日南河さんって贅沢だよね
「うおぉぉぉぉ!!」
龍樹くんが叫びながら花壇の雑草を抜いている。
「コラ! 花まで抜くな! 戻せ!」
「すんません!」
生徒指導の先生の監視の下、遅刻回数が五回に達した龍樹くんは、奉仕作業に勤しんでいる。
「急に呼び出してごめんね」
「……んーん。別に」
照君の部室?に呼び出された私の前には、天ヶ崎さんが居た。とても人気のある、キラキラした人だ。
時々みんなで集まる時に一緒になるけれど、私と違ってちゃんとした綺麗な人だ。
「あ、あのさ……」
その天ヶ崎さんが歯切れも悪く、言い出し難そうにしているのを見て、何の話だろうかと怖くなった。
「日南河さんって、龍樹と付き合ってるの?」
「えっ?」
思い掛けない話題だった。
天ヶ崎さんが龍樹くんの事を聞くだなんて、どういうことだろうか?
「いや、日南河さん龍樹とよく一緒にいるからさ」
「んーん、別に」
いきなり何の事かと思い、手を振って慌てて否定した。
「そうなの? じゃあ日南河さんは龍樹のこと、どう思ってるの? 好き?」
「え?」
会話の意味を理解出来ず、しどろもどろ。
龍樹くんはそういう人じゃないし、面白い人だなーとは思うけれど好きとかそういうのではないと思っている。
「好きとかそういう感情は特にはないけど……」
「そうなの!?」
天ヶ崎さんはピョンと跳ねる様に一歩前へ出た。反応を見るに、天ヶ崎さんは龍樹くんの事を好きなのだろうか?
「じゃあさ、私が龍樹と付き合っても大丈夫だよね!? ね!?」
「え?」
「いやあ、だってさ、龍樹は日南河さんの事好きだけど、日南河さんが龍樹の事どう思っているかよく分からなかったからさ。やった、これで思い切って──」
──え? 龍樹くんって私のこと好きなの!?
「……なぁに、その顔? まさか、今まで気が付かなかったとか!? マジで!?」
「なんか面白い人だなぁって。それだけ」
「なんの気も無しにベッタリとはしないんじゃない? それじゃあ龍樹が可哀想だと思うけどな〜」
「……」
急に敵意を向けられた気がして、少し怯んでしまった。
天ヶ崎さんから感じる絶対的な自信には、私のことなんか意に介さないぞ的な物があった。
「因みに、龍樹から告られたらどうするつもり?」
「……別にどうも」
「断るの?」
「……多分」
「そ。日南河さんって案外贅沢なんだね」
「──?」
「じゃ、私もう行くね」
「あ、うん」
「……この前、龍樹と二人きりでプールに行ったから」
「え?」
ヒラヒラと手を振って、天ヶ崎さんは出ていった。
私はどうしていいのか分からずに、窓辺にたそがれ、ただボーっと外を眺め続けた。
──ねえ、一つ賭けをしない?
「あの時から……なのかな」
天ヶ崎さんはあの時、ニッコリと笑って私の虫刺されを指さして言った。
──龍樹が先にどっちに塗り薬を渡すか。
「龍樹くん、私のことが好きならどうして先に天ヶ崎さんに……」
いつの間にか包囲されていたのか、はたまた迷い込んだのか。気が付いてなかったのは自分だけだった。
別に龍樹くんが誰とつきあおうが誰を好きになろうが、私は別に…………別にどうだったっていい。
「あんまり私に構うと、天ヶ崎さんに怒られるんじゃない?」
やってしまった。
今まで私に良くしてくれた龍樹くんに、私はやり切れない憤りみたいな物をぶつけてしまった。
「ま、まりえさん……?」
今まで気が付かなかった私が悪いのか、どっち付かずな龍樹くんが悪いのか、知ってて割り込んできた天ヶ崎さんが悪いのか……それとも誰も悪くないのか。何もわからないし考えられない。
「おかしいでしょ……」
私のことが好きなら他の女の子と二人きりでプールなんて行かないでしょ。やっぱりただの面白い人なだけなんだよ。そうに違いない──。
なんかムシャクシャが止まらなくて、帰りにアミューズGOへ行った。
「あ、まりえさん。今帰り?」
「照くん……」
ボウリングの受付に、照くんが居た。一人で居るなんて珍しい気がした。
「なーんか浮かない顔してるね。良かったら一緒にやる?」
「え、でも……」
「俺も一人だし。なにより、まりえさんのボール係が欲しいんじゃない?」
「……はい。お願いします」
照くんは慣れた感じでボールを投げ、二本残ったピンに少し首を傾げて笑った。
「この前イマイチだったから、今日はコソ練しようと思ってね。まりえさんは?」
「……ちょっと気分転換に」
「もしかして、天ヶ崎日向がなにかした?」
「え?」
二投目を投げながら、照くんは言った。
投げられたボールは一本だけピンを倒して消えていった。
「その顔、ドンピシャかな?」
「……」
振り向いた照くんにすぐさま見抜かれた。と言うよりは照くんも当事者の一人なのだろう。そう考えた方が自然だ。
「ごめんね、まえりさんを巻き込んじゃって」
「……」
そっと照くんがボールを置いてくれた。慣れた感じになんかムッとして、穴に指を入れて持ち上げてみた。
「……む、むぅ」
「まりえさん無理はしない方が」
僅かに浮いたボールを前に押し出し、指を抜く。ボールはそのままゆっくりと転がり、端の一本だけを倒して消えた。
「端的に説明するとね、日向は俺の従兄妹で、龍樹と俺は中学が一緒で日向は隣の中学だったんだ」
背中で話を聞きながら二投目は素直に押して転がした。二本倒れた事に少しの満足も得られなかった。
「日向は中学の頃は超陰キャで、前髪で目が見えなかったくらいだし、クラスからは浮いて避けられてたんだ」
「……」
「で、修学旅行でたまたま行き先が一緒になったんだけど……端的に説明すると、日向はそこで龍樹を好きになった」
照くんが投げるボールは吸い込まれる様に真ん中へと向かい、そして全部のピンを倒して消えた。
「何があったの?」
「同じ班の女子からも仲間外れにされて一人だった日向に他校の生徒が絡んでたんだけど、そこを龍樹が颯爽と助けたってわけ」
「龍樹くんってそんなアクティブな人だったっけ?」
「いや、他校の奴等がすっごい騒いでて龍樹の睡眠を妨害したから」
「見学中に寝るんだ」
「アイツはどこでも寝れるよ」
「……」
「てな訳で、ちょっとだけ待っててあげて」
「別に私は」
「アイツをふろうが沈めようがまりえさんの自由だから。だから、アイツの中でハッキリとケジメが付くまでは待っててあげて下さい。お願いします」
「……」
何故か照くんにお願いされてしまった。
なんだろう。何処までも私は蚊帳の外みたいな感じでモヤッとする。
その後、照くんとしばらくボーリングをしたが、私はちっとも楽しくなかった。




