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TTS 過去からの贈り物  作者: 加藤爽子
Case 2.島根孝太朗
6/37

不満

「いらっしゃいませ」


 島根が入口をくぐると静かな店内に女性の声が響く。青い絨毯は程々に毛足が長く、今まで歩いていたアスファルトとは異なり、柔らかい感触がした。

 清潔感のある紺のスーツ姿の女性店員に入口で軽く用件を確認されて、パーティションで区切られたカウンター席に案内される。

 思いの外座り心地の良い白い椅子に内心感心しながらも、周囲にキョロキョロと視線を漂わせてしまう。

 隅々まで清掃が行き届いた綺麗な店内ときっちりとスーツを着こなした店員の落ち着いた雰囲気が、何のお店か分からなくて混乱させられる。

 もちろん、未来へ荷物を送るという特殊な配達業だと知って訪れているのだけれど、秤やら段ボールやらが置かれて雑然とした宅急便の集配センターとあまりにも違う様子に店を間違ってしまったのではないかと混乱したのだ。

 壁に貼ってある香川陽菜の宣伝ポスターが目についてようやく気持ちが落ち着いてきた。コマーシャルのワンシーンを切り抜いたそのポスターがここがTTSであることを示してくれていた。


「サービス内容の確認を」


 島根はカウンターテーブルの向かいに座った女性店員に改めて用件を告げた。


「それでは、サービス内容のご案内をさせて頂きます」


 女性特有の柔らかい声が丁寧に説明してくれる。左胸に付けられたネームプレートには『宮城』と書かれていた。

 話の内容を要約すると、宅配業者とは違って独自開発されたシステムを使って未来へ荷物を送り届けてくれるらしい。

 その送り先は、『タグ』と呼ばれる情報チップが埋め込まれたプラスチックっぽい素材で出来たプレートだ。宛先は特に必要なく、そのタグの存在が全てのようだった。

 つまりタグがアラートを鳴らすまでは、日本国内であれば自由に送り先を移動出来る。

 島根には、その仕組みも技術も皆目見当がつかなかった。

 あまりにも現実離れした内容にただただ本当にそんなことが出来るのか?と思うばかりだ。

 それでも、自分は卒業記念に使えるかどうかをメンバーと検討しなければいけないので、今の話の概要が書かれたパンフレットを多目にくれるようにお願いしたところ、宮城という名の店員はにこやかに束になったパンフレットを用意して差し出した。

 その後もタグの動作やら、禁止事項の説明やらを受ける。火器や生き物など、配送出来ないものは普通の宅急便と変わらないが、荷物検査はX線などを使って国際空港並かそれ以上に厳しくチェックされるようだ。

 『生命活動を維持できない』なんて涼しい顔して淡々と言われてギョッとした。

 しかし、手紙を送る分には禁止事項に引っ掛かる要素は無い。


「十年となりますと、基本料2,700円にプラスして、一日あたり1,390円のお支払いになりますから、閏年を考慮して三千六百五十ニ日間で、5,078,980円になります」

「ご、ひゃく、まん……」


 あまりにもの高額に島根は言葉を失った。卒業記念の予算額から到底支払えるものでは無かった。銀行の貸金庫の方がまだ安いのではないだろうか。

 島根は逃げるように店を後にした。

 次のミーティングの場は前回の雑談モードから一転して荒れた。


「何でそんなに高いんだ」

「卒業記念どうすんだよ?!」

「あー前回の打ち合わせの時間返して欲しい」


 そんなこと島根に言われても困る。ただ悪い予感がしたから下調べをしただけで、TTSを提案したのも島根では無い。

 「今のうちに分かって良かったじゃないか」とその場をとりなそうとするが、「誰かさんが余計なことをした」なんて言われて我慢できる程、大人ではなかった。

 勢いのままに職員室へと向かい、先生に卒業記念実行委員会の辞退を申し出た。

 島根の申し出に慌てた先生の執り成しで何とか打ち合わせが前向きに進むようになったが、「短絡的に過ぎる。そんなんじゃ推薦取り消しになるぞ」とお説教されやっぱり納得がいかなかった。それでも、お互い渋々謝り合って、記念樹を植える方向で話がまとまった。

 ある意味記憶に残る卒業記念になったものの、これまで順風満帆だった学生生活にケチが付けられた気持ちになった。

 先生の目が有る事もあり、形だけでも水に流した不満は学校で漏らすことも出来ず、自宅で溢れることになる。

 島根には年の離れた妹がいつ。その妹の紘子(ひろこ)がうんうんと肯きながら聞いてくれるものだから、ますます熱弁してしまう。


「TTSは絨毯や椅子にお金をかけるくらいなら、料金に反映すれば良いのに」

「本当に孝兄(こうにぃ)の言うとおり!」


 紘子は、委員会メンバーへの不満から始まって先生への愚痴に、果てはTTSやそのコマーシャルに出ている香川陽菜への批判まで、島根の鬱屈した思いに水を差すことなくひたすらに肯いてくれた。

 おかげで「お兄ちゃんが言うことは全部正しい」と全肯定のブラコンな妹に話を聞いてもらって、島根は随分とすっきりとした。

 卒業前に翳りが見えた高校生活だったが、最後はなんとかやりきったという気持ちで終えることが出来たのだ。


 そんな島根のさっぱりとした想いとは逆に、彼が垂れ流した不満が紘子の中では澱になっていた事が判明するのは、まだ先の話。

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