期待と不安
クリスマスイブ当日、熊本は足に時折触れてカサカサと音を立てる紙袋に浮足立った。時間が経つのが遅く感じてついつい目が時計の針を追ってしまう。
「奥さんと約束でもあるんですか?」
「いや、息子とね」
あまりにも頻繁に時計を見ている事に気付いた隣の席の部下がヘラリと口元を緩めて声を掛けてきた。
「俺も彼女と待ち合わせなんで早く帰りたいです」
「じゃあ、無駄話を止めて仕事に集中しよう。…お互いにな」
「そうっすね」
部下の石川は少し気の抜けた返事を返して仕事に戻った。
そんな会話をしていたからか、定時を過ぎるとどちらからともなくお互いを伺って、目が合うと思わず笑いが込み上げる。熊本はその笑いを声に出すことなく唇の端を僅かに上げるだけに留めたが、石川は照れ隠しのように「へへっ」と声を上げた。
「今日は終わりにしようか」
いつもなら『今日出来ることは今日のうちにしておく』スタンスの熊本が今日は珍しく『明日に出来ることは明日でいい』と宣言して、いの一番にタイムカードを押した。
オフィスを出ていくその左手にはショッピングストアの名前が印刷された紙袋が下げられている。
そんな熊本に続けと言わんばかりに石川が満面の笑みでタイムカードを押している。
そうなると後はなし崩しだ。今日このフロアの電気が消えるのはいつもより早いだろう。
熊本は、コートの襟に首を埋めて足早に桜田通りを目指した。
数日前に説明を聞くために訪れたTTSの店内は、やはり旅行代理店のような様子で青い絨毯が目を引く。今日は先客が一人居るようでカウンターのブースが一つ埋まっていた。
「いらっしゃいませ」
先客に気を取られていたらいつの間にか別の店員が熊本の近くに来ていた。
髪をお団子にして、紺色のスーツに紺、オフホワイト、臙脂の落ち着いた色味のトリコロールのスカーフ、左胸にある名札に書かれた「宮崎」の文字に、デジャヴを感じる。
そういえば前回も宮なんとかという名前だった。はっきりと顔も名前も覚えてないが同じ人のようだ。とはいえ、ここの店員の制服はこのキャビンアテンダントのような格好に統一されているので個性が分かりにくい。
前回と同じように案内されて店員とカウンターテーブルを挟んで向い合わせになるように座った。
「サービスに関してご質問はございますか?」
前回は、サービス案内をしてくれたが、今回はそう言われたので、やはり同じ人で間違いないようだ。
熊本は「大丈夫です」と答えると、紙袋をカウンターの上に置いた。
三時間以上六時間未満であれば同じ料金で送れるので、皐太がそこそこ夜更し出来て、でも完全に寝てしまわないような時間を考慮し、九時四十分頃とお願いした。
今回は直近の時間なので数秒の誤差で済むらしいが何日も先の日付を指定すると未来であれば未来であるほど誤差が発生するものらしい。
誤差に関して「予めご了承下さい」と言われるが、数秒くらい誤差には入らないので「問題ありません」と頷く。
そもそも普通の宅急便であれば、分どころか何時間というレベルで時間指定に幅を持たせている。熊本からすれば逆に数秒しか誤差が無い事に驚きだ。
荷物の中身は何かと聞かれて答えた後に料金を支払えば、店員が紙袋を手にしてカウンターを離れた。フロアーの奥に行ってしまったのでよく見えないがベルトコンベアーのようなものの上に荷物を置いた。
そこからは別の店員が担当するようだ。熊本よりも年上に見える男性がモニターを視ながら機械を操作している。
空港の荷物検査の機械と同じような感じだ。実際、最初の説明で中身をチェックすると言っていたのでその機械だろう。
中身は玩具なので問題ない事は分かっていたがアラートも無くチェックが済んだ事にホッと息をつく。知らずしらずのうちに緊張していたようだ。
男性店員はチェックが終わった荷物を別の大きな台の上に乗せてさっきとは違う機械を操作し始めた。
ピピッという機械音がして一瞬で紙袋が消えてしまった。
まるで手品を見たときのように唖然とした。
宮崎という名の店員がカウンター席に戻ってくる。
「無事転送が終わりましたので、手続きはこれで終了となります」
涼やかな店員の声と共に、熊本にはプラスチックっぽい透明な楕円のプレートが渡された。男の無骨な手で握ればすっぽりと隠れてしまう大きさだ。店員はそれを『タグ』と呼んでいた。
タグには一つ穴が空いているので、紐やチェーンなどを通して持つ人も結構いるらしい。別料金で革紐やブレスレットになりそうなチェーンなどを紹介されたが数時間なのでこのままで大丈夫だろう。
そのまま上着の内ポケットに押し込んだ。
なんだか狐につままれたような気持ちで熊本は帰路についた。
「……大丈夫だよ、な?」
お金を払った上に息子へのクリスマスプレゼントを巻き上げられてしまったような気持ちになって、不安が思わず声に出る。
レシートとタグだけが荷物を預けた証明になるのだから無くさないように保管しなければ。
ジワジワと侵食してくる不安とちゃんと皐太の喜ぶ顔が見られるはずという期待とで、帰りの電車の中は悶々としていた。