日南河さんは特別な人
放課後、いきなり土砂降りの雨が降り、弱まるまで帰れないなと照をちょっかいをかけに行った。
「……なにか…………ないかな?」
部室(物置)の扉を開けようとしたら中から高い声が聞こえたので、咄嗟に手を止めてしまった。まさか照が合いびきでもしているのかと耳をそっと扉へと当てた。
「アイツが好きな物、ねぇ……」
「照くんなら知ってるかなって」
まりりんの声にドキッとして、鼓動がやたら早くなる。何故まりりんとアホ面が話なんかしているんだ!?
「その気持ちだけで大丈夫だと思うよ? まりえさんの贈り物なら何でも喜ぶと思うから、アイツ」
「そうかなぁ」
「ハハ」
何が『ハハ』だ!
あの野郎。少しでも余計な事を言ったら、簀巻きにして東京湾に浮かべてやる……!!
「でね、どうして龍樹くんはあんなにケーキをくれたんだろ?」
「さ、さぁ……」
やべ、些かケーキを買いすぎたのだろう、まりりんが困ってしまったのか……俺は死罪確定だ。
「本人に直接聞いてみたら?」
「え? まあ……あ! そう言えばなにか好きな物聞かれた気がする! だから龍樹くんケーキを買ったんだ」
「お返しに今度は龍樹の好きな物を?」
「うん♪」
「今ならまだ校舎に居ると思うよ? この雨だし」
「ありがと。行ってくるね」
「お気をつけて〜」
まりりんが出て来そうだったので、慌てて観葉植物の裏に隠れる。上手くやり過ごし何食わぬ顔で校舎をうろつくことにした。
「龍樹くん」
「……まりえさん」
昇降口で雨が止むのを待っていると、後ろから声をかけられた。
「龍樹くんの誕生日っていつ?」
「4月25日です」
「もう終わってるね……」
照から干からびたぬれ煎餅を貰った誕生日だったけど。
「じゃあさじゃあさ、誕生日とは関係無しで欲しい物とかある? この間のお返しがしたいな」
「お気持ちだけで十分です」
「そんなそんな! だってあんなにケーキ沢山貰って」
「いいんどす」
噛んでしまった。恥ずかしい。
「あんなに…………」
と、まりりんのトーンが下がってしまったのを見て、ちょっと罪悪感が湧いた。やはりやり過ぎたのだろうか。
「…………龍樹くんはどうしてあんなにケーキをくれたの?」
いつになく、まりりんが真面目な目付きで俺の顔を見た。可愛げのあるあどけない笑顔とは違う、真剣な視線だ。冗談では切り抜けない。そう思った。
「どうして龍樹くんはいつも私に優しくしてくれるの?」
これは…………まりりんからの……なんだ?
──尋問?
──それとも本音?
──まさか……催促?
「どうして?」
「いや、それは……」
まりりんからの視線が剥がせない。
心の準備すら許されぬまま、俺はそれを言うしかなくなってしまった。
幸い他に人の姿は無い。むしろ、雨の音に紛れて言うならば今しかない。
「まりえさんが好きだからです。まりりんが好きなんどす」
噛んでしまった。最悪だ。
「天ヶ崎さんは?」
「へ?」
何故そこで天ヶ崎嬢の名前が?
「天ヶ崎さんが龍樹くんに向ける表情は、なんか他と違う気がして」
「……」
「きっと天ヶ崎さんは龍樹くんの事……」
「俺はまりりんが好きです。ずっと好きでした。いつの間にか『推し』から『好き』に変わって、どうしていいのか分からなくて……でも好きで」
「……」
気まずい空気が漂った。雨音だけがそれを紛れさせてくれた。
「……ごめん、わたしは龍樹くんの事……面白い人だなって思うけど、それ以上は…………ごめん」
「謝らないで下さい。むしろ俺が謝らないと」
「……」
「ごめんなさい」
「そんな」
「じゃ」
「あ」
いたたまれなくなり、そのまま雨の中を走った。
ただ、走った。
終わりは、突然だった。
このまま死ねれば楽なのに。
だけど歩道橋から下を見たらすぐに怖くなって止めた。
帰って風呂入って、ベッドの中で泣いた。
メッチャ泣いた。




