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日南河さんは6ポンド

「良いのか龍樹(たつき)、奴は四天王の中でも最弱だぞ!?」

「うーん。それが逆に良いんだが?」


 校内きってのエリートオタク、リサーチ部の部長である天沼(テラス)は、バインダーを片手に眼鏡を押し上げ俺を凝視しては『コイツ正気か?』みたいな顔を向けてくる、とにかく失礼な男だ。


「見ろ、照」


 四天王最弱と呼ばれる日南河(ひなみかわ)まりえさん(通称まりりん)が台車に段ボールを乗せて押している。しかし、あまりにも重いのか台車はびくともせず、まるで巨大な石を運ぶピラミッド作りの奴隷みたいな状態になっていた。


「にー……んんん……!! お、おおおお……おもぉぉぉぉいぃっ……!!」


 かなり小柄なまりりんは、箸より重い物が持てないのでは、と思うほどに非力で、それでいて力仕事を嫌がる素振りなど微塵も無く、甲斐甲斐しく頑張る姿が実に愛くるしくて仕方ない生き物だ。


「てな訳で手伝ってくる」

「お、おう。後で現地集合な。遅れるなよ?」

「あたぼーよ」


 俺は至極当然の権利を行使するため、まりりんの下へと馳せ参じた。因みにこの後クラスの皆と近くのアミューズメント施設でボウリング大会となっている。

 主催の照がどうしてもと言うので仕方なく参加してやるが、手加減はしてやらん。


「まりえさん」

「あ、龍樹くん」


 まりりんは今日もまりりんで、俺は今日も無事にまりりんに声をかけられた事を心の中で神に感謝する。アーメン。


「手伝うよ」

「だ、大丈夫……!」


 まりりんは息を整え、再度台車へ力を込める。

 目一杯台車を押すが、台車は全然動かない。


「記録……3cm!」

「言わないで~!!」


 定規で床を測ると、まりりんが両手で顔を隠して恥ずかしそうに俯いた。


「何入ってるの?」


 段ボールの蓋の一端を持ち上げると、中に鉄アレイが四つ見えた。幾多の筋肉自慢を生み出したと思える錆び付いたメタルボディには、5kgと書いてあった。


「手伝うよ」

「……うん、お願い」


 俺が台車を押すと、すいすいと走り始めた。


「あ、あのっ!」

「ん?」

「あ、あんまり……楽そうに押さないで欲しい……です」


 なんという心だろうか。

 まりりんは自分が非力だと既に知られている筈なのに、この期に及んでまだ恥ずかしさが残っているのだ。素晴らしく愛くるしい!!


「で、これをどこまで?」

「物理の沢村先生の所に」

「ああ。実験道具ね」


 まりりん、お手伝いして偉いぞ……!!


「ううん、筋トレ用だって」


 あの野郎……まりりんをこき使いやがって!! 鉄アレイの刀の錆にしてくれるわ!!


「ところで、まりえさんはこの後ボウリング?」

「えっ? うん、まぁ……一応は誘われてるけれど……ほら、私苦手だから」


 申し訳なさそうな顔をするまりりん。

 玉に指を入れたまま持ち上がらなくて焦るまりりんが目に浮かぶ……なんて尊いんだ。


「俺も行くんで、一緒に組みませんか?」

「えー、と」


 つい、そんな姿が一目見たくて誘ってしまったが、普通に考えて迷惑だろ。何やってんだ俺は……!!


「じゃあ、行こうかな?」

「えっ!?」


 まりりんがそっと笑った。

 この日、地球は救われた。


 そうと決まればこんな物(鉄アレイ)なんかさっさとぶん投げるしかない!!


「ささっと置いてきますね!」

「えっ!? ええ」


 俺は段ボール箱から鉄アレイを全て持ち上げると、職員室に押し入り、沢村Tの留守の隙を突いてノートパソコンの上にそっと鉄アレイを置いて逃げた。不届き者め、天罰を受けよ。


「置いてきました! ではでは参りましょう!」

「うん」


 俺は自転車を取りに行き、昇降口で待つまりりんの下へ。まりりんは一身上の都合で徒歩通学だ。自転車だと地面に足が届かないんだよ。皆まで言わせんな恥ずかしい……!!

 でも足が届かなくてもペダルをぶんぶんに回しまくるまりりんもいつか見てみたい……!!





 アミューズメント施設【アミューズGO】は学校から歩いて十分。溜まり場には持って来いのワル養成施設として教育委員会からも注目を浴びている。

 が、すぐ隣に警察署がある上に巡回の警察官がしょっちゅう来るで実際はそうでもない。


「待たせたな照」

「これで全員だ。あ、日南河さんも来てくれたんだ。嬉しいよ」


 俺達の他にも同じ学年の奴等が合わせて12人程来ており、既に和気あいあいとした雰囲気が出来ていた。照の交友の広さは一体なんなんだろな。リア充なのか?


