日南河さんは絶叫マシンに乗れない
THE・遊園地!
「……乗れないって言われた」
「仕方ないって」
項垂れるまりりんと、背中をさする天ヶ崎嬢。
まるで天国と地獄だ。
「身長が足りないって言われた」
「大丈夫大丈夫。すぐ大きくなるから」
拗ねる妹と慰める姉。そんな絵面だった。
「あれなら乗れるんじゃない?」
天ヶ崎嬢が指さしたのは、レールの上をゆっくりと走る汽車の乗り物。年齢制限の無い、平和なやつだ。
「……」
言葉を失うまりりん。無理もない。
夢の国で夢も希望もない悲痛なる現実を突きつけられ、ただ虚しさだけが募る。
小さいからこそまりりんなのだが、そのアイデンティティを本人が今どう思っているのか……。
「龍樹と乗りなよ、ね?」
「え?」
「乗りなって、ね?」
まりりんと二人、背中を押され見送られた。
「……」
「…………」
子供たちの群れに交じり、無言で汽車に乗る二人。
まりりんは俯き、いつも通り赤い。
一体なんなのだこの時間は……。
無言列車が終わると、天ヶ崎嬢が『うんうん』と頷きながら俺達を出迎えた。なんなんだ。
「ちょっと早いけど、お昼にしようか?」
「……あー、もうそんな時間か」
アトラクション一つ乗るのに待ち時間とやらが発生するので、実際に遊んだ時間よりも待つ時間の方が長い。気が付けば時計の針は十二時まであと三十分となっていた。
「今日は小細工なし。こっちが私が作ったやつ」
「めっちゃ卵の殻入ってますがな」
バリバリ音が鳴る卵焼きを美味しく頂きながら、まりりんのランチボックスの蓋が開くところを凝視。朝早くから作ったと思われる海苔巻の御姿を拝見。たまらず手を合わせた。
「ありがたく頂戴致します」
「……」
キュウリ、たまご、きのこ煮たやつ。太巻きにこれでもかとまりりんのありがたみがぎっしりと詰まっていた。
米の一粒一粒に感謝し、今日この時を生きていられる事に陳謝。
「海苔巻きはお祖母ちゃんが作ってくれたやつ」
……おばあちゃんに感謝。
「私のはこっちに……」
ラップに包まれた鮮やかな色のおにぎり。
一口食べてすぐに分かった。ピラフだ。
すんげーボロボロこぼれる。
「龍樹、こぼし過ぎ」
「ご、ごめんなさい。やっぱりおにぎりにするにはパサパサだったよね?」
「大丈夫です問題ありません」
まりりんがおにぎりにしたかったのだ。ならばピラフに問題はなかろうなのだ。
「日南河さんね、龍樹に食べて欲しくて朝四時に起きて作ったんだって」
「天ヶ崎さんそれは言わない約束じゃ──!!」
な、なん……だと!?
「いやぁ、だって見てると何にも進まなそうだからさ」
「でも──!」
まりりんの赤みが更に増した。赤を通り越して紅か朱だ。右往左往、あたふたとわたわたしてちぐはぐを繰り返すまりりんは、なんというか、可愛らしいの一言に尽きる。
そして味は──普通だった。
なんだろう。好きな人の作った料理なのに、なんというか……感動が無いのは、自分に問題があるのだろうか。いや、あるに違いない。そうでなければまりりんのピラフおにぎりが普通なはずが無い。
「ど、どうかな……?」
可愛い視線がぬるっと注がれた。
「美味しいです!!」
良心には一度死んで頂く事にする。マリリンの為に死ねるのだ。悔いはなかろう。
「ホント? 良かったぁ!!」
いや、朝の四時に起きて作ってくれたのだ。嘘でもいいから『美味い』と言わねば、そっちの方が問題だろう。
ピラフおにぎり様を一粒も残さず頂き、手を合わせる。神に感謝。
「ご馳走様でした」
「龍樹、日南河さんが龍樹の事だ好きだって」
「──ちょーっ!!」
いきなりの発言にまりりんパンチが飛ぶ。口に入った拳を外し、天ヶ崎嬢は続けた。
「龍樹、良かったね」
「……どういう事でしょうか?」
「前に日南河さんを助けたのが、なんか格好良く見えたみたいよ。良かったね」
「え? そう……なんですか?」
真っ赤なまりりんが、真下を向きながら更に頷いた。可愛いつむじが丸見えだった。
「良かったね」
「え、あ」
いきなりの展開に、いまいち脳が追いつかない。
「じゃあ後は二人で観覧車にでも乗って、キスの一つでもしてきなよ」
「はいぃ!?」
「ええっ!?」
驚きの声がまりりんからも出た。
「ほらほら、行った行った」
が、天ヶ崎嬢はお構いなしに俺たちの背中を押した。
「下で待ってるから、ね」
無理矢理乗せられた観覧車。まりりんとは向かい合い、ゆっくりと地上から離れてゆく。
「……」
「……」
無言。ただ重い沈黙だけがあった。
天ヶ崎嬢は俺たちの乗るゴンドラを見上げて小さく手を振り親指を立てた。
「あ、あのー……」
「……」
まりりんはただ赤かった。それも今まで以上に。恐らくはアレを意識しているのだろう。かなりヤバいくらいにソワソワしていた。
そして……挙動不審な様子で、俺の隣に座ってくるまりりんは、ゆっくりと目を閉じた。
「……」
決心が着かないのだろう。目を閉じたまま前を向いたままだ。
そして、ゆっくりと横を──俺の方を向いた。目を閉じたまま。
「……」
「…………」
正直、どうしたら良いのか分からなかった。
