2話.結婚しよう
その日から二人の奇妙な同居が始まった。
「馬だ、馬だ、馬だ!可愛いなぁ」
移動用に購入した馬に対し過度な愛情でもって愛でる、本当に動物が好きなようだ。
「一緒に行くか?」
「行く!」
嬉しそうに馬に跨り、一緒に街へと向かう。
「可愛い彼女だな!」
不思議な事に街の人にコノハナの姿は見えるようだ、ロッソの影響なのかは分からないが街の人から「可愛い」と言われて嬉しそうにしている。
「こんな可愛い服を・・・買ってくれるのか!?」
十二単衣という服では不自由過ぎるので服屋に入るとコノハナは目を輝かせる、服を買うだけで何時間もかかってしまった。
「よし帰るぞ、松風!」
「何だよそれ?」
買い物を終え、大荷物を持って帰ろうとすると馬に対して珍妙な言葉を投げかける。
「このお馬さんの名前だ!松風!!カッコいいだろ」
「変な名前」
思わずロッソは吹き出すと突然足に激痛が走る。馬が話を理解しているかのようにロッソの足を踏んでいるのだ。
「痛い痛い痛い、何で俺の足を踏むんだ!」
「あははは、さすが松風だ!」
まさかの馬の攻撃にされるロッソであった。
「今度は私が山を案内してやろう!出ておいでシシガミ」
別の日に今度はコノハナがロッソに山を案内すると提案してくる。神通力とよばれる不思議な力で巨大なヘラジカを呼び寄せる。
「乗って良いのか?」
「うん!早く乗って」
ビクビクしながらヘラジカの背中に乗る、コノハナは嬉しそうにロッソの前に座る。そして分かっているかのようにヘラジカは静かに歩き出した。
「おい、あれって魔物か?初めて見た」
ヘラジカの背中に揺られて山の奥へ向かう、そこでロッソは生まれて初めて魔物という存在を見た。巨大なライオンのような怪物が目の前を歩いている。
「あれは雷獣だ、とっても怖い」
「雷獣!?大丈夫なのか?襲われないか?」
山に凶悪な魔物が闊歩しているなんて思いもしなかった、心配になって周囲を見渡す。
「大丈夫だぞ、このシシガミに乗っていれば誰も見る事は出来ないはず」
このヘラジカにそんな力があるとは思わなかった。
「ちょっと待て、俺とコノハナが会った時にシシガミが見えてたぞ?」
ロッソが不思議に思って尋ねるとコノハナは体重を後ろにかけて見上げる。
「あれは日が沈む寸前で私の神通力が弱まっていたからだな」
「そう言えば夜になると神通力ってのが使えないと言っていたな」
ロッソは見上げてくるコノハナを見てある事が思い浮かんだ。
「大叔父がコノハナの事を見えなかったのってシシガミの力じゃないのか?」
「・・・あっ!」
今更ながらに気がついた様だ。
「ぷっ、あははは、何だよ、自分で自慢しといて気がついてなかったのかよ!」
「ははは!そうか!誰にも気づいてもらえない理由がやっと分かった!あははは」
シシガミの上で二人で大笑いする。
「ははは、なんて事ないな、てっきり俺に隠された力があるかと思って勘違いしてたぞ」
ロッソは先日までの勘違いが今更ながら恥ずかしくなってきた、するとコノハナはロッソの両手を自分を抱える様に前に持ってくる。
「ロッソには不思議な力があるぞ!ほらっ、私をこんなに笑顔にしてくれる!!」
可愛すぎてロッソはコノハナを直視できない。
「一人じゃないのはこんなに楽しいのだな、私はずっと一人だった」
湿っぽい言葉にロッソは胸が痛くなる。
「一人は辛いな、俺も婚約していた女性に裏切れ、みんなに馬鹿にされて一人で苦しんでいた時があった。やっぱ誰もいないと辛いよなぁ」
つい最近までの自分を思い起こす。
「裏切れた?何で?」
興味津々に聞かれて苦笑いする。もうすっかり吹っ切れているのでロッソは回想しつつ思い出す。
婚約者にいつの間にか二股され、条件が良い相手に乗り換えられ、ショックで実家に引き篭もっていた事を話す。それで何をやる訳でもなく日々を過ごしていた、見かねた父親にこの山の管理を頼まれ渋々やって来た事も素直に話した。
「酷い奴だ!そんな女がいるなんて信じられん!!」
