日南河さんは……
川沿い、鉄板、焼きそば。
どういう訳か天ヶ崎嬢の誕生日を祝う事になってしまった俺は、仕方なく照からバーベキューセットを借りて以前来た主の居る川辺でまったりを決め込んでやった。
「龍樹、焼けるよ」
「……」
「なんで私の誕生日で私が焼きそば焼かないといけないのって思ったけど、結構楽しいじゃん!」
白いノースリーブにねじり鉢巻。長い茶髪にピアスが光る。なんつーか……ギャルだな。
「いつまで死んでるの?」
「……」
まりりんにフラれてからというもの、記憶がいまいちハッキリとしない。
「龍樹はモッチリ派? それともパリパリ派?」
「……モッチリ」
「私も! やっばり気が合うんじゃない? ……龍樹、私にしときなよ」
「……」
まりりんに振られたからと言って天ヶ崎嬢に乗り換えるとか、そんなんは有り得ないだろ……。振られてなくても有り得んだろ。
「ほい。できた」
平皿に盛られた焼きそばからは、ソースのいい香りが漂ってきた。どんなに落ち込んでも腹は減る。悔しいがな。鉄板の隅に追いやられた焦げキャベツ達から目を逸らし、そっと平皿と割り箸を受け取った。
「どう?」
「美味しいです」
「エビもあるよ?」
「俺が買ったやつです」
「イカも焼けるよ?」
「俺が買ったやつです」
「最後にアイス食べようね」
「俺が買ったやつです」
日よけのテントで肩を並べ、日光浴。
なんつーか、老人みたいな時間の過ごし方だ。
「日よけでいい感じだね」
「日本の夏暑すぎ問題」
どんなに落ち込んでいても、メシが上手く感じてしまうのは、俺がアホだからだろうか。
今頃まりりんは何をしているのか、何を考えているのか、そんな事ばかりがグルグルと頭の中を駆け巡り続けている。
「たーつき」
平皿を持ったままの天ヶ崎嬢が、背中に抱き着いてきた。
『当たらなければどうという事はない』という先人の教えがあるが、当たっている場合はどうしたら良いのだろうか。先人の教えはいつだって中途半端だ。
「意外? 私って好きな人にはこうやって思い切り甘えたくなるタイプなんだ〜♪」
THE・使用済みの割り箸で摘んだ焼きそばが俺の口へと向けられた。
「美味しいよ?」
「知ってます」
「食べないの?」
「自分のがありますから」
「なんでつれない言葉遣いなの?」
「……」
「た〜つ〜き〜♡」
グリグリと背中にナニがアレされ、なんというか、コイツはやはり痴女なのかと勘ぐってしまう。
「私は気にしないよ?」
やはり痴女か。
「龍樹がまだ日南河さんに未練があっても、それでも一緒に居てくれるなら、それで良いよ?」
「………」
キミ、そんなキャラだったっけ?
もっと不器用でガサツで『どっせい!』みたいなサバサバ系じゃなかったっけ?
「二番目でもいい……」
キャラ崩壊やめれ。
俺の知る天ヶ崎嬢はそんな人じゃなかった筈だ。
「だから……嫌いにだけはならないで……」
「──!!」
なんだ?
俺がまりりんに嫌われたくないように、天ヶ崎嬢も俺に嫌われたくないのか?
ただ想い、平穏を望み、ただ恐れ、先を急がぬ、そんなタイプだったのか?
