Stage6 -変幻-
カナチが電を抱えて帰ってから5日、けんまはずっと謎のデータの解析を続けていた。
札幌、渋谷、大阪、福岡の4箇所にあった"A.C."の部隊活動拠点を制圧して鍵は全て揃ったはずなのだが、解析は難航していた。
それぞれの街は賑わいを徐々に取り戻しており、人々が惨状を過去の物にしようとしていた頃だった。
ニュースでは当てにならない情報が流され、挙句の果てには陰謀論まで出回りだしていた。
拠点の中でも"A.C."の正体は分からず終いかと思われていたが、その日の夜、けんまが大慌てで全員を呼び出す。
「たっ、大変ンマーーー!!!」「けんま、どうしたんだ?いきなりそんな大声出して。」
「とりあえずコレを見てほしいンマ!!」けんまはテレビに解析した情報を出す。「何だよ…コレ…」
そこには通信の発信元と思われる海上要塞の座標及び"A.C."の活動部隊のリストが表示されていた。
「多分ここに"A.C."が居るンマ。割ったデータが正しければ、あの要塞はだんだんこっちに近づいてきてるンマ。」
「…戦いはまだ終わってないって事か。」「それじゃあ… 私達は囮だったって事!?」
「…多分そうンマ。要塞の兵装情報を見てる限りではアレが本命っぽいンマ。」
「けんま、アレに乗り込めそうか?」「カナチお姉ちゃん!?」
「セキュリティ解読さえすれば一応行けるンマが… でもカナチ、本気ンマ!?まだセイバーの修理は終わってないンマよ!?」
「バスターだけで何とかする。どうせ余裕は無いんだろ?」
「確かに計算が合ってれば2日程度しか無いンマが… それでもセイバー無しで行くのは無茶ンマ!!」
「じゃあ何だ?一日で直せるのか?」「それは…」けんまがうつむく。
カナチのセイバーはけんまの理解力を超えた設計で、けんまでさえ少なくとも一ヶ月は掛かる物だった。
「だったらオレがセイバー無しで行ったほうが―」
「待って。」座間子がカナチの話を遮る。「多分あの人なら… あの人なら1日で直してくれるはず…」
「ンマっ!?そ、その人はどこに居るンマ!?」
「それは言えないの… あの人ちょっと変わってるから。でも私が持っていけばやってくれると思うわ。」
「1日か… 賭ける価値はありそうだな。分かった、お前を信じる事にするよ。」
「カナチさん… 分かったわ。けんまさん、後で私が言った所に送ってくれない?」「わ、分かったンマ。」
そう言って座間子は別の部屋に行った。どうも電話してるようだが、相手が誰かは分からなかった。
しばらくして座間子が出てきて、けんまからセイバーを受け取ってどこかへ転送された。
彼女がどこに行ったのか気になったけんまは追跡しようとしたが、向こうから通信が切断されたらしく、追跡出来なかった。
「本当にアレを1日で直せるンマかね…」「今はアイツを信じるしかない。」
翌日になっても座間子との通信は途絶えたままだった。
泊まりになると言っていたので帰ってこないのはわかっていたが、通信も出来ないとなると不安だった、
「まさか座間子ちゃん、変な事に巻き込まれてないよね?」「座間子お姉ちゃんはきっと大丈夫なのです!」
電が拠点に漂う不安を和らげようとする。「果たして間に合うかどうか…」
その日いっぱいは座間子からの応答は無かった。
翌日、朝早くに座間子から連絡が入り、けんまは寝ぼけ眼で応答する。
「けんまさん、セイバーの修理、終わりました。」「ふぁー… 分かったンマ、今回収するンマ。」
けんまが座間子を回収する。「カナチさんは?」
「まだ起きてないンマ。けんまはまだ眠いからもう少し寝かせてほしいンマ…」
けんまはソファーで眠りについたが、しばらくして非常事態が起こる事はこの時誰も予想してなかった。
あれから2時間程度たった時、突如として防災スピーカーから鳴り響く"武力攻撃"を意味するアラート。
