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TTS 過去からの贈り物  作者: 加藤爽子
Case 1.熊本晃
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クリスマスイブの夜

 家に帰った熊本を妻と息子が迎える。皐太は興奮して熊本の側をなかなか離れなかったが、着替えるために自室へ戻った際に何とか隙きをついて子供部屋にタグを置いてきた。

 妻が用意した靴下は、靴下というより赤い布を縫い合わせたズタ袋だったので思わず忍び笑いをしてしまう。

 ベッドの枕元には置けない大きさなので、まるで玄関マットのようにベッドの脇の床に敷かれていた。

 マットのような赤い長方形に、一応靴下のつま先部分を意識して一つの角だけぽっこりと飛び出した形をしている。正直、靴下としての機能は皆無だ。もちろんプレゼントが入る大きさで、と指定したのが自分だということは熊本もちゃんと覚えているので、頑張ったんだなぁという感想はあるのだが、その不格好さに笑ってしまうのはどうしょうもない。


 皐太に後追いされながらお風呂と食事を済ませて皐太と二人で子供部屋のベッドに入る。

 常夜灯にした薄暗い部屋の中で息子とコソコソと小声で幼稚園であったことを聞いていた。

 いつもはもう寝ている時間だからウトウトとしている皐太に布団を掛け直していると、どこからかチリリリーンとまるで風鈴のような音がする。その音にさっきまで瞼がくっつきそうになっていた皐太が目を開いた。


「なんのおと?」

「ん。メールでも届いたのかな」


 ベッドの足元にある赤い靴下が仄かに青い光を放っているのを皐太の視界から逸らすために、枕元に置いたスマホを手にして画面を覗き込む。青い光は三十分前。まだ早い。


「えー、メールのちゃくしんおんじゃなかったよ」

「そうだったかな?ああでもメールが届いていた」


 四歳の息子から「ちゃくしんおん」なんて難しい言葉が出てきて驚いた。子供はすぐに大人の真似をして言葉を覚えていく。

 今届いたわけでは無いけれど、未読だったダイレクトメールがあったのでその内容を確認してスマホを枕元に置き直した頃には、予鈴と青い光は収まっていた。

 目を覚ました皐太が再び幼稚園の話をコソコソし始める。

 静寂の中なので子供の高い声はよく通るが、恥ずかしがり屋さんのサンタクロースのために精一杯寝ているフリをしているつもりなのが可愛い。


「それでね。カズくんはえんとつがないからサンタさんはこないっていってるの。

えんとつなくてもまどからくるよね?」

「皐太が良い子にしているから、煙突が無くてもちゃんとサンタさんは来てくれるよ。窓からかどうかは分からないけどな」


 幼稚園の友達の話はいつの間にかサンタクロースの話になった。そこに再び予鈴が響く。

 皐太はハッとして窓を見つめたが、きっちりと閉められた窓には変わりなく、ただチリリリーンという音だけが繰り返される。


「すずのおとだ!」


 興奮した皐太が体を起こしてジングルベルを歌い始めた。

 確かに鈴の様な音ではあるが、サンタクロースの鈴の音はシャンシャンシャンと表現されるので決してこんな風鈴の様な音では無いが、「鈴がなる〜♪」とご機嫌で歌っている皐太に水を差す真似はしない。

 十分前を報せる黄色い光は同じ暖色の赤い靴下と常夜灯に紛れて先程の青い光よりは目立ってはいない。それでも皐太が気付いたら靴下の中を見てタグが見付かってしまうかもしれなかった。


「歌っていたらサンタさんに夜更しする悪い子だと思われるかもしれないよ」


 熊本は足元の靴下とは名ばかりの赤いマットを皐太の視界から隠すように上布団を持ち上げる。皐太は父親の言葉に慌てて歌うのを止めて布団に潜り込んだ。

 しばらくはじっとしていた皐太だったが、十分前の予鈴が無くなるとモゾモゾと動き始めて熊本の体に上半身を乗せて子供部屋の様子を伺っている。

 一番に気にしているのは窓、それから扉。何かが見えるわけでもないのに天井も見回している。

 そのまま横たわる熊本の体に頭を乗せて息子がウトウトとし始めた時、チリリリーンと三度目の予鈴が鳴った。

 ハッと顔をあげて息子が窓、扉、天井を見回す………そして。


「パパみて!ひかってるよ」


 興奮して小さな手で熊本の体をパシパシ叩いた。

 息子に促されて体をひねると、足元に置かれた不格好な靴下から赤い光が漏れていた。

 心做しかチリリリーンという鈴の音がさっきよりも大きく響いている。

 やがて予鈴と赤い光が消えるとさっきまで無かった膨らみが出来ていた。

 皐太の歓声が聞こえて、呆けていたことに気付いた。

 熊本が電気を付けると皐太がベッドから飛び出して四角く膨れて益々不格好になった靴下の中から見覚えのある紙袋を引っ張り出した。


「えんとつがなかったら、まほうでプレゼントをくれるんだ!」


 その息子の言葉に、自分の目論見通りになった事にホッとする。想像はしていたけれど想像より遥かに魔法みたいだった。

 大成功の結果に熊本の顔も緩みっぱなしだった。

 次の言葉を聞くまでは。


「サンタさん、わざわざショッピングストアでおもちゃかってくれたんだね」

「………そう…だ、な」


 なんで紙袋に入れたままにしたのか。自分の迂闊さに目眩がした。近所のショッピングストアの名前が印刷された紙袋が憎らしい。


「…サンタさんもショッピングストアに行くんだな」

「うん!」


 皐太のその笑顔は本当に満開で…ただ気付いた事を言っただけで何かを疑っている訳では無い。

 大成功が成功に下方修正されたが、失敗では無かったのが救いだ。このやるせない気持ちは妻や部下の石川にでも聞いてもらって、昇華させるしかない。

 クリスマスイブの夜は少しの苦さを熊本の胸に残して更けていった。

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