

母「ありがとう」


仏壇にお餅を飾ると

心なしか写真のおばあちゃんとおじいちゃんが微笑んでいるような気がした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