3話.夜襲
「おい、今度弟のロッソの所に行くから準備しておけ」
「弟のロッソ?ああ、貧乏くじを引いたヘタレか?」
酒を飲みながらランドルは複数の男達と何やら話し込んでいた。
「おそらくアイツが相続した山にお宝が眠っている、だからあんな不良債権の邪魔な山を売らずに残しておいたんだよ。それで親父は言いなりに出来る馬鹿ロッソを当てがったんだよ。アイツはヘタレだから力で捩じ伏せれば簡単に口を割るはずだ」
「確かに、あの狡猾なジジイならやりかねないな」
「ははは、全員でボコるか」
とても辺境伯の息子とその友人達の会話とは思えない内容だ。
「ついでにアイツの女も貰ってやろうぜ、若くて顔はかなり良い、生意気そうなのも悪くない」
「まじ!?また弟の女を取るのかよ!?」
「わははは、酷い兄貴だな」
酒が入っているだけに下品な会話で盛り上がる。
「おいおい、人聞きが悪いな。俺は友人から頼まれて都合の良い女を紹介しただけだぜ?あんな頭の悪い女は誰だって願い下げだぜ」
「友人って例の遊び人の侯爵家の四男坊だろ?アレに引っかかる女なんて久しぶりに見て笑ったぜ」
「フラれて落ち込んでいる弟を見て大爆笑している兄貴も大概だけどな」
「「「わははは」」」
愚か者達の酒宴は朝方まで続いた。
「社が綺麗になって嬉しいな!シシガミも喜んでいる!」
晴れたある日に二人は山頂まで登り、社の手入れに来ていた。コノハナはシシガミが喜んでいると言っているが、ロッソは全く微動だにしないシシガミが喜んでいるようには全然見えない。
「えっと、建屋の中も掃除しても良いのか?」
「うん!やって!」
決してコノハナは掃除を手伝おうとしないのでロッソは思わず苦笑いしてしまう。
「何というか、ここでずって寝ていたのか・・」
社の中は板の間で簡素な祭壇があるだけだった。
「ベッドのフカフカを知ってしまったら、もうここで寝れなくなった」
コノハナはすっかりフカフカの虜になってしまったようで、ちょっと前まではここで雑魚寝をしていたのが信じられない様子だ。
「えっと・・・祭壇になんか凄い水晶玉があるんだが?」
祭壇の中を覗くと、見る角度で色が変わる不思議な水晶玉が鎮座しており、それが特別な物だと一目で分かった。
「これは要石、雷獣達がやって来れないのはこれのおかげ」
「マジかよ、凄い重要アイテムじゃないか!」
興味本位で触らなくて良かったとロッソは心底思う。
「安心しろ、昼間は私の神通力で境界を守っている。これは私の神通力が使えなくなる夜だけしか使わない」
「・・・そう思うとコノハナは本当に神様なんだな。あっ!やっぱり俺も跪いて名前に「様」をつけた方が良いのか?」
改めてロッソはコノハナの事を気安く呼び捨てにしてはいけない気がしていた。
「やだ!そんな事をしたら離婚だ」
わざわざ隣にやって来て頬を膨らませる。全ての仕草が可愛いらしくてロッソは苦笑いする、その様子を見ていると神様相手にこんな態度で良いのか悩んでいた自分が馬鹿馬鹿しくなる。
「分かった分かった、それじゃ掃除するから待っててくれ」
「頼む!」
本当にコノハナは見ているだけなので思わず吹き出してしまう、ただそんな些細な事が幸せだと感じてしまう。
しかし異変はその日の夜に起きた。
「ヒヒーン」
夜中に松風のいななく声でロッソは目が覚める、こんな夜中に何事だと身体を起こす。
「馬の足音?」
耳を澄まして外に聞く耳を立てる、何となくロッソの脳裏に嫌な予感がする。
「コノハナ、起きろ」
隣で静かに寝息を立てていたコノハナを起こす。
「なーに?」
寝ぼけ眼で起きる、ロッソは問答無用でコノハナを抱き上げる。
「なな何?ついに、もしかして、ついに子作りを!?」
勘違いするコノハナを見ていると緊張感が解けてしまう、説明が出来ないまま2階へ移動し、外がよく見える部屋に入る。
「何だアイツら」
窓から複数の人影が見える、そして馬から降りて別荘へと近づいてくる。
「ふん!賊なんて私の神通力で・・・」
コノハナが天に手をかざすが何も起こらない。
「・・・夜は使えないんだろ?」
「そうだった!!」
コノハナの力は夜になると本当に無力化されるようだ、己の無力さに頭を抱える落ち込んでしまった。
ガコンッ!
