日南河さんは泳げない
海とかリア充イベントだろよ。生きてて良かったまであるぞおい。
「……で、なんだこのレシートは?」
電車で揺られていると、照のアホ面星人がそっと俺に一枚のレシートを渡してきた。食べ物飲み物レジャー用品合わせて7800円。その金額及び内容的には納得がいかない部分もあるが、言わんとしていることはハッキリとしていた。
「スポンサー様がお亡くなりになられたので、我軍の支出は我々で負担せねばならなくなった」
「……マジかよ」
スポンサーことモブ夫氏は、先日天ヶ崎嬢からパーフェクトKOを貰い、そのまま戦闘不能となった。
「海に行くんだ。高いのは仕方ない。その分楽しめる事は間違いない。だろ?」
「……おまえ、昨日俺の空き日を聞いてきたのはまさか……」
「バイトか今すぐにキャッシュか選べ」
無言で財布を開く。四千二百円。それと線香花火が一本。照の鼻にコチョコチョしてクシャミでもさせてやろうか。
「そろそろネジの検品にも慣れてきたころだ」
「パートのオバチャンも龍樹が来るのを楽しみにしてるからよ」
「オバチャン達と話してると生気を吸い取られている気がするんだが」
「そうだ」
「マジかよ」
電車は海辺の駅に到着。
電車を降りると磯の香りがムワッとした。暑苦しい夏の香りだ。今の今まで邪魔に思えていたクーラーボックスがついに役に立つときがきたのだ。
「龍樹」
「龍樹くん」
先に来ていた天ヶ崎嬢と、まりりんから声がかかる。まりりんは白いTシャツにロングのチェック柄のスカート。天ヶ崎嬢はノースリーブで少しお腹の見える服にミニスカートを着ていた。痴女かコイツは。
「さて全員揃ったことだし行こうか」
「お、おい」
慌てて照の顔を見た。
「まさかこの四人だけとか言わないよな?」
「ああ。今回はこの四人だけだ」
なるほど、どうりで俺達だけで飲食代とかを負担せねばならない訳だ。まりりんがお召しあがりになられる食物は俺が支払うのは当然の権利だが、天ヶ崎嬢のエサは照が払えと言いたい。声を大にして言いたい。コイツは好き嫌いが激しいくせに高い物を頼んだりする様なやつぞ? 勝手な想像だが。
「なんだ、怖気ついたのか?」
「な、何をだ?」
「知らん」
「お、おい」
照はそのまま歩き出した。駅を降りると目の前は海。海水浴には既に大勢の人で溢れかえっていた。
「てな訳で遊び倒そうぜ!」
照が親指を海へと向けた。天ヶ崎嬢とまりりんが浜辺へと駆けてゆく。
パラソルはレンタルじゃダメだったのか?
箱から取り出し不慣れな説明書とやらを読みながら組み立てに格闘する。
「レンタルは高い。そして使い回しが出来ない。何より小さい」
レンタル一個千円。年一回しか使わないならレンタルで良いような気もするが……。
「龍樹くーん」
まりりんの声がした。更衣室から戻ったまりりんがどの様な水着を御召になられているかは想像に難くない。きっとスクール水着だろう。見た目は小学校低学年だし。
「……」
まりりんは白いTシャツと短パンだった。
「あ、あのー……まりえさん?」
「なに?」
「泳がないの?」
「んー……」
ハッキリと申してみた。別にまりりんの水着が見たいとかグヘヘのヘとか、そういうのではない。ただ単純に気になったのだ。
「あ、あのね……」
まりりんが恥ずかしそうに俺に耳打ちをサインを見せた。そっと耳を近づける。
「泳ごうとするとライフセイバーの人に『大人の人と一緒に泳ごうね』って止められるから……」
「……oh」
なんという理由だろうか。まりりんがそんな子供扱いされていたとは。世の中はまりりんに優しくない。
「龍樹」
天ヶ崎嬢の声がした。とりあえず振り向いた。
そこには痴女がいた。
