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TTS 過去からの贈り物  作者: 加藤爽子
Case 6.岡山栄治
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これも法要だ

なんとか月曜日に間に合った…変なところがあればご指摘ください。

 滋賀が案内された部屋は、赤坂のビルの二階にある会議室だった。

 大きな窓のある部屋は白い壁も相まってとても明るい。

 入口脇には、大きな観葉植物の鉢。

 木目が美しい重厚な机と座り心地を重視した高い背もたれと肘掛けのあるキャスター付きの椅子。

 部屋の奥の壁の前にはホワイトボードが置かれ、更にその横の棚に内線用の電話機と若芽の色が鮮やかな一枝が飾られた花瓶が置かれていた。花は無く葉だけの枝ではあるが窓から入る光を通して沢山の小さな緑がそこを彩っている。

 常に研究所か実店舗かのどちらかにいる岡山もこの会議室は使った事が無かったので、思わずキョロキョロとしてしまう。


 秋田はその場には来たものの予想していた通りあまり話さない。ほとんどの質問は「うむ」「いや」で終わってしまう。言葉足らずな部分は福岡と岡山で補った。

 フォローが意図と違うと秋田はいかにも理路整然という雰囲気で説明してくれるが三人の理解が追い付かない。辛うじて岡山がいくつかの質問を挟んで咀嚼してくれるが話しているうちに質問から筋が外れてしまう。散々、迷走したインタビューが終わると予定時間は大幅に過ぎていた。


「すみません。この後の予定が押していまして先に失礼します」


 途中何度かスマホが震えていたが着信を無視していた福岡が顔色を変えて退室していった。

 

「滋賀は時間大丈夫なのか?」

「ああ……実は明日は法事で里帰り予定でさ。直帰に替えてもらうわ」

「そうか、悪かったな。そういえば滋賀は大学付近(あの辺)が実家だったよな?」

「そうそう。家から通えるところを探したからな」


 福岡が居なくなると途端に岡山と滋賀の言葉遣いが崩れる。卒業してから既に二十数年も過ぎているのに大学時代の頃のような気さくなやり取りだった。


 ビリリリリリリリ


 おもむろに秋田が持ってきていたノートの頁を破った音が響く。

 困惑した空気にまったく臆することもなく秋田はツカツカと会議室に飾られていた花瓶に近づくと、そこに挿してある枝を抜き取り、その紙を枝に巻き花束のようにして滋賀にグイっと差し出した。


「大学の裏の池に投げ入れて欲しい」


 わけの分からないまま枝を押し付けられた滋賀は目を白黒させている。


「これも法要だ」


 相変わらず秋田は説明不足のまま、押し付けるだけ押し付けると会議室を出ていく。

 後に残された男二人はしばらくポカンとしていた。


「大丈夫か?」

「まぁいいけど」


 岡山が何の心配か分からないままに問い掛けると滋賀は不承不承ながらも頷いた。

 抗議するにもその相手はその場から既に立ち去っているのだから仕方ない。


 おそらく滋賀は秋田の頼みを聞いてあの枝をI県の池に持って行った事だろう。

 岡山がそれを滋賀に確認することは無かった。いや、出来なくなったのだ。

 あのインタビューが雑誌に載るまではそんなに時間はかからなかった。

 そして時を同じくして、機械の操作、メンテナンスの為に店舗へ出勤していた岡山の元に、お迎え(・・・)が来たあの日がやってくる。

 連行されるように研究所に連れ戻された岡山は、福岡から秋田が失踪した事を聞かされた。


「それで、秋田はどこに逃げたんだ?」


 温和で慇懃な態度を脱ぎ捨てた福岡の声は冷たい。岡山は秋田から何も聞かされていないにも関わらず、執拗に秋田の居場所を詰問された。

 何度聞かれても、知らないものは知らない、と答えるしか無かった。

 会社に設置されている防犯カメラの映像や岡山の心底怯えた様子から、協力した線は薄いと判断されて詰問からは解放されたが、そのまま研究所に軟禁されるようになってしまった。

 思えば、岡山が知る限り、秋田が研究所の外へ出たのはあのインタビューの時だけだった。それ以外は常にあの地下にある研究所に引き籠もっていたのだ。地下二階に居住スペースも用意されていたから、自ら引き籠もっているものだと思い込んでいたが、もし、それが本人の意思では無かったのなら、今の岡山の状況と同じなのではないだろうか。


 店舗へ行く事さえも無くなった岡山には三つの仕事が割り当てられた。

 一つ目は教育。他の研究者に秋田の独自言語を教えるのだ。

 二つ目は増産。厳しいコピーガードがつけられているため現状では複製が出来ない。東京だけではなく全国に出店したい、と言われればそれも経営者として当然だろう。

 ここまでは問題無い。

 最後の一つは転送システムに付けられている制限の解除もしくは緩和だ。TTSの店舗で説明される禁止事項は全部システムで制限している事だ。もし国外に送る事が出来れば関税など無きに等しいし、大量の貨幣を送れば日本経済を混乱させることも可能だ。

 おそらく秋田も同じ要求をされて逃亡したに違いない。人には興味が無さそうで機械のような人だったが、本当に興味が無かったら教育者になんてならない。コミュニケーションは下手だったが誰よりも人について考えていたからこそ悪用を封じるシステムを組んでいたのだろう。

 教育以外はどちらもブラックボックスで、岡山は実行ファイルしか知らないが解析を試みるしか無かった。

 どうか出来ませんように、と祈りながら、思い付いた可能性を試していく―――矛盾した思いに苛まれながら。

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