「やるからには手加減せんぞ」

「おう」


 施設の一番奥に鎮座するボウリングコーナーは1ゲーム100円で出来る超優良料金設定。お年寄りから近所の子ども達まで朝から晩までボウリング漬けになること間違いなし。

 勿論俺も二歳の時からボウリング漬けだ! 年期が違うぜ年期がよ!!

 


「くじ引け、グループ分けするから」

「……えっ?」


 思わずまりりんと顔を見合わせてしまった。

 グループ分けなんて聞いてないぞこら。


「折角男女半々くらいなんだ。しかも四天王が三人もいるんだ。くじを引かんでどうする?」

「好きな人同士で組めば?」

「戦争が起きる」


 男子達の目付きが鋭い。こいつら、四天王に釣られて来やがったな……?

 好きな人同士で組めばあながち戦争が起きるのも不思議ではない空気が流れている。


「幸いここはボウリング場だ。ボウリングでグループ分けを決めたらどうだ?」

「そのグループ分けのボウリングのグループ分けはどうする?」

「……くじだな」

「だろ?」


 照が何やら小さな箱を取り出した。

 手を入れてくじを引く。ただそれだけの箱だ。ここのボウリング場にずっとある、オーナーお手製のパーティーグッズとしてなじみが高い。


「待て照。唯一無二の親友として頼みがある」

「断る」

「まりりんと同じグループにしてくれ」

「断る」


 一切合切聞く耳を持たぬ友人(クソ野郎)がくじ箱を差し向ける。仕方なく祈る気持ちでくじ箱へ手を入れた。





「龍樹くん、宜しくね」

「大船に乗った気分でお任せを」


 結果見事にまりりんと同じグループを勝ち取った俺は、自分の11ポンドの半ばマイボールと化している黄色の玉を手に取った。

 因みに1ポンドの重さが何グラムだとかは何回か聞いたことがあるが忘れた。多分あれだ、豚バラ肉1パックと同じ重さだ。


「揃ったかなー? それじゃあそれぞれ始めて下さい」


 照が皆を纏めるような一声で、それぞれのグループがまとまり、ボウリングが始まった。ああいうのを見ると、アイツはやっぱりリア充なんだなと嫉妬したくなる。


「宜しくお願いします」

「オナシャス」


 まりりんと、俺と──。


「……よ、よろしく」

「ぅす」


 四天王が一人、二年二組天ヶ崎(あまがさき)日向(ひなた)と……知らんモブ男だ。

 天ヶ崎は四天王の中でも人気が高く、告白して撃沈する輩の多さに【撃墜女王様】とまで呼ばれている。

 ぱっと見、控えめのお嬢様な感じで、時折長い髪をかき上げて机に向かう姿がとても絵になると言われているが、その実かなりがさつで不器用。そして言葉使いがちょっと荒い。そのギャップが良いらしいが、俺には知ったことではない。


「じゃ、初め行くわよ」

「頑張ってー」


 天ヶ崎の構えに、まりりんのありがたくも素晴らしい声援が飛んだ。


「とう!」


 それっぽい投げ方で放たれた一投は、直角三角形も真っ青な正確さでガーターへと飛び込んだ。そういうゲームじゃないから、これ。


「おんどりゃあぁぁぁぁ!!!!」


 もはや女子とは思える雄々しき咆哮を上げながら二投目をぶん投げ、荒々しいが勢いでスペアをもぎ取った天ヶ崎嬢。どうやら彼女は荒っぽい方が得意のようだ。


「どう?」

「す、凄い……!」


 まりりんが目を丸くして感心している。

 後ろのモブ君も嬉しそうに何度も頷きながら拍手喝采。さてはこいつ、天ヶ崎嬢の事が好きだな?

 俺も勢いに押され、適当に拍手をした。


「貴様天ヶ崎さんがスペアを取ったのにその程度の拍手で恥ずかしくないのか!?」


 突然モブが怒りだした。


「え、あ、はい」


 良く分からんがとりあえずシンバルを持ったサルのおもちゃみたいに拍手しといた。

 次はまりりんの番なので出来ることなら余計なエネルギーは使いたくはない。


「龍樹くん、ボール置いてもらえないかな?」

「お任せを!」


 絶対そう来ると思っていた俺は少し手前にまりりんの6ポンドちゃんを設置。

 まりりんは雪玉を転がすようにしゃがみ込み、ゆっくりとボールを押し始めた。


「うん、しょ……!」


 テンチョー、『うん、しょ』入りましたー!!


「どうかなどうかなー?」


 ゆっくりとまりりんの手を離れたボールはレーンを進み、ピンへと向かってゆく。その光景を誰しもが固唾をのんで見守る。


「おっ」


『ちょっと失礼しますねー』と言わんばかりにピンの群れの中を静かに進むボール。そしてゆっくりと静かに倒れてゆくピン達。


「あー、残っちゃった」


 ピンは四本残ったが、もうこれ可愛いで賞としてストライクあげてもいいんじゃないか!?

