日南河さんは隠れてない
「よっ」
「お、アホは風邪ひかないは嘘であるを実証した龍樹様ではないですか。ご機嫌麗しゅう」
「うっせ」
アホ面の眉間にスペシャリティなデコピンティをぶっかまし、優雅に着席。ちょっとしたゴールデンウィーク開けの俺は、なんというか……ちょっと休み過ぎてだるかった。
自分の席が何処か懐かしく感じられたが、そこから見えるまりりんの背中はいつも通りには見えなかった。何処か壁というか、距離を感じる背中だった。
ふと、まりりんと目が合ったが、すぐに逸らされてしまった。やはり嫌われてしまったのだろう。まりりんの笑顔を拝む事は、もう現世では叶わないのかもしれない。何より、まりりんを傷つけてしまった事が何よりも悔やまれる。謝れるなら謝りたい。
「お前、何しでかしたんだ?」
ガッシリと照に方を捕まれ睨まれる。さて、このアホにどう責任を取ってもらうか。
「お前、天ヶ崎嬢に俺の家を教えたな?」
「おう。昔の話だがな」
「おかげで──いや、何でもない」
迂闊な事は言わないでおくのが吉だ。
「それよりも、まりえさんの様子が変だぞ。何をしたんだ? ん?」
「……別に」
あの時の事を思い出してしまい、慌てて記憶から振り払う。
「お前……まさか……」
「言うな」
「フラレたのか?」
「言うなってば」
「マジなのか?」
「……おう」
「そうか」
ポンポン、と背中を優しく叩かれた。なんか上から目線で慰められている様な気がしてムカついたが、今はそんな事を気にしている場合ではない。バッグを開け、一つ悩みのタネを覗き込む。
「なんだ?」
「天ヶ崎嬢がくれた弁当だ」
今日の朝、何故か天ヶ崎嬢が俺に弁当を作ってくれた。
あの日、弁当の話になり、俺が朝コンビニで買っていっている事を話したからだろう。なんか申し訳なくてお金を払うと言ったら、グーで殴られた。
「私の作った弁当が食べられないの!?」
「すみませんすみません殴らないで下さい」
とりあえず弁当をもらって食べれば死なない事だけを理解した俺は、速やかに弁当を受け取ったのだ。
「……」
昼休み、照の部室の隅を拝借した俺は弁当の蓋を開けて絶句した。
【I♡たつき】
海苔を切って作られたその文字は、どこか呪詛染みた物を感じたが、見なかったことにして卵焼きから頂戴した。
「殻入ってる……」
色々不慣れを痛感させる出来栄えだったが、素直に感謝して食べた。味は良かった。それだけに海苔文字だけが悔やまれる。
「教室で食えないのがなぁ……」
そそくさと弁当箱をしまい、教室を出る。出る時は鍵を閉めて上の小窓のサッシ部分に隠しておくのがルールだ。
空の弁当箱を片手に廊下を歩く。不思議な気分だ。
──ドンッ
「あ、すみま……」
曲がり角でまりりんとぶつかってしまった。
咄嗟に倒れそうになったまりりんの手を掴む。
「──!!」
まりりんにあるまじき凄まじい反応速度で手を振りほどかれた。
「ご、ごめんなさい」
「あ! いや! これは! その! その……!!」
まりりんはとても慌てた様子で、近くにあった観葉植物の鉢植えの後ろに隠れてしまった。いや、隠れたと言っても色々見えているが……。
「あ、あのー……」
まずは謝りたくて声を掛ける。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
凄まじい勢いで謝りだしたまりりん。やはり俺はそんなにも嫌われる事をしてしまったのだろう。もう俺の人生に終止符を打つ時が来たのかもしれない。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
バグった様に顔を隠して謝り続けるまりりんに、俺はどうすれば良いのか分からない。
「ごめんなさーい!!!!」
そしてまりりんは経験値豊かなモンスターの如く、ズダダダダと逃げ出してしまった……。
「……終わった。俺の人生はなんて儚いんだろう」
それからと言うもの、まりりんは露骨に俺を避けるようになった。