下の方で何かが壊れる音がする。どうやら扉を壊そうとしているみたいだ。
「どうしよう」
コノハナが怯えている、このままでは二人とも危ない。
「どこだ?」
「いないぞ」
「2階か?」
下の方で男の声がする、その中に聞き覚えのある声があった。
「まさか・・・ランドルか?」
実の兄が夜襲をしかけてくるとは思わなかった、それと同時にやるせない気持ちになる。
「ロッソ・・・」
察したのかコノハナが心配そうに声をかけてくれる。
「大丈夫だ、取り敢えず逃げよう、捕まったら何をされるか分からない。ちゃんと捕まってて」
再びコノハナを抱き上げると窓に体を乗り出す。
「雨樋を掴んで・・・」
手を伸ばして雨樋を掴む、しかし体重をかけると簡単に壊れてしまった。
ドスンッ!
そのまま地面に落ちてしまう。辛うじてコノハナが怪我をしないように背中から落ちる事が出来た、しかし息が出来ないくらいの激痛が背中に襲い掛かり悶絶する。
だがランドル達は待ってくれないので、痛がっている暇はない。
「おい、何か外で音がしてないか!?」
「あそこだ、いたぞ!」
ロッソは痛みを堪えて立ち上がり、コノハナを抱き抱えたまま山へと走り出す。靴を履いていないので足が物凄く痛い、それでも我慢して山の中へと走りだす。
「くう、朝になればあんな奴らなんて」
コノハナが悔しそうに声を漏らす。ロッソは後ろから迫ってくるのが分かるのでそれどころではない、とにかく山の奥へと入っていく。
「はあ、はあ、はあ、夜の山だから何とか撒けたな」
しばらく進むと追手から撒けたのを確認できた、疲労からコノハナを抱き抱えたまま座り込む。
「ロッソ、足が!」
コノハナの悲鳴で気がつくが、裸足で山の中を走ったから足が血だらけになっている。
「これぐらい大丈夫だ」
「大丈夫じゃない!!」
怪我をした足を見てコノハナが泣きだす。どうすれば良いのか分からずにオロオロしている、まるで何も出来ない自分を責めている様だった。
「私が、何も、何も出来ないから、ゴメンなさい、私は足を引っ張ってばかりで」
泣いているコノハナを抱き寄せる、コノハナが泣き止むまでそのままの抱きしめている。
「足の治療はしないとな、一回山を降りるか」
コノハナが泣き止んだ所で再び抱き上げて立ち上がる。
「自分で歩く!」
抱き上げを拒否しコノハナは自分で歩こうする。
「そんな事をしたらコノハナまで足を怪我するだろ、ただでさえ普段から歩かないんだから無理するなよ」
「でも」
再びコノハナを抱き上げる。
「ゴメン」
「謝らないでくれ、惚れた女性に何度も謝られるのはキツいって」
ロッソは冗談ぽく言ったつもりがコノハナは潤んだ瞳で見つめてくる。
「ヤバイって、そんな顔で見られると自制心が無くなる」
「えっ?はっ!?」
ボソッと呟いたつもりだったが聞こえたようだ。照れ隠ししで誤魔化し笑いをしながら山を降りていく。
「誰もいないな?」
人の気配はしないので足の治療のために別荘に入る、扉は破壊されて家の中を物色したようで散々に荒らされていた。
「何か悔しい・・・」
二人の空間が土足で踏み躙られてコノハナが悔しそうに呟く、勿論ロッソも同じ気持ちだ。
「まずは治療しよう、医療具は・・・」
「神通力が使えれば簡単に治せるのに」
傷を見て悔しそうにコノハナが呟く。
「ところで何で日中しか神通力が使えないんだ?」