「攻めたなぁ」
「うっせーし」
照が横槍を入れたが天ヶ崎嬢は気にも止めない。なんつーか、ギャルが着るようなジャラジャラした黒の水着だ。
「どう?」
感想を求められた。いや、求められても困る。
「えーっと……個人の自由かと」
「……あ、そ」
天ヶ崎嬢は少し顔を曇らせ、そのまま波打ち際へと向かった。
「泳ご?」
何故か手招きされた。
が、しかし。まりりんが泳がないのなら一緒に砂の山でも作りたいわけでして。
「あれ、あれれぇ? お姉さん一人!?」
ちょっと返事を保留した隙にビーチを戦場とするナンパ系日焼け野郎が天ヶ崎嬢に声をかけた。それも二人掛かりでだ。
いや、別に天ヶ崎嬢がナンパされようが知ったことではないのだが。
「す、すみません困ります……」
天ヶ崎嬢はしゅんとして困った顔をしていた。
よく分からん野郎二人に声をかけられ恐れをなしてしまった様だ。
うむ、こういう時は男の人を呼ぶに限る。
「おい照──」
「あ、お姉さん今ヒマです!?」
照は妙に不釣り合いなサングラスをしてビーチを戦場にナンパとやらに勤しんでいた。お前もかブルータスよ。
「これからどこか行かない?」
「いや、その……」
「えー? いいじゃん」
天ヶ崎嬢の腕にナンパ師の手がかかった。
「またらんかいワレェ!」
自分でもビックリした。何を言っているんだ俺は。
「あ? 誰?」
「小生、名を龍樹と申す! いざ尋常に勝負!!」
自分でもビックリした。何を名乗ってるんだ俺は。
「か、彼氏です!」
「チッ、なんだよ男連れかよ」
ナンパ師はすぐに諦めたのか、そそくさと去っていった。その時間、僅か数分の事だ。犯行が空き巣に近い物を感じるが、手口が似ているのだろうか?
「だ、大丈夫……?」
「それ、こっちのセリフ」
天ヶ崎嬢が腕を掴んできた。
「龍樹、震えすぎ」
「そ、そそそそそうなのか……!?」
自分ではよくわからぬが、どうやら相当に揺れているらしい。
「あんなのいつもの事だし」
「そ、そそそそれはそれで辛いのでは?」
「でも、今日は違った」
「へ?」
「龍樹、ありがとう」
そう言って、天ヶ崎嬢は俺の腕に抱き着いた。こころなしか天ヶ崎嬢の体が震えている様に思えた。ただそれ以上に俺はもっと揺れているけどな!
「おチビちゃん、お家の人はどこかな?」
「アッチはアッチでピンチぞ!」
ライフセーバーに拉致られる前に、まりりんの下へ馳せ参じて誤解を解く。
「ですから同じ高校の──」
「とにかく目を離さない様に。今日は少し波が荒いですから」
シッシッと失礼なライフセーバーを追い払う。
「お姉さん一人?」
「またかーい! ワレェ! コラァ! タコォ!」
一人で、行ったり来たり。正直砂の上を走るのは辛い。
「照のアホーはどこ行った!」
「グヘヘ、お姉さん僕のパラソルでスイカでも食べませんか?」
ひっどい顔をした照君は、俺の知る友人とはかけ離れたブルータスと化していた。
「ゴラァ!」
「ひえっ!」
照に声を掛ける。驚いたお姉さんとやらが逃げる。
「な、なにすんだおい! 良いところだったのに!」
「やかましい!! どっちか見ろ! 出来れば天ヶ崎嬢を見ろ! 身が持たん!」
「……お、おう」
照を連れ戻し、天ヶ崎嬢の方へ押し付ける。
俺はようやくまりりんと砂の山を作るのだ。
「お姉さん一人?」
しかしすぐに天ヶ崎嬢はナンパ師に捕まっていた。
「アホ助は何してる!?」
「俺は流木、俺は流木」
剃り込みの入った厳つめの熟練ナンパ師にたじろいだ照は流木に寄り添い寝そべっていた。使えない奴め。
「チェンジ!! お前まりりん、俺天ヶ崎。オーケー!?」
「お、おーけー……です、はい」
