2話 中村千尋の相談
翌日、朝礼前に何事も無かったかのようにいつもの面子と駄弁っているがどうしても千智を目で追ってしまう。それは授業中も変わらず心臓の鼓動が少しばかり速くなっているのを感じる。
時々、そんなわけない勘違いだ。と自分の額をコツコツと叩き気持ちを落ち着かせて授業に集中するよう促す。
放課後になると昨日のように陽に話しかけられる。
「今日も行っていい?」
「ごめん。今日は都合が悪いんだよ」
「まさか·····彼女でも?」
「んなわけないでしょー」
どこからかひょっこりと現れた千智が直人が否定をする前に小馬鹿にするように否定する。自分で言うならまだしも、他のやつに否定されるのは傷つく。
「え?安達くん彼女できたんです?」
「やめてください」
立て続けに夏希があまり聞いていなかったのか話の断片だけを切り取って疑問をぶつけてくる。その疑問はより直人の心を傷つけていく。夏希は悪気がないので余計タチが悪いように感じる。
「まぁまぁ、元気出せよ」
「うるさい。帰る」
陽が直人の肩に腕を回してくるがそれを払って足早に帰宅する。
独りで帰宅途中、千智から『夏希たちにバレないようにちょっと時間置いてから行く』と連絡があったので部屋でのんびりくつろぐ。
20分ほどすると家のインターホンが鳴り、同タイミングで千智から着いたと連絡が入る。バレないように早く入れた方がいいだろうと思いそのまま玄関に向かいドアを開ける。
「さっきぶり〜」
「はよ入れ」
「はーい。コーラね」
直人に着いてそうそう注文をしてズカズカと家に入り込む。呆れつつコーラを準備して千智に渡す。話があると聞いて招き入れたのに千智はテレビゲームの電源を入れ始める。
「話があるって呼び出しといてそれかよ」
「すぐ話してもでしょ?ほら安達もこっちこっち」
コントローラーを足立に差し出してソファーをポンポンと叩いて早く座るよう促す。意識しているせいか少しのことでもドキッとする。直人は少し離れたところに座ってゲームを始める。
ゲームを初めて数十分が経過すると先程までゲームでのリアクションや直人を馬鹿にする発言しかしなかった千智がゲームをしながら話しかけてくる。
「相談の内容ってのはね、夏希と篠崎の話なんだけど」
その話だしに想像していたことではないと少し安堵する。直人は千智に好意を持っている訳では無い。ただもしそんなことがあれば友情関係が崩れかねないと身構えしていたがそれも杞憂だったようだ。
「あの2人のこと見てるとさなんか身体がホワホワするというか幸せで満たされるというか、恋愛ドラマみてるみたいな感じになるんだよね。わかる?」
「まあ、わからんこともない」
ゲームをプレイしながらなので所々止まりながら相談の内容を話し続ける。
確かに最近の2人を見てると直人や千智、他のクラスメイト達と話している時とは違った雰囲気を感じるのは確かでその雰囲気を感じると少し口角が上がりそうになる。
「私思うに、2人ってお互い気づいてないだけで両思い的な何かだと思うわけよ」
「なるほど」
おそらく千智の言うお互い気づいていないというのは自分自身の恋心にすら気づいていないという意味だろう。それには同じように見てきた直人も納得する。2人はモテすぎるが故に恋というものを知らない。かく言う直人も逆にモテ無さすぎて知らないわけだが。
「んでさー、半年くらい見てきて、私あの2人ってかなりお似合いだと思うんだよね」
「美男美女だしな」
「だから私2人をどうしてもくっつけたいんだよ。そしたらさ告白の抑制にもなるかなって」
陽と夏希は入学当初から学年問わず注目の的であり、1ヶ月に2回はどこかに呼び出されて告白をされている。2人は告白を受ける気はないらしく、勘弁ということらしい。
容易に受けてしまえばイジメ問題に発展するケースもあるが陽と千智の主人公ヒロインカップルならそんなことも起こらないだろう。
それに男女両方にとっても強大なライバルが減ることは恋に繋がるチャンスが広がるわけでなんならありがたいと思う者もいるだろう。
「確かに名案だな。つまり、どうやって陽と瀬良さんに自身の恋心を気づいてもらうかってことかが味噌ってことだな」
「そゆこと。だからさ···考えてきたんだけど·····」
ゲームに集中しての会話の途切れではない空白が続く。それでも直人と千智はゲームをし続けているためコントローラーのスティックを弾く音が耳によく届く。
「なんだよ」
静寂に耐えきれず画面を見ながら声をかけ催促する。それに応えて千智も口を開く。
「あの2人には身近な人のカップルが必要だと思うんだよね。そしたら身近な恋に感化されて2人も影響されるかなって」
「誰かにお願いするからその人の選別を手伝えってことか」
直人はカップルという単語を聞き、自分と縁のないことだとそう結論づける
「身近な人って意味わかってる?」
「どーゆうことだよ。あと俺お前らしか友達居ないから他のやつのことなんて手回せないぞ。それにあいつほとんどの時間俺と喋ってるから身近なやつなんて·····。おいまさか·····」
嫌な予感がしてゲームそっちのけで千智の方を見ると不敵な笑みを浮かべた千智がこちらを見ていて目が合う。
「私たちが恋人になっちゃおっか」
直人にとってあまりに聞きなれない単語で右から左に聞き流すことが出来ず頭の中で乱反射する。ついでに胸の鼓動が早くなる。
「っちょっとごめん、もう1回」
聴き逃してはいないがもう一度確認せざるを得ない。告白紛いのことをしているため千智はやはり恥ずかしかったのか視線はゲーム画面に向いていて、頬と耳が紅く染まっているのが横顔なのでよく分かる。さらにその気を紛らわすようにコントローラーを荒々しく操作している。
「だから、私たちで恋人のフリをしよってこと!」
千智は少し涙目になりながらさらにコントローラーを荒々しく操作する。頬はさらに紅潮する。
直人はと言うとコントローラーをその場に落として固まる。その直人の心情に連動するようにゲーム内の直人のキャラは相手モンスターに背後から奇襲されている。
「···だち·····安達!」
千智のこちらを呼ぶ声にハッとする。
「···返事は?」
上目遣いで涙目の目でこちらの様子を伺っている。まるで恋する乙女のように見えてしまう。その仕草がいくら千智だからと言っても可愛いのは確かで危うく好きになりかける。
ここで断りでもすれば面倒事は無くなりそうだが勇気を出した千智を傷つけてしまうのではないか。
本当の恋人になるのではなくあくまで恋人のフリ。友情関係も壊れることは無い。断った方がこの先の関係がが悪くなりそうでさえある。
千智の条件、身近な人の条件にも1番合っているのが直人達だ。
フリであることがバレない自信もある。しかし不安は募る。だがこれ以上悩んでも先延ばしにするだけだ。
直人も覚悟を決める。
「わ、わかりました」
目線を千智から逸らして答える。男らしくはないがこれが直人の精一杯だ。
再び千智の方に目をやると安堵と羞恥を含んだ顔でこちらを見ている。
それがやけに可愛く見えたのはこちらが変に意識をしているせいだろう。
鼓動がより一層の早くなった。