Stage4 -常磐-
―「どうしても麻酔を入れなきゃいけないのか。」「…ンマ。」けんまが縦に首を振る。「流石のカナチでも麻酔無しは耐えられないンマ。
常人が麻酔無しでやったらショック死するンマ。」「…そうか。」カナチが吸引麻酔用のマスクを付ける。
「多分カナチなら1日もあれば回復すると思うンマ。だからそれまで…」「分かった。長い説教はゴメンだ。」カナチがけんまの話を遮る。「分かったンマ。」けんまがスイッチを入れる。
「…それじゃ、おやすみンマ。」カナチにこの声が聞こえてるのか、そんな事を考えてけんまはその場を去った。
翌朝、けんまが起きてくると先に座間子が起きていた。「カナチさんの具合はどう?」「今のとこは問題無いンマ。多分カナチの体力なら高速再生機の出力を上げても大丈夫ンマ。」
「そう… 六実さんは?」「彼女はカナチみたいに体力が無いから高速再生機を使っても一週間は掛かるンマ。急所に攻撃が当たってないから回復は早いと思ってるンマが…」
二人は高速再生機の画面を見ながらカナチと六実の様態を話していた。
「…ねぇ、けんまさん。大阪の要塞、私が行っていいかしら?」「なっ、何言ってるンマ!?今出たら昨日みたいになるンマよ!?」
「大丈夫よ。昨日はゆっくり休んだし。 …それに私以外に出れる人は居ないでしょ?」「確かにそうンマが… 別に座間子が無理をして行く必要も無いンマ!」
「あら、私が無理してるとでも?心配性さんね。ちゃんと自分の体調くらいは分かってるわよ。」「…そこまで言うなら行ってくるンマ。」
けんまは半分根負けして朝食の用意をしに台所へ向かった。
座間子が朝食を待っている間に見ていたテレビによれば、あの工場地帯に立ち込めていた火は今朝早くにようやく鎮火したらしい。
夜を徹しての消火活動を強いられたあの炎は工場7棟を全焼させたらしい。現在は警察が捜査に入ってるとの事で、テレビには焼け焦げた外観しか映っていなかった。
二人は朝食を食べると出撃準備に移った。
―「左腕のケースにマーカーが入ってるから、コアを壊してマーカーを付けてほしいンマ。」「分かったわ。」けんまが座間子にミッションの説明をする。
「それじゃあ、行ってくるね。」「くれぐれも無理はしないでほしいンマ!」「大丈夫よ。」座間子はけんまに微笑みながら大阪に転送された。
大阪城公園に転送された座間子だが、眼前には元が分からないような光景が広がっていた。複雑に入り組む木の枝、アスファルトを割り線路まで伸びる根、
ダンジョンを構築するかのように絡まった蔦、そびえ立つ複数の大木― まるで森が人間に牙を剥いたかのようだった。
「自然を暴走させる能力ンマか…?」けんまが通信機越しにその惨状を見て驚く。「ニュースだと逆側しか映ってなかったからこんな事になってるとは思わなかったンマ…」
「人工的に作られた自然の要塞ってとこかな…」「ややこしいンマ。人造なのか天然なのかはっきりしてほしいンマ。」「でも行かなきゃね。」
座間子は槍を握り、鬱蒼とした森の中に入る。
森の中はまるで迷路のようになっており、何度も同じような光景が続いていた。「この道で合ってるのかしら…」「一応エネルギー反応には近付いてるみたいンマ。」
薄暗い森を進んでいくが、不思議な事に敵の気配はあまりしなかった。洗脳兵は所々に居たが、機械兵をあまり見なかった。それどころか機械兵を見かけたとしても、一切動かない物がほとんどだった。
「…なんでこんなに故障した機械兵が居るンマかね?」「さぁ…」「一応何らかのデータが手に入るかもしれないンマ。マーカーを使って転送してくれないンマか?」「分かったわ。」
座間子が故障した機械兵を転送する。(もしかしてあの人が? …まさかね。) 座間子にはこの事について思い当たる人が居たが、気のせいだと思う事にした。
しばらく進んでいくと、日が差す広い空間に出た。足元には複雑に蔦が絡まり合っており、下層の様子が見えた。しかし座間子がその広間に入った時、待ち構えていたかのように何かが乱入してきた。
「嫌…」その姿を見て座間子は生理的に嫌悪を覚えた。所々でもぞもぞと動くパーツ、黒く光沢を持った甲殻、大型の複眼、毛の生えた脚部、座間子の3倍はあろう巨大な体格―
まるで蟲のおぞましい部分だけを集めた風貌をしていた。頭では機械と分かっていても、身体が逃げようとする。引こうにも本物と見間違うムカデ型ロボが入り口の周りで多数徘徊している。
「やめて… 来ないで…」恐怖心に縛られた座間子の目には涙が浮かんでいた。けんまが必死に座間子に呼びかける。「座間子!アレは機械ンマ!虫なんかじゃないンマ!!」