照を蹴飛ばし、まりりんを任せる。これでまりりんも駄目だったらアイツに全部経費支払わせるぞおい。
「ゴラァ! ワレェ!」
「龍樹♡」
「なんだ彼氏かよ……しかし冴えねー奴」
次々とハエのように群がるナンパ師共を追い払う。
「その水着が宜しくないのでは?」
「……だって照が」
「おーい! スイカ食べようぜ〜!」
「龍樹くんスイカスイカ〜」
と、アホ面照マンとまりりんがテケテケテケテケやって来た。不慣れなビーチサンダルに苦戦するまりりんは劇クソかわゆい。照は既に切ったスイカを手にウキウキとアホ面を晒している。
「こういう時はスイカ割りが定番では?」
「クーラーボックスを開けたら既に割れていた。扱いが雑だった説が濃厚だ」
「……ま、食えればいいじゃないか」
「うんうん」
まりりんの賛同により俺の罪は浄められた。この日、世界は救われた。
「で、何の話をしてたんだ?」
スイカの種を飛ばしながら照が首を突っ込んできた。
「いや、この水着が刺激的過ぎやしないかって話を……」
「龍樹、お前……まさか」
「いやいやいやいや! 別にそんな意味では」
「忘れたのか?」
「──え?」
ポカンと口を開け、ちょいと呆れ顔の照にイラッとしたが、何のことだか分からないので続きを促した。
「お前、この前俺の部屋で見てただろ。ほら、週刊誌のグラビア」
──と、ここまで言われ思い出した。思い出してしまった。
いま隣で痴女臭を放っている天ヶ崎嬢が着ている水着と同じ水着を着たグラビアアイドルが載っていたのだ。
ちょっと可愛いなと思って凝視していたら、照が「へえ、龍樹もそういうの興味あるのか?」と言ってきたのを覚えている。
「別に」
そう強がったが、正直すっごい気になって名前をチェックしてしまった。
「……まりえさんを大人風にして乳デカくした感じだな」
「ちがわい!」
「強く否定するところが怪しい」
そう言われるともう否定し辛い。
確かにまりりんに雰囲気が似ているなとは思うが、まりりんの可愛さには程遠い。
「いや、これは水着が! 水着が宜しいなと!」
「……ふぅん」
他にも何か話した気がするが、確かに俺はあの水着については周知済みとなってしまった──。
「…………」
「思い出した顔だな。で? 感想はどうだ?」
「よ、宜しいかと」
苦虫を噛み潰して咀嚼した顔でもしていたのだろうか、照がドヤッとして腰に手を当てた。
チラリと天ヶ崎嬢を見る。正直スタイルとやらは悪くはないのだろう。件のグラビアアイドルと遜色ないプロポーションでビーチを圧倒していた。ナンパ師が次々と押し寄せるのも仕方ないと言えば仕方ないのだろう。
……が、問題はそこではない。
何故それを着てきたのか、だ。
「どう?」
天ヶ崎嬢が軽くポーズを決めて微笑んだ。自信のある顔だった。何をそんなに自慢気なのかは知らんが。
「天ヶ崎さんってモデルみたいだね」
「スカウトされた事もあるわ」
トコトコとまりりんが天ヶ崎嬢の隣へ歩くと、どうにもこうにも子どもにしか見えなくなった。まりりんの可愛さは健在だが、歳の離れた姉妹に見えないこともない。
「日南河さん、泳ごう?」
「え、え?」
天ヶ崎嬢に手を引かれ、まりりんが大海原へ。
「下に水着着てるんだよね?」
「え、あ、うん。一応は……」
「なら良いでしょ」
そのまま二人、海で遊び始めてしまった。
「……お前は選ばねばならない」
「──のわっ! いきなり耳元に話しかけるな!」
ゾワッとした耳を払う。アホ面にスイカの種が貼り付いて更にアホ度が増していた。
「その時は近い……覚悟を決めるのじゃ」
「RPGに出てくる意味深な老婆みたいになってるぞおい」
「ふぇっふぇっふぇっ」
とりあえず鬱陶しいので砂に埋めることにする。




