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TTS 過去からの贈り物  作者: 加藤爽子
エピローグ
37/37

ご来店心よりお待ちしております

国道一号線、桜田通りとも呼ばれる歴史ある道に面したビルの一階。

 入口側は全面ガラス張りで、足元から三分の一あたりの場所にグリーンとオフホワイトで二本のラインが引かれている。

 丁度入口となる自動ドアより右側のガラスに鈴蘭に似た釣り鐘のような花と檸檬のような楕円の葉っぱのマーク、合わせて筆記体のような流れる文字で『TTS』と書かれていた。新しいロゴマークだ。

 そのロゴの植物は、鈴蘭ではなく実は馬酔木である。

 以前はブルーを企業のイメージカラーにしていたが、一部経営陣のパワハラ事件が発覚し、企業イメージをがらりと変えてしまったのだ。

 馬酔木の花言葉には『献身』『犠牲』というものがある。

 マイナスイメージの花言葉ではあるが敢えてそれを選ぶことで、事件を忘れないという新社長の意思表示にも思える。


 店内の照明は明るく、足元にはダークグリーンのカーペットが敷かれている。

 待ち合いのソファーが置かれたスペースと、パーティションと観葉植物とで区切られたカウンターがあるのは以前と変わらない。


「いらっしゃいませ」


 背筋の伸びたスラリとした女性がそう言って出迎えてくれる。穏やかだけどよく通る声が耳に心地いい。

 オフホワイトのブラウスにダークグレーのスカートにグリーンのベスト。以前の制服よりもカジュアルな雰囲気だ。

 相変わらず、どの女性も背筋がピンと伸びていて、佇まいが美しい。

 初めに声を掛けてくれた女性が空いているカウンター席に案内してくれた。


「島根さん、お久しぶりです」

「先月、石川になりました」

「それはおめでとうございます」


 島根紘子、もとい、石川紘子と話すのは、今年三年目になる宮崎あかりという名の店員だ。


「結婚といえば、うちの両親も入籍したんです」

「わぁ!それはおめでとうございます。それなら、今は岡山さんですか?」


 紘子はちらりとあかりの左胸にあるネームタグに視線を走らせたが『宮崎』のままだった。


「職場は旧姓で通してます」

「ああ、なるほど」


 紘子とあかりは顔を見合わせて笑う。

 それから、社長交代の後で初めて話すことができた岡山を思い出す。

 紘子には技術的な事はよく理解らないが研究者としては優秀だったらしく、本社と本店にしかなかった転送システムは、社長交代後から二号機、三号機とどんどん増えており、今では主要都市全部に店舗が出来ていた。


「その岡山所長から折角もらった割引券、失くしちゃったんですけど、宮城さんから送ってもらったコピーの写真で、使ってもいいですか?」


 正確には、内部告発の書類に化けてしまったのだが、紘子はそれをあかりに伝えるつもりは無かった。真実を知る人は少なければ少ない方が良い。

 事件発覚からおよそ一年が過ぎていたのだが、予想より遥かに急成長を遂げているTTSに、紘子は過去の自分の選択を褒めてやりたいと嬉しくなった。


「勿論。そのコピーも宮城から預かってますので大丈夫です」

「そういえば宮城さんの姿が見えないですね」

「宮城は本社栄転になりました。新社長の秘書になっています」

「へー。秘書似合いそう」

「新社長が研究畑の方で、うちの父と二人で研究所にすぐ籠もろうとするから大変だって零しています」

「あははは。想像つきます」


 困ったと言わんばかりに眉を八の字に下げたあかりは、どこか父親の岡山所長に似ていた。

 新社長の山口明彦は研究所の所員だった事を紘子は知っている。それこそ交代劇を書き立てたのは紘子自身なのだから。

 前社長の孫で名前が似ている事もあり、TTSを続けさせる為には全然違う人物だと丁寧に記事にする必要があった。

 その気遣いが功を奏したのか、それとも、雑誌の発売日と同日に現役大臣の汚職事件が発覚し、大きなニュースの陰に隠れたのが良かったのか、あるいはその両方だったかもしれない。世間ではTTSの事件はそんなに大きく取り上げられなかった。

 ちなみにその汚職事件をテレビ局にリークしたのは紘子の大先輩である滋賀武史だ。

 割引券が化けたTTSの裏顧客リストから、よりセンセーショナルな人物をピックアップして裏付けを取ってテレビ局の知り合いに流していた。会社にはバレないようこっそりと。

 普段の仕事を熟しながら、別件の裏付けを取ってしまうのだから、滋賀は相変わらず食えないおっさんだ。


「それで、お預かりする荷物はそちらの紙袋でよかったですか?」


 当時を思い出して物思いに更けてしまった紘子は、あかりの言葉に慌てて頷く。


「私の誕生日に取材出張が入ってしまって…。それで、CMの香川陽菜を真似てケーキを焼いたんです」


 正確にはケーキを焼いたのは香川の親友であって香川では無い。そしてその親友は亡くなっているのだ。

 TTSの企業イメージを一新した際に別のCMに切り替わり、あのCMも全く見なくなったが、真似たくなるほど紘子には印象的だったのだ。


「……縁起、悪くありません?」


 声を潜めて聞いてくるあかりに首を横に振る。


「逆にいいかと思って」


 今や人気女優の香川陽菜は、新しいTTSのCMにも出演している。ここで切られたら旧TTSの事件に関わっていたみたいで女優生命に傷が付く、というのが彼女の言い分だったようだ。


「それに自分の誕生日なのに贈るんですか?」

「そう。会社に送り付けてリモートパーティするの」


 きしし、と笑いながら紘子は、篤志の会社の昼休みの時間帯を指定した。

 きっと篤志の上司の熊本や同僚達が一緒に祝ってくれる事だろう。

 勿論、出張から帰ってきたら二人でちゃんとしたお祝いもしてもらう。


 一連の手続きが終わって問題なくタグが手元に来ると紘子は幸せそうに表情を緩ませた。

 そして、クーラーのきいた店内から陽炎立ち昇る暑い外へと歩き出す。


 その後ろ姿にあかりは丁寧に頭を下げる。


「またのご来店心よりお待ちしております」




まさかの季節真反対ですみません。クーラーという文字を見るだけで寒さに震える……。

最終話は、岡山と滋賀の会話をメインにするかこっちかで悩んだんですけど、女の子達の会話の方が華やかでいいですよね。


最後まで読んで頂きありがとうございました。

いいねや感想、評価もありがとうございます。

皆様のお陰で無事に書き終える事が出来ました。

こんなジャンル不明の物語にお付き合い頂き本当に感謝しております。


次回作はまた恋愛ジャンルを書く予定をしています。

もう何を書くかも決まっているのですが、しばらくは準備期間で潜伏させて頂きます。


少し早いですが皆様、良いお年を。

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