天ヶ崎嬢は押しかけたい
「……あー、しんどい」
数年ぶりの風邪はかなりしつこく、俺は月曜火曜と学校を休んで部屋で寝ているしかなかった。
──トントン
「……ほい」
「にーに、ごはんごはん」
歳の離れた妹が食事を運んでくれている。俺と違って出来る妹だ。
「カツ丼! カツ丼!」
「……こんな時に食えるかよ」
「病気に勝つ。ってママが」
「聞いた事ねぇ」
マイ・マザーは何を考えてるんだおい。
「そう思ってカツ食べた」
「……出来る妹を持って兄ちゃんは幸せだよ」
妹が離れた後ドアを開けると、そこにはソースが染みた丼メシだけがあった。箸も無い。
「……愛されてんな、俺」
仕方なく部屋に常備してある割り箸で食べ始める。
「にーに! にーに!」
「……なんぞや」
「おんな! おんな!」
「……?」
食後、一眠りしていたところを起こされ、病魔に侵された体にムチを打って玄関へ向かう。インターフォンの画面には、不審者も真っ青なそわそわムーブの天ヶ崎嬢が映っていた。それも何故か派手な私服で……。
「おいおいおいおい」
仕方なく出る。マスクとアルコールスプレーも忘れずに。
「あ、居た」
「……何故? どうやって辿り着いた? まさか」
あの野郎。天ヶ崎嬢に俺の家の情報をリークしやがったな? 個人情報保護法を知らないと見た。今度あったら許さねぇ。
「ほい」
天ヶ崎嬢からゼリーやスポーツ飲料が差し出される。気遣いがメッチャ嬉しかった。
「ありがとう」
「入っていい?」
「学校は?」
「サボり。外にいると補導されるし家にも戻れないから中に入れて」
「ちょ、ちょっ」
半ば無理やり入ってきた天ヶ崎嬢。仕方なく部屋へと案内する。
風邪うつっても知らんぞい。
「ココが龍樹の部屋?」
「まあ、一応」
「ふーん」
「まってて、飲み物持ってくる」
「いい」
──と、腕を掴まれた。
「寝てて」
寝てたのにアンタが来たんやろが。そう言いたかったが手土産を貰った手前無下にも扱えぬ。仕方なくベッドに横になる。
「熱、まだあるね」
「……」
天ヶ崎嬢の手が俺のデコ様に。
渋い顔をしてやったが、天ヶ崎嬢はすぐに笑って頬をつねってきた。
「かわいい」
「……そうですかい」
両手で頬をグリングリンいじられる。これで寝られる訳がない。
「私も寝る」
「は? ちょっ、ちょい!」
こともあろう事か、天ヶ崎嬢は俺の隣へと潜り込んできた。何考えてるんだコイツは。
「あったかい」
「熱ありますから」
「龍樹、ぎゅ〜ってして?」
「しない」
何考えてるんだコイツは。マジで。こちとら辛いんだから寝かせろや。
「いい。こっちからする。ぎゅ〜っ」
「おいぃ……」
俺に抱きついてきては顔を埋めたりと、天ヶ崎嬢はやりたい放題だ。
「Zzz……」
「寝るんかい!!」
思わず突っ込んでしまったが、もうどうする事も出来ず、ただ天ヶ崎嬢の寝顔が間抜けだった。
「お返しにほっぺつねってやろうか」
天ヶ崎嬢の頬を指で押す。柔らかさが俺とは段違いだ。
「スライムかよ……」
グリグリと頬をこねくり回すが、起きる気配は無い。
「どんだけリラックスしてんだよ……」
──……キス……する?
先日の天ヶ崎嬢の一言が頭を過った。
「ん……たつきぃ……」
悩ましい顔の天ヶ崎嬢の唇が、優しく動いた。
「……ダメだろが」
心の奥底で騒ぐ何かを諌める様に、自分に言い聞かせた。
「……たつきとなら……いいよ……」
そっと、天ヶ崎嬢の目から一筋の涙が流れた。
「なんつー夢を見てんだこやつは」
案外、知らぬ所で辛い思いもしているのだろうか。
「ったく、今日だけだぞ……」
天ヶ崎嬢をそっと引き寄せ、そのまま抱き締めるように俺も寝る事にした。
「……?」
顔の前に圧を感じて目が覚めた。
「あ、起きた」
「今……なにを?」
「んー?」
一足先に起きていたと思われる天ヶ崎嬢が、悪い顔で笑った。
「寝顔が可愛いから、キスでもしようかな〜って」
「するなし」
「だめ?」
「ダメ」
「じゃあ、どうしたらしてくれるの?」
「え?」
「どうしたら私を好きになってくれるの?」
「知りませんよ」
天ヶ崎嬢はムッとして頬を膨らませた。リスだな。
「龍樹、逆に考えてみてよ」
「何をですか?」
「試しにキスしたらさ、私の事好きになるかもよ?」
「……」
「ね?」
両手をこっちへ向け『こっち来んかい』のポーズをする天ヶ崎嬢。
「ね?」
目を閉じて唇を少し尖らせたところで、俺は背中を向けた。
「……む。むむ」
「寝ます」
「ふ〜ん。キスするの怖いのかな?」
「……」
「もしかして、キスしたら好きになっちゃうのかな?」
「……」
「…… 顔、赤いよ」
「──!?」
慌てて手を当てる。自分でもかなり発熱しているのが感じられた。
「あれれぇ? これは、もしかしてチャンス?」
「バッ……! これは風邪! 風邪です!」
「うわっ! メッチャ赤い! ヤバいって!」
そのまま39°まで発熱した俺は、その週ずっと休む事になってしまった。