裏切った婚約者に憤慨するコノハナ、こんなに親身になって怒ってくれる人間は周囲にいなかった。それはロッソの心が救われるような思いだった、思わずコノハナを強く抱きしめる。
「真剣に向き合ったつもりでも、それが相手に伝わらないのは辛かった・・・」
あの時の事を思い出す、やはりまだ引きずっているのに気づき、自分の女々しさが嫌になる。
「良い良い、おかげで私がロッソと会えた。私はこんなに笑う事が出来て幸せだ。ロッソと会えて幸せだ」
優しい言葉にロッソは涙が止まらなかった、しばらくロッソの啜り泣く音だけが静かな森の中に聞こえるだけであった。
「やべ、かなり恥ずかしいな」
泣き止んだロッソが恥ずかしそうに笑う。
「ふふふ、やっぱり私と伴侶となるか?」
コノハナの悪戯っ子ぽい笑いにロッソは真顔になる。
「神とか関係ないなら・・・俺と結婚してほしい」
「お・・・」
コノハナは急に恥ずかしくなったのか俯いたまま口を開く。
「・・・一人は嫌だ、寂しいのも嫌だ、それを約束してくれ」
「ああ、約束する」
俯いて小さな声でロッソに語りかける、ロッソはその声が聞こえるように強く抱きしめて約束する。
しばらく二人だけの時間が流れる。
「はふふふふ」
「何だよ、その笑いは」
コノハナが誤魔化すような笑いにロッソも笑えてくる。
「そうだ!せっかくなら結婚指輪を作ろう!!」
思わぬ提案にロッソは笑う、やっぱりコノハナも女性だと実感する。
「じゃあ、今度は大きな街に行こうか」
「違う、作るの!」
コノハナがシシガミに何か言うとシシガミは軽やかに走り出す、森のさらに奥へ進み、谷を下り、地面の切れ目を飛び跳ねる様に降りたち、大きな洞窟の中に入っていく。
「ここは?」
「私のとっておきの場所だ、キラキラがいっぱいある」
ロッソは自分の目を疑う、目の前には様々な色の水晶や鉱物が地表に剥き出しになっており、詳しくないので分からないが物凄い希少な鉱石だと安易に想像できた。
「あった、コレだ!指輪と言ったら金剛石だ!」
シシガミから降りたコノハナが神通力で鉱石を取り出す。
「え?これは・・・まさかダイヤモンド!?」
ロッソはコノハナから渡された鉱石を見て驚きすぎて気絶しそうになる。
「こんな大きなダイヤモンドは見たことない、どれだけの価値があるか想像も出来ないぞ」
思わず下世話な事を口にしてしまう。
「む、今日はこれまでにしよう。そろそろ帰らないと日が暮れてしまう。神通力が使えなくなると雷獣に見つかってしまう」
確かにさっきの雷獣に襲われたらひとたまりもない、ここはコノハナの言う通りにする。再びシシガミ乗ると一路帰路に着く、軽やかに走り出すと跳ねる様に谷を登って行く。闊歩する魔物達を無視して走っていき、日が落ちる前に別荘に到着してしまった。
「それにしても山の裏側に魔物があんなにいるなんて」
食事の用意をしながらロッソは呟く。
「山頂にある社を境界に奴等は来れないようになっている、だからあの社は大切にせねばならない」
出す料理をつまみ食いしながらコノハナが説明する、あの社は境界の役目になっているらしい。
「代々エドウィン家がこの地を守っている理由があった訳だ」
納得しつつ次々と料理を平らげていくコノハナに視線を送る。
「明日も買い出しに行かなきゃなぁ」
神と呼ばれている存在がこんなに大飯食らいとは思わなかった。
「さあ行くぞ松風!」
翌日、コノハナと一緒に再び馬に跨る。
「今日は少し大きな街にいくぞ、そこで指輪を作ろう」
「おお!結婚指輪だな!!」
嬉しそうな顔でコノハナが後ろにもたれてくる。
山から少し離れた場所に大きな街がある、ここなら宝石商がいるのでダイヤモンドを指輪に加工も出来る。
「ただランドルの縄張りなんだよなぁ」
次兄のランドルが分領された場所なのが問題だ、ランドルは事あるごとにロッソを馬鹿にしており、昔から苦手にしていた。
「まあ、派手好きだから王都から出てこないだろう」