謝りたくてもあやまれず、次第に視線すら合わせてくれなくなり、耐えきれなくなった俺はある日、弁当を食べて照の部室でふて寝を決めた。
「……やべ」
気が付けば放課後だ。授業をサボるなんてだいそれた事をしてしまった自分が些か怖い。
「──っと」
「あ、ごめんなさ──」
廊下から、馴染のある声が聞こえた。まりりんと天ヶ崎嬢だ。二人ともこんな校舎の奥までよく来るな。まあ、まりりんはおつかいだとは思うが……。
「なんでサボテン運んでるの?」
「美術の先生に頼まれて……」
やはりおつかいだった。お手伝いしてて偉いぞまりりん。
「ふぅん……手伝おうか?」
「大丈夫。小さいから」
っと、俺の部屋は物置やら部室やらをハードに兼務している。見渡せば多岐にわたる物品が所狭しと散乱しており、石膏の像なんかも数人いた。目が合うと怖いから布被ってるがな。
「隠れるか……」
俺は腕が中途半端に無い石膏のおっさんの後ろに隠れた。
「あれ? 開いてる……」
「居るんじゃない?」
──ガラ……
「居ない……?」
「ったく何処に行ったんだか」
どうやら天ヶ崎嬢は俺を探しに来たらしい。さて、どうするか……。
「よいしょっと……」
「終わった?」
「うん」
石膏の陰から二人を見る。まりりんは相変わらず小さいし、天ヶ崎嬢は腕を組んでまりりんを睨み付けている。何しとるんだおのれは。
「ねえ」
「?」
「龍樹が元気ないの」
「……」
おい。やめろ。
その話題に触れるな。
そしてなによりまりりんは何も悪くない。巻き込まないでくれ。
「……私じゃダメみたいだから、日南河さんから声をかけてあげてよ」
…………。
「えっ!? えぅと! えっと! あの、その、え、あ、えっ!?」
「なにキョドってんの?」
「えっ!? だって、そのあのえと……!!」
明らかにまりりんの御様子が変だ。やはり俺との関わりを持ちたくない様子。無理も無い。全て俺のせいだ。
「えっ……待ってよ。何その反応……は?」
「えっとそのうんとこれはそのいやはやでしてその」
「意味わかんない。とりま落ち着いて」
「あ、はい……」
あたふたしたりシュンとしたり、今日のまりりんはかなり忙しい。
「何があったの?」
「……えと、その」
「ゆっくりでいいから」
「で?」
……うーむ、まりりんの御声が小さすぎて聞こえんぞ。
「ふぅん……やっぱり日南河さんは贅沢な人だね」
「……ゴメンなさい」
なんか知らんがまりりんが謝ってるぞ。まりりんを困らせるとは天ヶ崎嬢め、許さん……。
「さ、て……私はどうしたらいい?」
「え?」
「土曜にでも龍樹と服買いに行こうかな〜♪」
「──!? だ、だめぇぇぇぇ……!!」
まりりんが天ヶ崎嬢に襲いかかった。ポカポカと天ヶ崎嬢の体を叩いているが、ダメージ的にはマイナスでむしろ肩叩き的な感じだ。だがまりりんが困っているのは確かなのでそろそろ登場せざるを得ない。が、いま出たら隠れた意味がない。むむむ……。
──ガタッ!
「「──!?」」
うん、やってしまった。ちょっと姿勢を直した時に何かに触れてしまった。
二人ともバッチリこちらを向いている。後はもうなるようになるしかない。
「……や、やあ」
「あ、居たぁ♡」
「ふぇっ!? ひゃふぇ!? へぇっ!?」
指を組み嬉しそうな天ヶ崎嬢と、全身真っ赤に染まったまりりんと。
とりあえず謝ろう。
「まりえさん……俺──」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「あっ! まりえさーーーーん!!!!」
すっげー勢いで逃げ出したまりりんに手を伸ばすのが精一杯。終わった。完全に終わった。
「龍樹、帰ろ?」
「──ぇぇぇぇめ!! だめぇ!! だめぇ!!」
「まりえさん!?」
何故か戻ってきたまりりん。
「龍樹くんは一人で帰って!!」
「ええっ!?」
「ちょっと! 日南河こそ一人で帰ってよ! 贅沢しないで譲りなさい!」
「だめぇぇぇぇ!!!!」
「ちょちょちょ! なんなんだ!? これはなんなんだーーーー!!!!」
結局、まりりんと天ヶ崎嬢が二人で帰り、俺は一人残されてしまった。なんなん?