拠点中が騒然とし、出勤時間になりつつある街は一瞬で静まり返る。その瞬間、日本中がパニックに包まれた。
―一部の人物を除いては。
「…遂に奴が来たか。」アラートでカナチも眼が覚めたが、けんまと対照的に冷静沈着だった。
「あっ、カナチさん!セイバーの修理終わりましたよ!!」座間子がカナチにセイバーを手渡す。
「間に合ったのか。」「えぇ、あの人の技術力を甘く見てはいけませんわ。」
受け取ったカナチは早速セイバーを起動してみる。
「!! 何だこの出力…!!」出力がさらに上げられていたのか、カナチでも両手で持たないとセイバーに振り回されそうだった。
「座間子、コイツに何をした?」「あの人、"修理したついでに自分が出来る限界までチューニングした"って言ってたけどまさかここまで…」
「まさかコイツがここまでの性能を秘めていたとはな。面白い、使いこなしてやろうじゃねぇか。」
「凄いンマ… けんまでも悩んだあの構造を一日で修理した上にあそこまで改造するって一体何者ンマ…?」
「本人は"イリーガルな機械馬鹿"って言ってたけどね。そんな事より朝ごはん、用意しなくていいの?」
「忘れてたンマ!!」「けんまちゃん、まだ朝ご飯用意してなかったの!?なら私も手伝うから早く用意するよ!!」
けんまは六実に急かされながら、台所に朝食を用意しに向かった。
朝食を待っている間にテレビを点けると、どこの局も例の海上要塞と米軍及び海上自衛隊が交戦する様子が映されていた。
事態が事態なだけに当然と言えば当然なのだが、危機感と同時に違和感も伝わってきた。
今まで国内でここまで大規模な軍事テロが無かったので、この映像には複雑な感情を感じた。
しかし感心している場合でも無く、事態は深刻だった。
急遽招集された軍艦が海上要塞に攻撃するも、謎のエネルギーによって防がれ、反撃される様子が放映されていた。
あの要塞は緊急招集された艦とは言えど、軍艦の攻撃を物ともしない程に堅牢な物だった。
早く撃退しなければこのままでは"A.C."の部隊に制圧されてしまう、未曾有の国家存続危機でもあった。
放送は国内どころか世界中に恐怖と衝撃を与えた。一体あんな化物をどうやって倒すのか。
「カナチお姉ちゃん、電も行ったほうがいい?」「お前は来ないほうが身のためだろう。恐らくオレでやっとの所だ。」
「カナチさん、無理だと思ったら帰ってきてもいいのよ。」「分かってる。だがここまで来た以上、退く訳にはいかない。」
「お待たせンマ!朝ご飯出来たンマよ!」「…やけに今日は豪華だな。」
「カナチちゃんを私達も全力でサポートしたいから本気だしたわ!」「六実…」
「さて、けんまは先にセキュリティの解読の続きをしないといけないンマね…」けんまは飯を食べずに先に研究室に向かう。
が、すぐに出てきた。「何か分からないけどセキュリティが無効化されてたンマ… 誰かやったンマ?」
「あの人がやったんじゃないの?軍事通信解読したって自慢するくらいだし。」「恐ろしいンマ… その人って人間ンマよね?」
「一応人間よ。」(何だよ"一応"って…)
全員が食事を終え、出陣用意をする。
「…遂に決戦の時が来たか。」「えぇ。私だけでなく、皆がカナチさんの事を応援してるから… 絶対に帰ってきてね。」
「けんまも頑張るンマからカナチも負けないンマよ!!」「電も応援してるのです!!」
「無理そうなら私達も呼び出していいのよ?」「お前ら… よし、行ってくる。」
「カナチは絶対負けないンマ!」「…オレを信じろ。」
カナチは海上要塞に転送された。
海上要塞の小さな一室に降り立ったカナチ。外からはまだ砲音が聞こえる。
(妙な胸騒ぎがするな… 国家存続危機だからか?) カナチは何かを感じ取っていたが、それが何か分からなかった。
だがここで悩んでる時間は無い。カナチは小部屋から飛び出す。
