採用だ
滋賀は、TTSを潰してしまった方が遺恨が無いとは思っているが、結局、妥協案の方向性で意見が纏まった。
紘子の望むようにTTSは残すが、これ以上悪用されないように手を打っておく必要がある。
その為に、紘子の記事は滋賀の提案通り、パワハラの為に自殺者が出たという路線で書き直す事になった。
自殺の手段は転落・入水だ。検死結果と矛盾はあるがTTSを残すなら自殺の手段に使った事は隠蔽しなければならなかった。
更に、記事の中で、経営陣の入れ替えが行われる事も書くべきだろう。
後は明彦がどれくらい信用出来るか、という事だ。しかし、これはTTSの将来に関わっているだけで、滋賀としては企業が潰れようとどうでもいい話だ。
明彦が山口輝彦と同じ人種であったら、改めて記事にすればいい。
裏稼業に関わっていた人物の洗い出しも、新生TTSを担っていくのも明彦に任せる予定になっている。
宮城や宮崎達だと、本社の人達の事まで分からないだろうし、岡山もおそらく何も知らないだろう。
信用とか信頼とかいう次元の問題ではなく現実的に、明彦に任せるしか選択肢が無かった。
山口社長筆頭にどれだけの人が追い出されるか知らないが、秋田が亡くなっている以上、警察の介入は免れないだろう。勿論、TTSの評判はガタ落ちになる事が想像できる。
それでも、自ら小心者と言いながらもどこか飄々としていた明彦なら持ち直すのではないか、という滋賀の勘もあった。
明彦が上京してくる三日後に役員会議を開かせる。
その役員会議の場で悪事をぶち撒け退陣を迫るのだ。
明彦に付き添って滋賀もその会議に乗り込む予定だ。TTSの今後はどうなるにしても岡山の安全だけは見届けなければ気がすまなかった。
「私も行きますから」
「はぁ?意味が無い」
「この件は私の担当です!」
「いや、担当とかそういうレベルじゃ無いだろう!仕事の範疇を超えているんだよ!」
役員会議に一緒に行くと紘子が頑なに主張するので、お互い段々と語気が荒くなってくる。
「ここでお留守番とか嫌です!」
「嫌ですってお前、小学生か!?」
「違います!」
「じゃあ大人しくお留守番しておけよ。判るだろ?」
「判りません!大体滋賀さんこそ何で行くんですか?」
「こういうのは年長者に任せておけ。お前もうすぐ結婚するんだろ」
「記事は私の名前で出すんです。留守番する意味の方が分からない」
「……俺の名前で出すか?」
「これは、私の、担当です」
紘子が胸を張って見下ろすような顔で、しかし、実際は身長差の為に上目遣いで睨んでいる。
「頑固な奴だなぁ。婚約者にも被害が行くかもしれないんだ。退いとけ」
「篤志は理解してます!」
「物好きな彼氏だな」
「気が強いとこが好きって言ってるし!」
「はっ!惚気かよ」
滋賀の別れた妻は、内心を口に出さない人だった。こうやって言い合う事が出来ていたら別れることも無かったのかもしれない。しかし、滋賀は直ぐにそんな考えを否定する。
そもそもこんなに気が強い女と付き合う事は無いだろう。どう考えても、滋賀の好みでは無かった。
ただ仕事のパートナーとしては変に恐縮したりしない紘子は悪くないと思った。
「好きにしろ」
なんだか言い争うのが馬鹿らしくなってそう言い放つと思考を切り替える。二人ともTTSに乗り込むとしたら保険が必要だ。
「真相の方も俺が原稿にして部長に渡すぞ。交代劇が上手く行かなかったら差し替えてもらう」
「でも」
「あン?」
直ぐに否定の言葉を口にする紘子を思わず睨み付けた。
「いちいち威嚇しないで下さいよ。……部長に同時に渡したら滋賀さんのが採用されませんか?」
「そうだな…他に預けるか……」
紘子の指摘に、より衝撃的な内容を選ぶのはいかにも部長がやりそうだ、と頷く。
封筒に入れた原稿を「俺と連絡が着かなくなったら中を見てくれ」と預けたとして部長や同僚だと開けずにはいられないだろう。そうなってしまったら元も子もない。
滋賀と紘子を含め、情報を送り付けてきた岡山や役員会議に参加する山口明彦に関しては当事者で、原稿を託すことは出来ない。
だからといって、少しでも事情を知っていて協力してくれそうな人物……宮崎あかりか宮城あかねか……どちらにせよ、この二人は真実を知らずにいて欲しいと思う。
ブツブツと口にしながら誰に預けるか悩んでいると、紘子がパシンと両手を合わせて音を立てた。
「滋賀さん、TTSを使いましょう!」
紘子の案は、岡山から送られてきたリストを含め、真相が書かれた原稿を纏めて封筒にでも入れておき、役員会議の直後の出社時間を指定日時にしてTTSで送る。
送り先であるタグは、会社の滋賀のデスクの上に置いておく、という方法だった。
封筒に『部長へ』と書いておけば完璧だそうだ。
TTSの役員会議で問題なく退陣に追い込む事が出来たなら、タグを回収すればいいし、もしもトラブルで無断欠勤になるようなら、早々に社員の誰が気付いて部長に報告するだろう。
「その案、採用だ」