「どうした?」
ロッソの心配を他所にコノハナが無邪気な笑顔を見せる。
「いーや、何でもない」
取り敢えず誤魔化して馬を走らせる、時間はかかったが無事に辿り着いた。
「大きな街だな」
「ここなら宝石の加工職人がいる、あそこだな」
豪華な建物の中に入る、自分達が明らかに場違いなのは良く分かる。訝しむ目で見られるが、職員の中に知っている顔がいた。
「ロッソ様?」
あまり会いたくなかったが、婚約者に宝石をプレゼントした時に相談した宝石商と目があってしまった。
「やあ、久しぶりだな」
笑顔を取り繕って挨拶をする。
「どうされました?おや?その方は?」
「私はロッソの妻だ!名をコノハナという」
コノハナが無邪気に自己紹介する。
「え?・・・妻ですか?あれ?以前の方は?」
唖然とする宝石商にロッソは苦笑いで誤魔化す。
「色々あってね、彼女とは別れたんだ」
「それにしても・・・随分と若い方のようで、いえ、何でもありません。それでは今日はお二人の指輪を?」
商人らしくビジネスライクになる。ロッソは頷くと荷物から大きなダイヤモンドの塊をチラリと見せる、商人は目ざとくそれを見つけて顔色を変える。
「・・・奥の部屋へ」
「話が早くて助かる」
商人に案内されて個室が用意される。
「いやはや、こんな巨大なダイヤモンドの原石は見た事がない・・・一体どのようなルートで?」
「それは言えない、こっちにも事情があってね。聞かないでくれるとありがたい」
探りを入れてくる商人にロッソは牽制する。
「これを使って指輪を作ってほしい、出来るか?」
「いえいえ、こんな大きなダイヤモンドで指輪を作ったら重たくて仕方がありませんよ。どうでしょう、手頃な大きさにカットして、残りを我々に売っていただけませんか?」
決定権はロッソにはないのでコノハナの顔を見る。
「いいぞ、まだまだ沢山ある」
「え!?」
コノハナが口を滑らせる、慌ててロッソがコノハナの口を塞ぐが商人は聞き逃さなかった。期待を込めた目で見つめてくるのでロッソは咳払いを一回して背筋をピンと伸ばす。
「悪いが詮索はやめてくれ、これ以上詮索をするのなら他を当たる」
「いやいやいや、申し訳ありません。我々としたらダイヤモンドを売って頂ければ幸いです、是非取引を続けましょう」
ロッソの牽制に商人はすぐに掌を返す。
「それではサイズを測りましょう、リング部は純金でよろしいですか?デザインはこの中から」
「うん、コレが良い」
コノハナがサンプルのデザインを嬉しそうに眺めている、それを見てロッソは少しだけ安堵した。
「いつぐらいに完成する?」
少しだけ考えてロッソは頷く。
「そうですね、1ヶ月ほど時間を頂ければ。お代金はダイヤモンドの買取から差し引きいたしますか?」
「ああ、それで良い」
商談が終わり部屋の外に出ると、ロッソが一番会いたくない男がなぜかここにいた。
「何でお前がこんな所にいる?」
次兄のランドルが近づいてくる。宝石商だから出くわす可能性があると思ったが本当にいるとは思わなかった。
「やあ、色々と用事があってね、もう帰るから」
「待てよ」
用事は終えたのでコノハナを連れて外に出ようとする、だが立ちはだかる様に前に立つ。
「何だその女は?」
コノハナに嫌な視線を向ける。
「妻だ、結婚したんだ」
「何だと?」
コノハナもランドルの視線に嫌悪感を抱いたのかロッソの後ろに隠れる。
「随分と若いなぁ」
ニヤニヤしながら値踏みしている、実の兄でもその姿に嫌悪感を覚える。
「そんなシケた野郎より俺の方が良いだろ?宝石を買ってやるから来いよ」
厚顔にも程がある、ロッソも流石に怒りを抑えられない。
「お前は無理だ、お前は穢れている」
「あ?」
ロッソの後ろに隠れているコノハナが嫌悪感をそのまま口にする、その言葉にランドルは表情を変えて掴みかかろうとするがロッソはすぐにその手を払う。
「後ろにアンタの連れがいるんだろ?義姉さんとは違う女だな?」