カナチ小部屋から出て、真っ先に見た光景は不思議な物だった。
ぶら下げられてる訳でも無いのに宙に浮かぶ足場、宇宙でもないのに落ちていない水、所々で飛びかう謎のエネルギー球…
「何だこの空間… まさか別次元とかじゃないよな?」「一応GPSで捕捉出来てるンマが…」
カナチは浮いた足場に乗っても落ちないどころか、逆に上昇する。
「この空間一帯がトラップっていう訳か。」カナチは浮遊足場を次々に渡っていく。
浮遊足場を渡り抜けると、次は氷塊の間に出た。
しかし、この部屋も奇妙で、氷塊と燃え盛る炎が同じ空間に存在していた。
炎の側にある氷は何故か溶けず、炎も消えずに弾けながら燃えていた。
敵の構成も同じように、氷を吐き出す機械兵と火炎放射機を携えた洗脳兵が居た。
「…ここにも洗脳兵が居たのか。」カナチが敵を斬ろうとしたその瞬間、カナチの眼の前に電撃が落ちる。
「!!」カナチが上を見ると、放電装置を背負った機械兵が居た。
「流石に本命なだけあって守りは硬いか。」機械兵相手にウィルスを感染させてある程度減らせてるとは言えど、ここは敵の本丸。
並大抵の敵の量では無かった。「ならば!」カナチはバスターを構える。
「フォレストボム!」大地の力を固めた爆弾は機械兵に向けて飛んでいく。
炸裂した時に放たれた蔦は放電装置の僅かな隙間に入り込み、複雑に絡まり合う。
もう一度放電装置を起動した時、基盤がショートを起こし、内部から破壊する。
そのままカナチは残った2体も流れ作業の如く対応する。
「次だ!」カナチは更に奥に居る敵にも奇襲をかける。
機械兵に背後から斬りかかり、背中から両断する。そのまま側に居た洗脳兵にはバスターを連射する。
奥に居た機械兵もバスターで撃ち抜く。
そうしていくつかの部屋を切り抜けていったカナチだが、広く開けた部屋に出た時、カナチは目を疑った。
「そこに居るのは… 山岡!?何故こんな所に!」「よう、久しぶりだな。アンタも奴を追って来たのか。」
「あぁそうだ。分かっているなら先に進ませてくれ。」「おっと、そうはいかねぇ。"彼"にここを守れとの指令があった。」
「…そうか。」「だから俺はココでお前を倒す。」
「カナチ!知ってるンマか!?」けんまが通信機越しに驚く。「あぁ。アイツは… アイツはかつての仲間だ。」
拠点が騒然とする。「ど…どういう事ンマ!?」
「記憶が曖昧になってるが、これだけははっきりと覚えている。封印される前、オレはアイツと共に行動していた。
オレらは"A.C."を追っていた。ただ…」「ただ?」「それ以外の事が思い出せない。今覚えている事はこれだけだ。」
「何を一人で話している。お前の相手は俺だろ。さぁ、かかってこいよ。」「やるしか無いのか…!」
「いざ尋常に!」「「参る!!!」」
双方が剣を構え、お互いの隙を探る。歴戦の強者同士、いきなり突っ込むと反撃を喰らうのは分かっている。
カナチは必死に山岡の癖を思い出そうとする。山岡は鋭い目線でカナチの弱点を探る。
「どうした、以前のように突っ込んで来ないのか?」山岡がカナチを挑発する。
「あいにく以前どうしてたか思い出せないんでな。その挑発には乗らんぞ。」
「そうか、それは好都合。ならばこっちから!!」山岡が姿勢を低くし、弾丸のように突っ込んでくる。
山岡が手にした剣で斬りかかろうとするも、咄嗟にセイバーで防ぐ。
「そうだ!それでこそお前だ!」防がれたのを確認してから追撃しようとする。
「何故お前はオレに斬りかかる必要がある!」カナチも反撃の構えを取る。
「それはだな!"彼"が選ばれたからさ!」双方の斬撃が衝突する。
「"彼"とは誰の事だ!」鍔迫り合いしながら山岡に問う。
「教えてやろう!」山岡はカナチの斬撃を跳ね飛ばし、一旦距離を置く。
「"彼"とは私の同期… いや、我らが"尊師"だ!喰らえ!スクリーンディバイド!!」