そんな事は重々承知している。しかし本能がここから逃げ出そうとしている。座間子はどんどん追い詰められる。次第に逃げ場が無くなっていく。
遂に壁際まで追い詰められた。恐怖心で逃げられなくなった座間子を蟲型機械兵が襲おうとした時だった。
座間子に送信主不明のメッセージが入る。通信機は淡々と機械音声で読み上げる。
「なんとか権限掌握出来た 相手とのせめぎ合いでハックが相当困難になっている だが多少の時間稼ぎは出来る 完全に閉め出される前に倒してくれ」
そのメッセージには、署名代わりにこんな英文が綴られていた。
"There's no way back,the time is now for me."と。
通信が入ったと同時に敵はビープ音を出して動作を停止した。メッセージ通りならエラーでも吐かせて無理やり止めたのだろう。
座間子は落とした槍を拾い、再び動き出す。「"帰り道は無い、この時間は私の物なんだ" ね…」その言葉が座間子を励ましたのか、もはや恐怖心など無かった。
「…そうね、自分の意志でここに来てるからにはやらなきゃね。」座間子が再び槍を構える。脇を抜けて横に出た時、機械兵も再び動き出す。
機械兵は蜂型のドローンを卵を産むように放出する。「やっぱり怖い…」座間子は怯えるが、それでも果敢に立ち向かう。
彼女の決意が影響を与えたのかは分からないが、怯えを振り払うと同時に座間子を狙っていたドローンの挙動も不安定になる。急に姿勢を崩したり墜落して再起不能になったりした。
(そうね… 私は決して一人でないんだわ。)彼女は意を決して槍の力を放つ。「スピリット・オブ・ジ・オーシャン!」氷の双竜は残ったドローンに向かって飛んでいく。
氷竜はドローンを喰らう。喰われた残骸からは機械である証のように火花が飛び散る。
機械兵は一気に距離を詰めようと、脚を全て設置させるために倒れ込む。突進しようとしたその時、一瞬動きが止まる。座間子はその隙を見逃さず、死角に潜り込む。
ガラ空きになった空間に機械兵は構わず突っ込む。裏を取れた座間子には致命傷を与える絶好のチャンスが来ていた。
槍を構えた座間子だが、彼女の意思と関係無く槍が力を纏う。槍に纏った力は意志を持ったかのように自分から竜の姿を取る。
それも今まで使ってきたものと比べ物にならないくらい大きな竜の姿を。氷竜は形成されると同時に唸り声を上げる。―まるで生命が宿ったかの如く。
だが座間子はその氷竜を通じて何か感じ取っていた。1つはとても頼もしいオーラを。もう一つは座間子にはとても理解出来ない物だったが安らぎに近い物を感じた。
座間子が槍を構えて突進すると、氷竜もそれに呼応するかのように機械兵に喰らいつく。それも一度だけでなく何度も。
いくら硬い装甲を持つ大型機械兵とはいえど、氷竜の連撃は着実に装甲を削っていった。そして装甲が剥がれ、座間子は止めの一撃を放つ。
「落烈斬!!」槍は氷を纏い、騎馬槍の如し刀身を形成する。貫通力を増した槍は敵に空いた穴から内部機構を破壊し、遂にはもう一度装甲を貫通し機械兵を串刺しにする。
機械兵はその場に崩れ落ちる。座間子は恐怖に打ち勝ったのだ。「…やっと倒せたみたいね。」「一時はどうなるかと思ったンマ。座間子!頑張ったンマね!」
座間子が恐怖に打ち勝ったのを見届けるかのように、巨大な氷竜も音を立てて崩れる。「…ありがとうね。」座間子は氷竜の欠片に感謝を言う。
座間子が広間から出ようとした時、けんまが氷竜の残骸から何かを見つける。「座間子、ちょっと待ってほしいンマ!」「どうしたの?」「あの残骸からまだ電波が出てるみたいンマ。」
「どういう事?」「あの氷竜、多分中に何かあったと思うンマ。ちょっと調べてくれないンマか?」座間子が氷竜の残骸を調べると、1枚の基盤が落ちていた。
「なんだろ、これ。分かる?」「何かの部品だと思うンマが…?それちょっと持って帰ってきてほしいンマ。」「分かったわ。」座間子は基盤を拾って広間を後にした。
広間を抜けると、複雑だった道もほとんど無くなった。恐らく侵入対策してあるのはあの広間までだったのであろう。
しばらく行くと、玉座と思われる大部屋に着いた。「ここがゴール…なのかな?」「エネルギー反応見てる限りではそうっぽいンマが…」
しかしその大部屋は妙に小ざっぱりしていて誰も居なかった。―その時までは。
「よく来たわね、いらっしゃい。」天井から一人の少女が降りてきた。「あの蟲、あなたが壊したのね。見かけによらず大した度胸だわ。」
「座間子、気をつけるンマ。この反応、城主の反応ンマ。」けんまが座間子に警告する。
「えぇ、あのロボットは少し苦労したわ。」「あらそう。ならば少しは退屈しのぎになりそうね。まさかここまで来れる人が居るとは思わなかったもの。」
