中編
そうこうしているうちにあっという間にもうすぐ一年というところまでやってきていた。相変わらず彼は定期的にやってくるし、贈り物をしてくるし、誠実さを保っていた。
「もうすぐ一年だね。父としてはこの一年の彼をみて本当に変わったと思うし本気だったのだと思っているよ。だからお前さえ良ければ許しても良いと思ってる」
「…」
「口下手なのは知っているよ。でも、答えを言葉にしないなんて不誠実な事はしてはいけないよ」
「…はい」
わかっている。わかっているし多分答えも出ている。
ただ自分が怖くて口に出せないだけだ。口に出した瞬間に何もかもが変わってしまうんじゃないかと…踏み出せないだけだ。
それに彼は女遊びを辞めたことで最近はさらに人気が上がっている。容姿端麗で優秀な公爵令息。そんな彼に私などが釣り合うわけがない。そんな言い訳ばかりを毎日繰り返している。
だがしかし無情にも日々は過ぎ去りついにその時がやってきた。リカードからドレスとアクセサリー一式が贈られた。こう言ったものが贈られるのは初めてである。
「フルーナ嬢。次の王太子の誕生日パーティーでこれを身につけて俺と踊って欲しい。どうやら君はあまり気持ちを口にするのが得意ではないようだから、これを着て踊ってくれたのなら結婚の了承と受け取らせてもらいたい」
その目は真っ直ぐに私を見つめて離さない。この一年で私の事を理解してくれたらしい。それが嬉しくもありこそばゆくもある。
「待っているから」
最後に一言だけ、だけれどもその一言にたくさんの気持ちがこもっていて私はリカードをまともに見る事ができなかった。
リカードが帰った後も玄関で下を向いて動けず心はぐちゃぐちゃで嬉しいも悲しいもいろんな感情が渦巻いていた。
「そんなに困るなら突き返しちゃえばいいんだよ」
兄が明るくなんてことはないと言うふうに言えば、
「そうだ!嫌なら父がこれに負けないくらい綺麗なドレスをあつらえてやろう」
父も負けじと明るく声をかけてくれる。
「だけど、後悔だけはしちゃダメだよ。少なくとも僕にはリカード様とお茶をしている時のフルーナはとても楽しそうに見えたよ」
そこでようやくゆっくりと顔を上げて兄と父と母を順番に視線を巡らせてから
「ギリギリまで考えさせてください」
その一言だけをどうにか絞り出して部屋へと足を向けたのだった。
***
結局私は答えが出せずうじうじと悩み続け部屋へ引き篭もった。ついにパーティーは明日である。そして今日までリカードは尋ねても来ていないし、贈り物もない。本当にこれが最後なのだろう。
「入るわよ」
軽いノックの音と共に入って来たのは今まで黙って見守ってくれていた母だった。
「あまり皆んなを心配させるものではないわよ」
そう言ってお茶の用意を始め、そのままとくに何かを言うわけでもなく優雅にお茶を飲み始めた。
「お母様は何も言わないのですか?」
「何を?」
本気でわからないと言うような顔をされてしまった。
「明日のパーティーのこと…」
もごもごと小さな声で囁けば母はクスクスと優しげに笑い出してしまった。
「ごめんなさいね。でも貴女の中ではもう決まっているのでしょう。どうせ周りの目やらなにやらを気にしているだけでしょうから」
母にはお見通しだったようだ。おそらく父にも兄にも。
「周りのことは気にしないで貴女がどうしたいかで動きなさい。後のことはお父様やお兄様がどうにかしてくれます。なんだったら公爵令息であるリカード様が1番どうにかしてくれる方だと思うわよ」
まさにその通り過ぎて何も言葉が出てこない。
「ドレスは2種類用意しておいてあげるから明日の朝、侍女たちにはどちらを着るか自分で指示なさいね」
さてそろそろと母が部屋を後にする。
1人になったところでようやく母が置いて行ったお茶とお菓子を口にしながら思う。私は家族に恵まれたなぁと。
***
それから一夜明け現在、父と母と共に馬車に揺られている。
ついに当日となり、ベットの上で身体を起こしながら「朝が来てしまった…」なんて思いながら魂が抜けそうになっていたのがつい先程ではなかったかと思いながらまた魂が抜けそうになっていた。
兄は自分の婚約者をエスコートするために先に出てしまっている。父は母をエスコートする。
では私は?
「あら?そんなの決まってるじゃない」
嬉しそうな母の言葉に顔が真っ赤になったのは言うまでもない。
真っ赤な顔と心臓が落ち着いて来た頃に王宮に到着となった。父と母に続いて馬車を降りればそこには麗しの貴公子然としたリカードが待っていた。
「とても綺麗だ」
それはそれは嬉しそうに。でも少し気恥ずかしそうに。リカードに贈ってもらったドレス一式を身に纏った私を見て言葉をくれた。
「子爵様、子爵夫人。本日はお嬢様をお借りいたします」
「えぇ、よろしくお願い致します」
リカードは両親に挨拶をしてから私に手を差し伸べる。
「レディ。私にエスコートさせていただけますか?」
「よろしくお願いします」
ほんのり頬を染めて彼の手を取って微笑み合う。
そうして会場までエスコートされて行けば会場にざわめきが走る。あの公爵令息が鉄壁令嬢をエスコートして来たのだ。しかもあの鉄壁令嬢が公爵令息と目を合わせて微笑んでいるではないか!と。さらに驚いたのは王太子殿下へお祝いを述べに行った時だ。
「まったく、君たちのせいで今日の私の誕生日が霞んでしまったよ。でも良かったな。愛しの鉄の花を手に入れられて」
「それは申し訳ありません。が、俺はその言い方は好きじゃない。彼女は可憐な愛らしい花だよ」
そう言って私を抱き寄せれば王太子殿下は苦笑いで返す。
2人は同い年で親戚関係にもあるということで幼い頃から大変仲が良いそうだ。
「それは悪かったな。フルーナ嬢、彼の今までの行動を許せとは言わないけどどうかこれからの彼を信じてやって欲しい。…なんて僕が言わなくてももう信じてるんだろうけど。2人で幸せにね」
「殿下ありがとうございます」
後ろも詰まっていたのでまた後日にでもと告げられて王太子の前を辞する。しばらく2人で挨拶をして回っていたがご令嬢方と思しき視線が鋭く刺さり続けていた。
どのぐらい経った頃だろうか楽団がダンスの曲を奏で始める。それはもう一つの彼との約束を果たす合図でもある。
「レディ。どうか私と…いや、俺と踊って欲しい」
「はい。喜んで」
それは2人の間で婚約が成立した証で私が誰かと関わることへの一歩を踏み出せた証。
踊っている間はまるで夢のようなひと時で御伽話の主人公になった気分だった。気付けば二曲三曲と踊り続けて私の体力の限界がくる。飲み物を受け取りながら壁際にエスコートされるとなんだか落ち着く。
「ごめん。嬉しすぎて調子に乗った」
「いいえ、私も楽しかったです。こんなに楽しかったのは初めてで…」
まだ、夢を見ているのではないかとさえ思えてしまうくらいに心がふわふわしていた。
「明日、改めて君の家に求婚にいくよ」
「はい。お待ちしております」
ふわふわした気持ちのままその日は閉幕のギリギリまでパーティーを楽しんだ。