山岡の剣から一瞬刀身が消えたかと思えば、何と離れた場所に居るはずのカナチを斬撃が襲う。
「ならばその"尊師"とやらに何を望む!」カナチも負けじと剣を携え一気に突っ込む。
「喰らえ!雷光閃!!」「遅い!!」何と山岡はカナチの斬撃を見てから回避した。
「その程度では"尊師"が望む"優しい世界"には適応出来ないぞ!」山岡がカナチの背後に回り込む。
「前より強くなってるが、まだ俺に追いついてないぞ!」山岡がカナチを羽織っていたマントで包む。
「奥義!アスパイアブレイク―」「させるか!昇炎斬!!」カナチはマントごと山岡を斬る。
山岡は寸前で回避したが、切っ先は山岡の髭を焦がす。「ほう… 少しはやるな。」
「当たり前だ。でなければここまで来れてないからな。」カナチは焼けたマントを払う。
「だが俺にはその斬撃に迷いが見える。だから俺に攻撃が当たらない。先に進めないのだ。」
「悩みだと?」「悩みを捨てきれてないからいつまでも俺の格下止まりなんだぞ!フミコミザン!!」
山岡が弾丸の如しスピードでカナチに斬りかかる。
「クソっ…!」カナチは反応したが、完全に防御する事は出来なかった。
「これが俺とお前の実力差だ!分かったか!」山岡は再び追撃の構えを取る。
「させるかっ…!!」カナチはバスターで咄嗟に山岡の腕を撃つ。
山岡の構えが解ける。「ほう、そんな物に頼るのか。お前らしくないな。」
「言ったはずだ、以前のやり方を思い出せないと。」カナチは再び立ち上がる。
「だが、思い出せないからこそ出来る事もある!フレイムアロー!!」
放たれた炎の矢は山岡の逃げ場を封じる。
「これでどうだ!水月斬!!」カナチは大きく振りかぶり山岡に斬りかかる。
「何だと!?」山岡はカナチの斬撃を防ぎきれなかった。
「…面白い、ここからが本番と行こうじゃないか。」
山岡は体制を立て直しながら笑うように呟く。
「我が力!"尊師"に認められ、"Colonel"(大佐)として認められた力を見せてやろう!!」
山岡の発した言葉と精神の昂りに同調するかの如く、山岡のセイバーが唸り、刀身が紅く染まる。
「今までの力は抑えていた物だという事を教えてやろう!クロスディバイド!!」
紅に染まった刀身は唸り、揺らめき、煙の如く形を失う。
同時にカナチを貫くように2つの斬撃が同時に発生する。
「ぐはっ…!!」
X字にカナチを貫こうとする斬撃は、強化されたセイバーの出力でもいなしきれないくらいの力だった。
完全に相手のペースになっている。このまま戦い続けたらカナチが負けるのは確実だ。
「おっと、今のはただのウォームアップだぞ。こんなのでくたばってたらこの先には進めないぞ。」
山岡が再びカナチを挑発する。カナチのセイバーを握る手にも力がこもる。
「ならば!!」カナチは飛び石を渡るかの如く、低い姿勢で一気に突っ込む。
「この!オレが!お前に!負けるなど!誰が!決めた!昇炎斬!!」カナチが怒涛の連続攻撃を叩き込むも、全てかわされてしまう。
―最後の一発を除いて。
揺らぐ炎は山岡のアーマーを焦がす。ようやくまともな一撃が入ったのだ。
「ようやくか。よく当てれたな。それだけは褒めてやる。だが… それだけでは足りん!!」
再び剣を構える山岡。その構えはフミコミザンの物だった。
「喰らえ!フミコミ―」「させるか!!」カナチは振り抜く寸前で山岡の剣を弾く。
「何!?」剣を弾かれた事に動揺する山岡。
「一度喰らってアンタの癖は何となく分かった。こっちも成長してない訳ではないんでな。」
「…そうだ。それでこそお前だ。お前は以前から"喰らって覚える"タイプだった。」
「…昔のオレの事か。」「俺は以前からお前のその能力が羨ましいと思っていたくらいさ。」
「他人の強烈な技くらい一度見たら誰だって覚えるだろう。」