「ちょっと川で頭冷やしてくる」
「流されない様にね」
渡り用の石を、重い足取りで飛び乗ってゆく。川は澄んでいて底の石の形も良く見える。
頭でも突っ込んでスイカみたいに冷やしてやろうかと思ったが、止めた。
「天ヶ崎嬢は、ああ見えてもどこか孤独を感じているのだろうか……?」
川底の白い石に独り言ちてみるも応えは無し。
「戻るか……ナンパ師が何処からともなく湧いてきそうだからな」
重い腰を上げ、ゆっくりと歩き出した。
と、自分達のテントの向こうが何やら騒がしくなっていた。
「やめてぇぇぇぇ!!!!」
「ムッ! 俺のまりりんレーダーに反応が!」
初速から全開で走り出し、声の主の方へ。
そこで小さな女性──紛う事なきまりりんが、犬に追いかけられていた。鎖が中途半端な長さで首輪に繋がっていたので、すぐに脱走犬だと理解した。
「危ない!」
犬にタックルを決め込み、そのままの勢いで川へ。水深30cm程なので溺れる事はない。一安心だ。
「ワレェ!! ゴラァ!!」
ジタバタする犬の鎖を掴み、大人しくさせる。
が、水で滑り犬はそのまま抵抗した挙げ句逃げてしまった。いや、犬よりもまりりんが──!
「大丈夫ですか!?」
犬に襲われ座り込んでしまったまりりんに声を掛ける。恐怖で顔が酷いことになっていた。犬め……許さんぞ!
「え、あ……」
まりりんは目の焦点が合わず、軽くパニックになっていた。
「まりえ!」
そこへ中年男性が颯爽と現れた。颯爽とは言ったがメタボリックシンドロームに侵された腹回りをブヨンブヨンさせて走っているので、それなりにショッキングな映像ではあった。
「大丈夫か!」
「お、お父さん……!!」
お、お父さん!?
「では」
俺は素早い判断でエスケープを決め込んだ。
「ちょ、君! 濡れてるじゃないか! 待ちたまえ!」
素早く逃げる。自分のテントを通り過ぎ、天ヶ崎嬢へ軽くアイコンタクト。天ヶ崎嬢は濡れた俺を見て笑っていた。
「──てな訳でして」
「そのまま居れば良かったじゃない」
日南河ファミリーが居なくなった後、そそくさと戻り天ヶ崎嬢へ事の顛末を説明した。
「なんか申し訳ないなって……」
「なにが」
「なんか……その……」
「下心ありで助けました、的な?」
天ヶ崎嬢は言い難い事をズバズバ言う。よくもまあそんなハッキリと言えたもんだと感心してしまう。いや、感心している場合ではないが。
「ま、どうどうとしてなよ。別に悪い事した訳じゃないんだしさ」
「……う〜ん」
学校行きづらいなぁ。
そう言えばモブ君は元気だろうか。最近見ないから忘れてたけど。
「龍樹のおかげで日南河さん怪我しなかったんだし」
「……そう、だね」
そうだ。まりりんが無事ならそれでいいんだ。
そんな簡単なことすら忘れてたのか俺は……。
「そうだ。日南河さんに変わってお礼してあげる♡ 何がいい?」
「結構です」
「そう?」
人差し指を自分の口にあてがい、天ヶ崎嬢は意味深に微笑んだ。
「……キス……する?」
ゆっくりと顔を近づけ目を閉じる天ヶ崎嬢に、俺は一つデコピンをくれてやった。
「結構です」
「残念♡」
デコをさすりながら、天ヶ崎嬢はニシシと笑った。
「私は龍樹とキスしたいのになぁ」
「……結構です」
手をつき、四足歩行の構えを見える天ヶ崎嬢。
オジサン知ってるよ。女豹のポーズって言うんだろ、コレ。
「──ぶえっくしょん!!」
濡れた身体が冷えてきたので、天ヶ崎嬢から距離を取った。感染ケアもバッチリだ。
「大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。俺風邪ひいた事ないから」
「うん、そんな気がする」
「誰がバカだって!?」
「きゃーっ、こわ~い!」
俺がガオーッてやると、天ヶ崎嬢は笑って逃げだした。
天ヶ崎嬢は天ヶ崎嬢なりに、俺の事を励ましてくれているのだろう。気遣いだけはありがたい。
──で、翌日俺は数年ぶりに風邪をひいた。




