日南河さんはパンが好き
これはとんでもない世界へと迷い込んだ様だ。
「龍樹、おべんとう」
「……」
メッチャにこやかにランチを手渡す天ヶ崎嬢と、何故か無愛想に俯きながらもお弁当らしき包みを差し出す全身が真っ赤のまりりん。
「……あ、ありがとう……ございます……」
照の物置部室に男女三人。しかし物凄い妙な空気が流れていた。
「食べて?」
「め、目の前でか?」
「そう♪」
マジかよ……。めっちゃ食いづらい。
「で、では……」
天ヶ崎嬢から手渡されたランチバッグを開ける。サンドイッチとタンブラーが入っていた。
「中は?」
「飲んでからのお楽しみ」
危ねーモンとか入ってねぇだろうな?
石油とか。
「お、中は普通のサンドイッチだ」
「普通ってなによ、普通って」
膨れる天ヶ崎嬢に苦笑いしながら、手を合わせてサンドイッチを口へ。ハム、卵、ほんのりと辛子。オーソドックスでシンプルな最強の組み合わせだ。
「あ、優しい味」
「美味しい?」
「殻とか入ってないですよね?」
「失礼な人」
「ハハ」
その間にもまりりんは全身を赤く染め続け、ひたすらに下を向いている。体調悪いのだろうか? とても心配だ。
「かなり甘い……カフェオレ?」
タンブラーの中はガッツリ甘いカフェオレが入っていた。若干粉が溶けきれてない感じがしたが、どれだけ入れたのだろう。ガサツな天ヶ崎嬢のやりそうな事だ。だが文句は言わない。素直に食べるのが俺流だ。
「うむ、ご馳走様でした」
「じゃあ、次食べて?」
「お、おう……」
まりりんの包みに手をかける。なんというか、まりりんが俺にお弁当を作ってくれるなんて……もう死んでもいい。てか死ぬ。喉につまらせて『うっ!』てなってもいい。まりりんの作ったお弁当を喉に詰まらせて死ねるなら本望だ。
「では失礼します」
「……」
お弁当の中はカレーだった。カレーの上にライスが敷いてあり、蓋が汚れない仕様になっている。まりりんらしい可愛い気遣いだ。
「頂きます」
「……」
まりりんに手を合わせ、カレーを頂く。
「……………………」
が、冷えているカレーはザラザラしており、正直に言えば微妙な食感だった。温かければ美味しいはずなのに……う〜む。
「龍樹、どうなの?」
まだ飲み込んでないそばから感想を急かす天ヶ崎嬢に俺はニッコリと笑い、しっかりと飲み込んでからこたえた。
「美味しいです」
まりりんに向かって微笑みかける。まりりん家のカレーだ。不味い筈がない……!!
俺の舌がおかしいだけだ!
そうに違いない!!
「で? どっちの方が美味しったの?」
まりりんのカレーを食べ終えたのを見計らい、天ヶ崎嬢が結論を問いかけてきた。
「……」
それはもう、まりりんの方でしょう!
まりりん一択!
溶けてないカフェオレとか論外!
「まりえさんので」
「へぇ」
「……」
妙な空気になった。
またやっちまったのか?
「カレーの方が美味しかった?」
「……はい」
カフェオレが完全に溶けてれば天ヶ崎嬢に軍配が上がったが、やむなし!
「冷えたカレーは美味しかった?」
「──へ?」
「ふふ、そのカレーはね」
天ヶ崎嬢がすっごい意地悪そうな笑いをしている。これはやってしまったパターンだ。逃げろ俺。
「レトルトのカレーだよ、龍樹。それも私が持ってきた」
「なっ!」
たまらずまりりんを見る。まりりんは真っ赤のまま俯きプルプルと震えていた。死罪! 俺死罪あるのみ!!
「へへ、入れ換えてたんだ。騙してごめんね♡」
『ごめんね♡』じゃねーよおい!!
まさか溶けてないカフェオレがまりりんだったとは!! 急いで弁明せねば……!!
「サンドイッチは美味しかったんです! はい! でもカフェオレが溶けてなくてしかもぬるかったから……!!」
「…………」
まりりんは項垂れ、いや枝垂れる程に頭を下げ、そのまま部室の外へ──
「待って! 悪気はなくてその──!!」
膝から崩れ、床に手をつく。
どうしてこうなった……!?
「ど、どういうつもりだこれは……!?」
天ヶ崎嬢を睨む。まりりんに嫌われたらマジで死ぬしかねぇんだぞこっちは!!
「まりえさんのアイデア」
「……はぁ?」
「私が龍樹におべんと作ってるって話したら自分も作るって」
「なぜ? Why?」
「しーらない」
「……で、何故レトルトまで?」
「そのまま渡して食べてもらっても龍樹はお世辞しか言わないと思ったから。らしいよ?」
「……ま、まりりん…………」
まりりんの謎行動にハマった俺は、見事にやらかしてしまった。この世の終わりである。
「龍樹」
「なんだよ。今は死ぬので忙しい」
「次がラストチャンス」
「はぁ!?」
「次は私の作ったおべんと様と勝負だって」
「……なぜ?」
「……しーらない」
「マジかよ」
イマイチまりりんの言動が理解出来ない……!!
「ほい、今日の分」
そう言って、天ヶ崎嬢は自分が作ったお弁当を差し出してきた。もう食えんぞ。
「大丈夫。少なめにしてあるから」
中はチャーハンだった。
「……うま」
「でしょ?」
普通に美味かった。
ただ、相変わらず卵の殻が入っていた。不器用な奴め。
「龍樹、ご飯粒ついてる」
「お?」
顎から拾い上げた米粒を自分の口へと入れた天ヶ崎嬢は嬉しそうに笑って部室を出ていった。
「なんなんだマジで……」
いくら考えても分からなかった。