「いや違う。俺が見た中でそんな事が出来たのはお前くらいだ。」
「…何が言いたい。」「つまりだな… お前は最初から戦うべくして生まれた存在なのだ。」
「戦うべくして生まれた存在…」「隙あり!!」山岡は動揺したカナチに斬りかかる。
「覚えてないだろうが言ったはずだ。"戦いは一瞬たりとも気を抜くな"と。」
咄嗟に反応して無理やり鍔迫り合いに持っていくカナチ。
「その反応速度、見事だ。ここまで来れただけあるな。」
カナチの剣を払い、再び距離を取る山岡。
「そしてお前は今この戦いの中でも洗練されている感じがするな。流石は天才だ。」
「そうか。だが―」カナチも山岡の如く高速で突っ込む。
「出来れば剣は振るいたくないがな!水月斬!!」
山岡も剣で防ぐ。「いつまでそんな世迷い言を言っている!!」
追撃体制に入るカナチ。「世迷い言だと?」カナチの剣に電撃が走る。
「山岡ァ!何故オレがこうしてお前と戦う事になったのか考えろ!雷光閃!!」
セイバーは山岡の頬を掠める。
「…今のオレは誰も殺したくない。昔はどうだったか知らないが、少なくとも今はそうだ。」
「フッ…」山岡はカナチの言葉を鼻で笑う。「何がおかしい?」
「争いの為に生まれた者が争いを拒むとはな… それがどれだけ無駄な事か分かってるのか?」
「…どういう事だ。」カナチは剣を突き出したまま山岡に問う。
「お前はだな… お前の信念を真っ向から否定する事が最も重要なのだよ!!分かるか!?」
「山岡… 貴様ァ!!」カナチがキレる。山岡と同じように、精神の昂りに応じるが如く、刀身が蒼く輝く。
「そうだ!その感覚だ!!」カナチの剣を即座に弾き、カナチを飛び越え距離を取る。
「お前の力は怒りによって解放されるのだ!!」山岡はクロスディバイドの構えを取る。
「怒りの力、どれ程の物か見せてもらおう!!クロスディバイド!!」2つの斬撃がカナチを襲う。
「見切った!!」カナチはいなす事すらせず避ける。そのままの勢いで山岡に突っ込む。
「覚悟しろ山岡ァ!!」怒涛の連撃で山岡に斬りかかる。
剣は荒々しくも力強い軌跡を残すが、全てかわされてしまう。
「どうした!それがお前の本気か!」山岡は剣で受けるどころか身体を軽く反らすだけで全てかわしてしまう。
しばらく挑み続けるも、一発も当たらない。息を切らすカナチと余裕の表情すら見せる山岡。
「何故当たらない…!」「さぁな。お前がそんな事も分からないとは俺は思わないぜ?」
剣を持つカナチの手には焦りの色が見え始める。当然ながらこの戦闘には他の仲間はついて行けてない。
カナチの中では怒りが焦りに変わり始めていた。怒りが強かった分、また焦りも強い物となる。
山岡が何もせずともカナチは窮地に追い詰められる。一体何が悪かったのか、今のカナチには見当も付かない。
焦りで周囲の音が聞こえなくなっていく。砲音も、山岡の声も、仲間の声も、自分の声さえも―
自分でも何を言っているのか分からず、知る手段も無かった。
山岡がカナチに止めを刺そうと一気に距離を詰めた時、カナチの脳裏に聞き覚えのある声がした。
「激流に逆らおうとする者は自らの身を滅ぼす。だが激流に同調する者はどうか?答えは自分で見つけよ―」
ふと意識が戻るカナチ。眼前には迫る山岡。
いつか聞いた師の言葉を思い出したカナチは最小限の動きで山岡の斬撃をいなす。
同時に忘れていた一つの技を思い出す。その技は未完成だったが、山岡の勢いを利用すれば完成しそうな予感がしていた。
(師匠、貴方の言っていたことの意味がようやく分かった気がした。言いたかった事はこういう事なんだな!)
自分の感覚に確信を持つカナチ。
「今の防御、見事だ。だがコイツはどうかな!!」再び猛牛の如し気迫で迫る山岡。
「甘い!!」山岡の斬撃の勢いを利用し、宙を舞うカナチ。(この感覚… 出来る!)