ずっと疑問に思ったので治療をしつつロッソは改まって尋ねてみた。
「それは私が花の神様だからだ、花はお日様の光で花を咲かせ、夜の寒さを耐え忍ぶものだ、その決まりは私も一緒なんだ」
コノハナという名前から植物と関係あるものと想像していたが、花の神様というのは納得だ。
「ははは、神様でも万能では無いんだな」
「そういう万能ってのはきっと上の神様を指すんだよ」
神様でも上下関係があると思うと思わず吹き出してしまう、それでは人間と何ら変わりがなくて笑えてしまった。
薬を傷口に塗ったおかげで痛みは引いてきた、足を包帯でグルグル巻きにして何とか歩けるのも確認できた。
「ねえ、外に誰か来た」
外を見張っているコノハナが鋭く声を上げる。慌ててコノハナの場所へいく。
「くそ、このまま松風に乗って朝まで逃げようと思ったのに」
外を見ると大勢の人間がおりロッソは絶望する、この人数から逃げ切るのは不可能だ。
「ねえ、見て。あれってディッカっていう人じゃない?」
「え!?」
暗がりでよく見えないが松明の灯りでチラリと見えた顔に見覚えがある。
「本当だ!父上もいる、アドルフまで!?」
もしかして助けに来たのかと思ったが、警戒を解かない方が良いと思いコノハナを残してロッソだけ外に出ることにした。
「ロッソ!無事か!?」
父親のジョージ・エドウィンがロッソを見つけて駆け寄ってくる。
「宝石商から聞いて飛んで来たんだ、まさか実の弟を襲おうなんて」
悔しげにジョージが拳を握る。
「だからアイツに分領するのは反対だったんだ、こういう事をするのを分かっていたはずなのに。夜襲をかけると一報を聞いてから動くなど遅すぎる」
兄のアドルフ・エドウィンが吐き捨てるように父を叱責する、それに対してジョージは反論出来ずに小さくなってしまう。
「無事で本当に良かったです、実はあの後ランドルの一味の動向を注視していたんです」
ディッカが色々と動いてくれていたみたいだ、ロッソは深々と頭を下げて感謝を伝える。
「それで奥様は?」
「ああ、無事だ、別荘の中で待機してもらっている」
コノハナを心配するディッカが尋ねてくる。
「おお!そうだ!結婚したとは初耳だぞ!何で報告しない!どこにいる!?」
アドルフに詰められていたジョージがチャンスと思い話題を変えようとする。
ドガァァァン!!!
突然轟音が鳴り響き、空が急に明るくなったと思ったら突然大粒の雨が降り出す。
「ロッソ!不味いぞ!!」
別荘からコノハナが慌てて出てくる。突然、見知らぬ女の子が別荘から出てきてジョージ達は戸惑う。
「え?もしかして嫁って」
「まさか・・若過ぎじゃないか?」
ロッソと見た事もない少女が親しげに話しているのでジョージとアドルフは混乱する、一方のロッソ達は周囲の視線など関係なく何やら話し合っている。
「何が起こっているんだ!?」
「アイツら要石を取った!このままじゃ境界が消えてしまう!!」
まさかの展開だ、ロッソ達を追いかけたランドル達が山頂まで登って行くとは思わなかった。そこからは悪い予感しかしない、何も知らないランドル達が社の中にある珍しいお宝に手をつけない訳がない。
「すぐに元に戻さないと雷獣が山を降りてくる!!」
「くそ!急ごう!!」
すぐにコノハナを抱き上げると山頂の社に向かって走り出した。
読んでいただきありがとうございました。
最終話は19時頃に投稿します。