肩に手をおいて顔を近づければ良いのだろうか、ただ分からなくて地上を見た。天ヶ崎嬢はもうそこには居なかった。
「……龍樹くん……怖い……怖いよぉ……」
まりりんの震える声。俺は、そっと手を重ねた。
「……無理は良くないです」
「……」
まりりんの目が、ゆっくりと開いた。そして、涙が。
「ごめんね……私が贅沢だから……龍樹くんに迷惑掛けてる……」
それから地上に戻るまで、まりりんは泣き続けた。
「なんで?」
「いや、その……」
ゴンドラを降りると、天ヶ崎嬢が怖い剣幕で詰め寄ってきた。泣いたマリリンを見て何かを察したのだろう。
「急にしろと言われましても」
「は? 両想いなんだからキスの一つくらいすぐでしょうが」
まりりんをベンチに座らせ、俺は少し離れた所で尋問?を受けた。
「どうすんのよ。二人が結ばれてハッピーエンドの計画がパーじゃないのよ」
「そ、そう言われても……」
「……キスでもすれば諦められるって思ってたのに」
「え?」
「何でもないわよバーカ!!」
「すみません」
「なんでしなかったのよ」
「なんでそっちが泣いてるんだよ……」
「知らないわよ!!」
何故か泣き出す天ヶ崎嬢。もう訳が分からない。
「で! 何が問題なのよ!!」
「なんでって……その、まあ……そのぉ」
「ハッキリする!!」
「……バリバリの卵焼きが頭を過った」
「は?」
「好きな人と二人きりな筈なのに、口の中が痛くなる拷問みたいな卵焼きを作ったやつが気になった」
「はい? バカなの?」
「多分」
「いやバカでしょ」
泣きながら、天ヶ崎嬢は俺の肩を軽くパンチ。
そして、ゆっくりと顔を埋めた。
「そんな事言われたら諦められないじゃん」
「……」
「龍樹ってそんなズルい人だったっけ?」
「分からん」
「まだチャンス有りって事でいいの?」
「分からん。ただ、まりりんと素直に出来なかったのは事実」
「……なんだよそれ。あーあ!」
天ヶ崎嬢は顔を離し、のびをして笑った。
「日南河さーん! 帰ろー?」
「え、うん……」
立ち上がり、とぼとぼと歩き出すまりりん。なんというか、申し訳ないの一言だけが過った。
「このスカポンタンがごめんね」
「んーん……私が悪いの」
「いや、このオタンコナスが悪い。よって帰りにスイーツを奢りなさい」
「はい!?」
「ね?」
「……ふふ」
困惑する俺に、まりりんがようやく笑ってくれた。
「でね、もう一つごめんなんだけど、やっぱり私諦められなかった。それもこのアホンダラのせい」
「ええっ!?」
「だから私が先にキスしてもいい?」
「なっ!」
「えっ!? えっ!?」
まりりんは驚き、戸惑い、そして
「ダ、ダメーーーーッッ!!」
腕をクロスして俺に突進してきた。
「あた」
あまりの威力にノーダメージで済んだが、可愛さ的にはオーバーキルだ。
「ええ? いいでしょ。さっきしそこねたんだから。次私の番ね」
「だめっ! だめっ! バツ! バツですぅぅ!」
「じゃあ先に日南河さんから。そしたら私」
「それもダメぇぇぇぇ!!!!」
何故かポコスカと俺が叩かれてはいるが、まりりんに笑顔が戻ったのは良いことだ。やっぱりまりりんは笑った顔が一番可愛いのだから。
「じゃあ龍樹決めて」
「えっ!?」
真っ赤なまりりんと、仁王立ちの天ヶ崎嬢。
二人を交互に見て、俺は──
「あ、待てー!」
逃げた。
「私とキスしろこのー!!」
「だめぇぇぇぇ!!!!」
謎の追いかけっこが始まった。
「ほい、あーん」
「ん」
パフェにご満悦の天ヶ崎嬢。財布のダメージは計り知れない。
「……」
無言で向けられるスプーン。不慣れなまりりんはずっと全身が赤いままだ。
「おいしいです」
「……ぁぃ」
「今度さ、先にどっちとデートするか決めない?」
「なんでそうなる」
「丁度良くアミューズGOがあるじゃん? 久しぶりにボウリングしない?」
なんつーワガママなやつだ。明らかにまりりんに不利なゲームを選ぶとは。
「……た、龍樹くん」
「はい」
「……ボール……置いてほしいかも」
「!! ──御用命とあらば!」
まりりんはいつの間にか逞しくなったようだ。
「あっ、ずるーい! 私にも置いてー?」
「アンタはパワフルだろが」
「ぶーぶー」
「──しゃあ! ストライク!」
「ウェーイ! あ、まりえさん、置けました」
「うん、ありがとう。それじゃあ……うんしょ!」
「なんであんなゆっくりでストライク出るの?」
「俺が聞きたい」
「どう? 龍樹くん」
「素晴らしいの一言です」
「やるじゃん日南河さん。相手にとって不足無しだね。龍樹、勝った方にキスね」
「なんでや」
「頑張るぞ〜」
ふんすとまりりんが気合を入れた。
知らぬ間に随分と逞しくなったもんだ。
「あーあ、同点」
「なら二人にキスかな」
「だめぇぇ!!」
もう守られてばかりのまりりんではないのだろう。
ただ、可愛さは相変わらずだった。
これにて完結となります。
『結局どっちなんだよオラァァ!!』と思われた方、ごめんなさい。
この物語は将棋で言うところの『千日手』が終局となります。
短い間でしたが、読んで頂いた方に感謝申し上げます。