「何だと!?」斬撃を利用され、驚く山岡。空中で回転しながらセイバーを構えるカナチ。
「一刀両断!幻夢零!!」
強化されたセイバーの刀身がそのまま衝撃波となって地を割りながら飛んでいく。
しかしこの威力ではアーマーを粉砕するどころか山岡すら真っ二つにしてしまう。
「山岡ァ!よけろ!!」カナチは山岡に叫ぶ。
山岡もクロスディバイドで相殺しようとしたが、威力が高すぎて斬撃すら"斬り裂いて"しまった。
山岡は間一髪のところで避けたが、衝撃で壁にぶつけられる。山岡が着ていたアーマーの下には砕けたコア部分が見えていた。
彼も他と同じく、"A.C."の被害者だった。
「あれ… 俺はどうして…?それになんだ?この格好。」しばらくして山岡が目を覚ます。
「山岡、大丈夫か?」「えーっと、あなたは…」「オレはカナチだ。」
「カナチ…」山岡はカナチの名前を聞いてしばらく黙り込む。
「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」山岡が突如大声を上げる。
「ど、どうしたんだ!?いきなりそんな大声出して!?」不意の自体に驚くカナチ。
「カナチさん、早く奴を止めてください!!このままだと…!!」どうやら山岡は記憶が残っていたようだ。
「分かってる、鍵出してくれないか?」カナチに言われ、着ていたアーマー中を急いで探す山岡。
「あったコレです!早く止めてください!!」「確かに受け取ったぞ。お前は一旦拠点に帰ってろ。」カナチは転送マーカーを渡す。
「それ、付けたらオレの拠点に帰れるぞ。今動くのは危険だから一旦安め。」「お、おう。じゃあ気をつけてな。」
山岡は落ち着かぬ様子で拠点に戻った。拠点はざわめいたが無理も無い。今まで男性が居なかっただけに山岡の存在は異質だった。
「けんま、山岡はさっきと違って素は紳士だからそんな騒ぐ必要無いぞ。」
カナチは山岡を見送って再び歩みだした。
ここまで来れば玉座までもう一息、しかし奇妙な空間は奥へ奥へと広がっていた。
まるで現実世界と仮想空間の境目が分からなくなっているようだった。
しかし奥から何か強烈な物を感じるのでこの先に何かがあるのは確実だ。
カナチはひたすら奥へ進む。進むごとに仮想空間に近づいているような気もする。
敵も様変わりしており、いつの間にか洗脳兵はおらず、機械兵ばかりになっていた。
「…別世界に迷い込んでないよな?」「多分時空は乱れてないと思うンマが…」
カナチが更に進むと、シャッターを発見した。「ようやく玉座か。早いとこここから去りたいところだな。」
カナチが中に入ると、これまた奇妙な空間の中に奇妙な"何か"が居た。
「…お前ナリね、ひろあきを倒したのは。」「あぁそうだ。お前の名は何だ?」
「当職はカラコロス、この要塞の主ナリよ。」カラコロスはこちらを向き、首元から炎を吹き上げる。
「ここまで誰も来なかったナリが、ようやく誰か来たナリね。でも当職は忙しいナリ。」
「外の事か。」「●はい。でもお前には当職の邪魔させないナリよ!」
「カナチ、来るンマよ!」「分かった!」
「バトルオペレーション、セット!」「イン!」
「すぐに灰にするナリよ!」
カラコロスが戦闘意思を示した瞬間、空間が一瞬歪む。今まで絨毯だと思っていた物が突如パネル状に変化する。
カナチが困惑してる間に先に仕掛けたのはカラコロス。目の間から居なくなったと思えば突如上から降ってくる。
カナチは間一髪のところで避けるも、再びテレポートする。
「コイツ…!超能力者か!?」カナチが目で追うも、テレポートされて見失う。
ノイズとともにけんまから通信が入る。「―ようやく繋がったンマ。」「けんま、どうした?」
「どうやらカナチはカラコロスの力で一種の電脳世界に入り込んでしまったみたいンマ。」
「電脳世界… というと?」けんまと通信してる間にもカラコロスは休む間も無く猛攻を続ける。
「お互い見てる限りデータ化されてるっぽいンマ。だからその空間では―」
再びノイズが強くなって聞こえなくなる。同時にカラコロスの眼も光る。
カナチの眼前に謎の光が発生する。本能的に危険を察知したカナチは直様離れる。
光が大爆発を起こす。爆発が空間を揺らす。不思議なことに衝撃波と鼓膜を破るくらいの爆音は発生しなかった。