ランドルが最低なのは知っている、王都の別宅に本妻がいるにも関わらず、羽目を外すために時々領地にやってくるのだ。
「ねえ!!見て!!すっごい宝石!!」
目ざといランドルの女が部屋の奥にあるダイヤモンドを発見し勝手に入ろうとする。商人が慌てて阻止して隠そうとするがすぐにランドルも見つける。
「何だそれは!」
「い、いえ、これは」
ランドルはすかさず商人に詰め寄る、商人は困り果てた様子でロッソを見る。
「これは私とロッソの指輪を作るためのものだ!触れるな!!」
ここでコノハナが話をややこしくする。
「なんだと・・・」
いやらしい視線でランドルがロッソ達を見てくる。
「くはは、お前にはこんな物を手に入れるツテなんてないだろ!どこで盗んだ?」
これは罠だとロッソは直感で感じる、しかしコノハナはヒートアップしている。
「これは山でロッソと見つけたんだ!盗んでなんてない!」
売り言葉に買い言葉で出所をバラしてしまった。ランドルがニヤつくがロッソは毅然とした態度で前に立つ。
「山は俺が分与されたものだ、他者の土地に勝手に入ることは許されない」
「は?家のお荷物が何を言っているんだ?」
睨み合う二人、ロッソが引かないのを見てランドルは態度を軟化させる。
「考えてみろ、扱いきれないお宝をお前が持っていても意味がないだろ?家の為に有意義に使おうぜ」
耳打ちで汚い言葉をかけてくるがロッソは聞く耳を持たない。
「ダメだ、俺はあの場所の意味を知った、あそこは人が迂闊に手を出してはいけない場所だ」
「・・・ふーん」
頑なに断るロッソにランドルは含みのある笑みを見せる。
「まあ、いい、今度遊びに行ってやるよ。いいだろ兄弟なんだからよ」
そう言うとランドルは女を連れて出て行った。兄の態度を見てロッソは大きく溜息を吐くしかなかった。
「・・・ごめんなさい。なんか余計な事を言ったっぽいよね?」
しおらしくコノハナが謝ってくる、
「いや、あれは俺の兄貴なんだ、こちらこそ不快な思いをさせてしまった、ごめんな」
ロッソも深々とコノハナの頭を下げて謝る。
「ダイヤモンドを別の人間に見つけられた我々も不手際があります。ここに深く陳謝します」
商人側から二人に謝る、見つけられたのはランドルの女が勝手に部屋を覗いたからであり、それこそ不可抗力だった気もするが二人は謝罪を受け入れる。
「アイツの事だ、何するか分からないな・・・すまないが一つ頼まれてくれないか?」
ロッソが商人に改まって耳打ちする。
「領主の長兄アドルフと父と面識はあるな」
言わんとする事が分かり商人は頷く。
「さっきの事を伝えてくれ。他者の所有地に不法侵入しようとしている事や、妻以外の女と遊び回っている事、弟の妻を口説こうしている事もな」
「よろしいのですか?」
商人が聞き返してくるがロッソは頷く。
「長兄のアドルフは冷徹だがルールに対してはしっかりと守る男だ、特に不貞などは一番嫌っているはず。父上はあの場所の意味を知っていると思うからありのままを伝えてくれ。ついでに結婚の報告をしていないから伝えておいてくれ」
「はっ!?私がお伝えするのですか?そのような大切な事を!?」
実は結婚したのがつい最近だから伝えていないのだ、本当は手紙を送ろうと思ったが都合よく伝言してくれる人が見つかったからお願いする事にした。
「報酬は渡すから頼むよ」
商人は奥にある大きなダイヤモンドを思い出して生唾を飲み込む。
「貴方様とは良き付き合いをした方が今後良さそうです。報酬は結構ですよ」
お互い含みのある笑いを見せる。
「君の名前は?聞いてなかったよね?」
「ディッカと申します、以後お見知り置きをお願いします」
二人は固い握手をしてその場を後にした。
「さあ、嫌な思いをしたからな、いっぱい食べ物を買って帰ろう!」
「うん!松風も待ちくたびれているしな!」
自然と二人の手が重なりあう、そのまま二人は市場のある方へと歩き出した。
読んでいただきありがとうございます。
続きは明日の夕方頃に投稿します。