「何の偶然かは知らないけど、ここまで迷わず来れたわ。」(迷ってたンマよね…)「ならその"偶然"とやらをここで私にも見せて頂戴!」
敵はいきなり爆弾を放つ。「フォレストボム!」木の実のような爆弾は炸裂すると同時に大量の枝葉をそこら中に撒き散らす。
一瞬にして障害物を発生させると、敵は更に追撃体制に入る。「まだまだよ!」もう一度フォレストボムを放つ。
「くっ…!」座間子は飛んでくるフォレストボムを斬り落とすのがやっとだった。「あら、さっきまでの威勢はどうしたの?もうおしまい?ならこの十七実が直々に手を下す必要は無さそうね。」
「何ですって…!」座間子は再び槍を構える。「アイスジャベリン!」十七実目掛けて氷の槍を飛ばす。しかし一七実は余裕の表情を見せている。
「ホーネットチェイサー!」なんとバスターから蜂型のドローンを複数召喚し、槍を強引に相殺した。
「その程度の攻撃なら私が喰らうまでもありませんわ。行きなさい!」十七実は再びホーネットチェイサーを放つ。
蜂型ドローンが座間子に襲いかかろうとする。
しかしその時、襲いかかってきたドローンが急に全て動作を急に停止した。
「上手くいったンマ!座間子!」「けんまさん!どういう事なの?」「実はついさっき差出人不明のプログラムが送られてきたンマけど…」
(差出人不明… あの時の人?)「そのファイルがどうも敵の機械兵にピンポイントで感染するウィルスだったみたいンマ。感染するとシステムの制御権を乗っ取るバックドアを作るんだけど―」
「けんまさん、私にそういう話されても…」「すまないンマ。要約すると、あのドローンはこっちで制御出来るンマ!それじゃ早速…」
けんまがドローンを再起動する。「貴様…!一体何をした!!」「…これがあなたの言うところの"偶然"ってやつかな。」今や先程召喚されたドローンは座間子のオプションとして動いている。
「ならばもう一度召喚するまでだ!!」十七実はホーネットチェイサーを放つ。しかしそれに反応するように座間子のホーネットチェイサーも激しく動き出す。
なんとそれに呼応するかのように放たれたドローンが再びこちらに寝返る。「もうウィルスに感染したンマ!?なんて感染力ンマ…」通信機越しに見ていたけんまが驚く。
「…そんなにすごい事なの?」「凄いってレベルじゃないンマ!!これは…大戦でも通用する軍事兵器レベルンマ!!」けんまが興奮気味に話す。
「一度ならぬ二度までも!!もういい!ならばこちらから行ってやろうじゃないの!」十七実が勢いよく後ろに飛び退く。
「喰らいなさい!フライングインパクト!!」十七実が勢いよくこちらに突っ込んでくる。
座間子はアーマーによって強化された身体能力で回避したが、それでも座間子の反応速度では到底避けきれない速度だった。
「あぁっ…!!」左脚が敵の攻撃に喰らってしまう。「そう、それでいいの。大人しく私の退屈を紛らわせてくれればいいの。」攻撃を喰らった座間子の左脚からは血が垂れる。
「座間子!大丈夫ンマ!?」「平気よ… これくらい…。」「平気じゃないンマ!!座間子は人に余計な心配させたくないのは分かってるンマ!!」
「ありがとう、けんまさん。でも…」座間子が槍を使って再び立ち上がる。「でも、私が行きたいって言ったから最後までやり遂げないとね。」
座間子は覚悟を決める。(神様… どうか私を護って…!)「いでよ氷竜!スピリット・オブ・ジ・オーシャン!」「そのザマでまだやるとはねぇ… 私も見直したよ。」
座間子はドローン、氷竜と共に突っ込む。左脚から垂れる血が軌跡を描く。「一刀両断!」座間子が槍を振り上げる。
「よろしい!ならばその意気に迎え撃ってあげましょう!!」十七実も両腕を合わせ、斧のようになった腕部を振り上げる。
その時だった。座間子の高ぶる精神と覚悟に同調したのか槍が輝き出す。「OVERCLOCK ACTIVE」槍が電子音声を発する。
座間子は興奮して聞こえなかったのか、そのまま振り下ろす。「水月斬!!」同時に十七実も腕を振り下ろす。「割木斬!!」
相打ちかのように思われたが、結果は一目瞭然だった。なんと、槍は十七実の腕に付いていた刃を切り落とした。
しかし座間子も今の一撃で力を使い果たしたのか、槍の光が消えると共に倒れ込む。十七実は今の一撃で唖然としていた。
無防備になった十七実に蜂と氷竜が喰らいつく。蜂はアーマーを破壊し、氷竜はコアを喰らう。
コアを破壊され、力を維持出来なくなった十七実は気を失い倒れ込む。
しばらくしてから座間子が再び立ち上がった。「やっと… やっと終わったのね…」座間子の頬には涙が伝っていた。
「こちら座間子、回収をお願いするわ。」座間子は十七実と共に拠点に帰還した。
Stage5に続く