爆発が落ち着くとともに通信も再度安定する。「―カナチ!何があったンマ!?」
「分からない。ただアイツがいきなり爆発を起こしただけだ。」
「通信妨害ンマか…?まあいい、さっきの話の続きンマ。カナチの居る電脳世界では、全てがデータ化されてるみたいンマ。」
「…何となく察した。」「話が早いンマね。多分カナチの予想通り、データさえ書ければどうにでも出来る世界になってるンマ。」
「奴の動きは全部その影響か。」「カラコロスが有利になるコードなのは間違いないっぽいンマね。」
「書き換え次第で強化も弱体化もするって事か。」「そうンマ。だからけんまも―」再びノイズが強くなる。
再びカラコロスも動き出す。どうやらカラコロスの行動が止まると通信が安定化するようだ。
カラコロスはちゃぶ台返しの要領で床を剥がそうとする。
「させるか!」カナチもバスターを連射しながら突っ込む。
カラコロスが床を弾き飛ばす。パネル状の床は破片となってカナチのほうに飛んでくる。
「当たるか!」カナチは軽やかに飛んできた破片を飛び越え、カラコロスの懐に潜り込む。
「喰らえ!!」カナチは怒涛の猛攻をカラコロスに叩き込む。
しかしカラコロスからは血が飛び出る事もなく、それどころか傷一つすら付かなかった。
カラコロスは再びテレポートでカナチの元を去る。同時にけんまとの通信も安定する。
「―カナチ!」「どうもアイツが動くと切れるみたいだな。援護出来そうか?」
「分からないンマ。今やってみてるけど…」通信機越しにひたすらキーボードを叩く音が聞こえる。
カラコロスがようやくじっとしたかと思いきや、いきなり体が光りだす。
光が落ち着いたかと思ったら、カラコロスが放っていた光の色も変わった。
先程まで赤い炎のような光を放っていたが、今度は硫黄のような黄色い光を放っていた。
「光無きところに光を。」カラコロスがそう言い放つと、カナチの足元のパネルが突如電気を纏いだす。
そして次の瞬間、その電気に引き寄せられるかのように雷が落ちる。カナチは雷が落ちる瞬間にカラコロスのほうに突っ込んで回避する。
再びカラコロスを斬りつけるも、やはり傷は付かなかった。「けんま!応答しろ!」「カナチ!どうしたンマ?」
「カラコロスを斬っても傷一つ付かないがちゃんと攻撃は通ってるのか?」「ちょっと待ってほしいンマ…」
再びけんまはキーボードを叩く。「…あったンマ!どうやらちゃんとダメージは通ってるみたいンマね。」
「一応斬った感覚はあったから通る事には通ってたんだな。」「一応このくらいのデータなら…」けんまの打鍵音が加速する。
「よし、出来たンマ!これでカナチにもカラコロスの体力が見えるようになったと思うンマが…」
そう言われ逃げ回るカラコロスをカナチが見ると、確かに足元に数字が表示されていた。どうやらこれが体力らしい。
「攻撃が通ってる事が分かっただけでもありがたい。サンキューけんま。」「容易い御用ンマ!」
「当職の秘密を探るとはいい度胸ナリね。」そう言うとカラコロスは再び強く光りだした。
今度は体から翠玉のような光を放ち出した。
カラコロスが「身が震える。」と言うと、いきなり部屋自体が大きく揺れだした。
「カナチ!足元から何か来るンマ!」けんまがノイズまみれの通信でカナチに伝える。
カナチはそれを聞いて壁伝いに上へ上へと逃げる。
部屋の揺れが一段と大きくなった時、カラコロスが居るパネル以外を突き破るように巨大な木の杭のような物が飛び出してきた。
「あんなのに貫かれちゃお陀仏だな…」カナチは高所で杭が引っ込むのを待った。
不思議なことに、杭が引っ込むのと同時に割れて無くなったと思っていたパネルがどこからともなく出現する。
どうやらこの空間では自分達だけでなく、部屋自体がデータ化されてるようだ。
再びカラコロスは逃げ回る。カナチは動かずして上から落ちてくるのを待ち構える。
カラコロス視界から消える。もしやと思って上を見ると、やはり上から落ちてきた。
「来たな!」カナチは読み通りカラコロスを迎撃する。3段斬りに加え、昇炎斬も当てる。
カラコロスの足元に出ていた数字が大きく減る。「…どうやら弱点のようだな。」