 戻ってきたボールを再配置。俺はまりりんに「頑張って」と応援を送った。


「うん、頑張るよ」


 まりりんはゆっくりと腰を落とし、ボールを押し始めた。


「うん、しょ……」


 テンチョー! 本日二本目の『うん、しょ』頂きましたー!!


 小さな体から放たれた【まりりん砲】は、またしてもゆっくりとレーンを進んでいく。

 そして『ちょっと通りますねー』くらいの勢いで、残りのピンを倒していった。


「やった♪」


 まりりんが跳ねた。それだけで世界は救われた。


「いぇーい」


 まりりんが俺に向かって手を上げ、ハイタッチをご所望。俺はボール置き係の責務を全うするため、ありがたくハイタッチを承った。もうこの手は二度と洗わないし拭かないと誓おう。


「天ヶ崎さん、若輩(じゃくはい)ながら不肖(ふしょう)山田山雄、投げさせていただきます」

「は、はぁ……」


 何をとち狂ったか、モブ男が13ポンドの〇玉をいい格好しーで持ち上げ、如何にも『俺やってます!』みたいなフォームで投げ腐りやがった。


 ──ドグァシャーッッ!!


 器物破損と名付けるに相応しい轟音がなり、モブ男の投げた後にはピン一つ残っていなかった。


「失礼致しました」


 モブ男が天ヶ崎の方を向き、一礼した。


「すげ……」

「すごい……」


 まりりんと天ヶ崎嬢もまさかの伏兵に驚いている。

 が、俺は違う。ストライクなんぞ当たり前。

 むしろターキースタートは常識ぞ?


「……フン」


 入れ替わり際、モブ男が鼻を鳴らした。あからさまな敵意が見て取れた。


 野郎……まりりんに鼻毛が飛ぶだろうが……!!


「龍樹くん頑張って♪」

「全身全霊を賭して挑みます!」


 まりりんが俺に手を振ってくれた。笑顔もくれた。もうこれ投げたら『……ウッ!』ってなって死んでもいい!!


「……茂木ファイト」

「──!?」


 天ヶ崎嬢が俺に一声かけてくれたが、隣でモブ男氏が今にもブチ切れそうな程に俺を睨んでいるので、是非とも止めて頂きたい。


 俺は11ポンドの慣れ親しんだ相棒を手に、レーンへと向かった。正直まりりんが見ている手前、緊張で手汗がヤバいことになっているが、先程右手は一身上の都合により拭けない事になったので、仕方ない。


 しかしやることは変わらない。

 いつも通り構え、いつも通り投げる。

 ただ、それだけだ。


 ──つるっ。


 放り投げる直前、手汗で指が抜けた。

 ドシンと勢い良くレーンに玉が落ち、あらぬ方向へと進んでいく相棒。うん、死んだな。


「やったね。二本も倒れたよ♪」


 まりりんの純情が俺の渇いた大地に良く染みる。

 ありがとう、まりりん。


「……フン、雑魚が」


 モブ男氏は後でボール代わりに投げてやろう。


「茂木、しっかり」

「──!?!?」

 

 天ヶ崎嬢がまたしても声を発したが、もう後ろを見るのは止めよう。モブ男君が発している殺気がビリビリと刺さってやりにくい。


「龍樹くんファイトー」

「……ええ!」


 もう手汗はベタベタを通り越してヌルヌルの領域へと突入し始めた。


 ──つるっ。


 例によって例の如く。二投目も滑りに滑り、俺は一本だけ倒れたピンに感謝の意を表した。


「おしかったね」

「いえ、これが実力です」


 まりりんが折角応援してくれたにもかかわらず、俺は不甲斐ない結果を残してしまった。今ここに刀があれば、俺は迷い無く腹を切るだろう。




 それ以降、俺はまるで活躍できず、モブ男様はパーフェクトをお取りなさって皆からチヤホヤされていた。天ヶ崎嬢にも投げ方を教え始め、その顔は見るからにニヤけきっていた。


「今日はありがとうね」

「いえ、お役に立てずにすみません」


 帰り際、まりりんが声をかけてくれた。

 こんな俺の骨を拾ってくれるなんて、女神過ぎる……!!


「んーん。龍樹くんがボール置いてくれたから、楽しかったよ♪」

「あ」


 そうだった。

 今日の俺はまりりんのボール置き係だったんだ。


「バイバイ」

「ええ……」


 まりりんが歩き出すと、俺も逆方向へと帰り始めた。


「楽しかった……か」


 まりりんのお役に立てたなら、それでいい。

 それでいいんだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] ボウリングなんて、ずいぶん行ってないなぁ。 でも、今やったら確実に腕やら肩やら膝やら腰やらをダメにして、次の日動けなくなりそう・・・。
[一言] まりりん可愛い( ˘ω˘ )
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