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TTS 過去からの贈り物  作者: 加藤爽子
Case 6.岡山栄治
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解読

 それにしても、この紙は何でタグ回収の引き出しに紛れていたのだろうか。

 あの引き出しを開けられるのは今は岡山のみ。

 そして、あそこには使用済みのタグが戻ってくる。

 ノートを破った紙といえば、秋田が馬酔木を包んだあの紙だろう。

 秋田の独自言語が書かれていた事から考えてもあそこに入れたのは秋田に違いない。

 しかし、秋田はもう五年近く前に失踪している。その間に何度も引き出しを開けたが、今までこの紙を見た事は無かった。

 紙は濡れた形跡があり青臭い匂いがしていた。まるでザリガニを飼っている水槽にでも漬けたようだ。

 岡山はタグの回路を貼り付ける作業をしながら思考を巡らせた。


 水槽……水路、川、池。そうだ!池だ!


 インタビューの後、ノートを破って会議室に飾っていた馬酔木に巻き付け滋賀に預けていた。確か「大学の裏の池に投げ入れて欲しい」という言葉と共に。

 そこから考えられるのは一つ。秋田は破ったノートに回路を貼り付けたのだ。指定した日時は前回のタグの回収から今日までの間…およそ十ヶ月以内だ。失踪前にその日を指定していたに違いない。

 わざわざ水に漬けた時にしか浮かび上がらない塗料を使って独自言語で書かれたそれは間違いなく帰巣機能を利用して秋田が岡山に寄越してきたメッセージに違い無かった。

 だからこそこれは秋田が岡山なら理解出来ると思って書かれたものだ。

 この紙を加水分解したら良いんじゃないかとかまで考えていたが、答えは岡山へのメッセージだとするともっと単純なものだろう。

 何かのパスワードなのかもしれない。

 生体認証でも見る事が出来ないものと言えば、秋田の作ったフレームワーク(ブラックボックス)が一番に思い浮かぶ。

 ソースコードはどこにあるのか分からず、実行ファイルをソースコードにするために行うデコンパイルには解除キーが必要だった。

 もしかして、と研究所のパソコンの前に座りデコンパイルを実行する。途中、解除キーが問われるのでそこに水のあぶり出しで得られた独自言語の六文字を打ち込んだ。

 エンターとともに表示された『SUCCESS』の文字に震える。

 これで福岡から指示されている三つ目の仕事が出来てしまう……。

 それに気付くと待ち画面(Loading)が終わるのが恐ろしい。だけど確実に技術者としての好奇心が喜びを感じていることも否定出来ないのだ。

 監視カメラにこの興奮が伝わらなければいいのだが、と思いつつも、いざLoadingが終わりソースコードを目にすると更に気分が高揚するのを抑えられなかった。食い付くように画面を凝視してしまう。

 このままではマズい。一度冷静になるべきだ。

 ここでもし寝食を忘れてこのソースコードに挑めば、進捗があったことが研究所のスタッフや福岡に伝わってしまうだろう。

 展開されたファイルにパスワード設定を行い隠しファイルにすると、今日の業務を終えることにした。


 地下一階に上がり事務スペースのパソコンで日報を書く。

 散々監視している癖にわざわざ日報を書かせる意味が分からないと思うのだが、業務命令なのだから従わざるをえない。知らず知らずのうちに随分と緊張していたのか体がどっと疲れた気がする。

 パソコンにログインする時にIDとパスワードが必要になるのだが、ついうっかりとIDの欄にあの六文字を打ち込んでしまった。

 こちらのパソコンは、秋田の独自言語には対応していないので平文で、英数字記号が並ぶ。


『VS^ ITP @KJ 5KA LI6 UD@』


 慌てて削除しようとした手が止まる。何かがおかしかった。

 その違和感の正体に岡山は直ぐに気が付いた。記号だ。

 慌てて手元のキーボードを見るとそこに書かれた平仮名が目に入った。

 TTSのコーディング用のキーボードはUSキーボード。そして書類作成用のこちらのキーボードは日本語キーボードなのだ。この二つは記号の位置が異なるのだ。

 手元を見ずに打ち込んでいたから、自然とUSキーボードの配列で指が動いていた。

 USキーボードであれば『VS=』だったところが『VS^ 』となっている。なんとなく平仮名を読むと『ひとへ』だ。

 『単衣』なのか『一重』なのかとにかく意味のある言葉のように思えたのでそのまま読み進めてみる。


『ひとへにかせ゛のまえのちりにおなし゛』


 押したキーを順番に辿りながら平仮名を読み取るとそう読み取れた。と、同時に入力欄を空にする。

 平家物語だ。秋田はどんな思いでこの一節をパスワードに設定したのだろうか。

 今は考え込むわけには行かない。パソコンへ正しいIDとパスワードを打ち込んでキャンセル対応とタグのリサイクル業務をメインに当たり障りのない日報の作成を行った。


 翌日、隠しファイルにしたソースコードを追うと面白いように読み取れた。

 ループを意味する一文字が『まわれ』と書かれているだけだったり、案外安直なものだったのだと思う。もちろん今までも解析してループ文だと推測はしていたが、確定してしまえば不安なく読めるのが楽しい。

 その中で、とても長いソースコードなのにどこからも呼び出(コール)されていない関数を見付けた。

 見た事のない文字も多く含まれており少し手間取りそうだった。

 もちろん、日報を書かなければいけないので、いつも通りの業務の合間に少しずつ、もどかしい気持ちを抑えながら進めていく。

 平仮名のみで所々しか読めない状態でも、内容を一部読み取れるようになると、その内容に岡山の心臓は震え上がった。


 それは、秋田の告発とも告解とも取れる内容だったのだ―――。

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