「今のは痛かったナリよ。でもこれはどうナリか?」そう言うとまたカラコロスの体が光りだす。
カラコロスは瑠璃色の光を纏い、「始まりはいつも雨でした。」と呟くと、謎のエネルギーが上空で氷塊を形成する。
「裁きを。」カラコロスがそう言うと、空中で固定されていた氷塊が落ちてきた。
氷塊はカナチを追跡するように落ち、逃げ場を奪うように追い詰める。
カラコロスは次の攻撃の体制を整えている。「クソっ…!ならば!」カナチはセイバーを構える。
「雷光閃!」電撃を纏い、一気に突き抜ける。切っ先はカラコロスの腹を刺す。
「ナリッ!?」カラコロスは不意に攻撃されたからなのか、全身が麻痺して動かなくなる。
「今のうちに!!」カナチは畳み掛けるように連撃を決める。カラコロスの体力が残り300を切る。
カラコロスは再び翠玉色の光を纏い、カナチに「もうやめにしませんか。」と言う。先に仕掛けてきたのはそっちだろうが。
奴が翠玉色の光を纏ったという事はもう一度あの攻撃を出そうとしている。さっき分かったが、ギリギリ一発くらいなら入れる隙はある。
「身が震える。」そう言い放ち、再び部屋ごと揺らす。
「今だ!」カナチは壁を蹴り、回転しながら宙に舞う。
「一刀両断!幻夢零!!」放たれた斬撃はパネルを斬り裂きながらカラコロスを襲う。
カラコロスは逃げようとしたが、時既に遅し。強烈な斬撃はカラコロスを真っ二つに斬り裂く。
「自分の無力感… なぜ…こんなに…」カラコロスは最後に何か言っていたようだが、カナチには聞き取れなかった。
斬られた衝撃でカラコロスの体から何かのチップが飛び出てくる。カナチはそれを拾おうとしたが、その瞬間に山岡から通信が入る。
「カナチ!早く逃げろ!!崩壊するぞ!!!」山岡がそう言った瞬間、カナチの居た空間が再び歪む。
どうやらあの電脳空間はカラコロスの力で維持されていたらしく、息絶えると同時に元の空間に戻った。
そして同時に海上要塞自体も大きく揺れだす。明かりが消え、壁も崩れだす。
どうやらカラコロス自体が動力源になっていたようだ。要塞はゆっくりと落ち出す。
息絶えたカラコロスの体からは青白い光が発生している。カナチは急いでチップを拾い帰還する。
カナチが拠点に戻り、アーマーを脱ごうとした瞬間、拠点が大きく揺れだす。
「地震か!?」揺れはしばらく続いた。
揺れが収まって、カナチはけんまに拾ったチップを手渡す。
「山岡は大丈夫なのか?」「見た感じ、大きな怪我は無いンマ。」「俺を誰だと思ってるんだよ。」
「…その様子だと全然問題は無さそうだな。」「あの程度の怪我、回復を待つまでも無いぞ。」
「で、さっきの揺れは何だったんだ?」「…アレは奴が爆発したんだ。」
爆発と聞いて一同が騒然とする。「爆発…ンマ?」「あぁそうだ。奴の体で発生していた核エネルギーが抑えられなくなったんだろう。」
「という事はオレが見たあの光とも関係がある訳か。」「…チェレンコフ放射ンマね。」
「何だそれ?」「詳しい説明は省くけど、簡単に言えば物質中の原子が速すぎる時に出る光ンマ。大抵の場合、核施設関連で発生するやつンマ。」
不安になった電がテレビを点けると、海底でカラコロスが爆発する瞬間の映像が流れていた。
マイクをぶち壊す程の爆音や異様な揺れと同時に巨大な水柱が立つ瞬間が収められていた。
側に居た複数の軍艦は押し流され、海面が大きくうねる様子が映されていた。
その爆発で津波が発生したらしく、画面には津波警報の表示がずっと出ていた。
カナチは報道内容に衝撃を受け、一人部屋に戻る。心配した山岡はカナチの部屋に入った。
「お前が辛いのも分かる。"A.C."が何を考えていたのかは知らないが、お前は救世主なんだ。」
「…オレはアイツを倒して良かったんだろうか?」カナチは暗い声で山岡に問う。
「俺は倒すべきだと思ってたぞ。あのままだと国自体が滅んでいたかもしれん。それに―」
「分かった、しばらく一人で居させてくれ…」カナチはそう言って山岡を部屋から追い出した。
(カナチがあそこまで辛いのは分かるが、奴を倒し損ねてたらもっと辛かっただろうな。)
山岡は言いたかった事を心に秘めつつ部屋を出ていった。
今回の事件でカナチはしばらく部屋から出てくる事は無かった。